思想・良心の自由

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思想・良心の自由(しそう・りょうしんのじゆう)とは自由権の一つ。日本国憲法第19条にも規定のある権利。 「思想・信条の自由」といわれることもあるが、法律上も学術上も「思想・良心の自由」と呼ばれる。

歴史[編集]

ヴァージニア憲法(16条)やフランス人権宣言(10条)、現代では市民的及び政治的権利に関する国際規約(第18条)が思想・良心の自由について定める。大日本帝国憲法では実体法による制限が可能で、治安維持法を基に思想弾圧されることがあった(京都学連事件を参照のこと)。また、滝川事件のような思想弾圧も行われた。

日本国憲法下の定義[編集]

人間の諸活動は人間の精神活動から生まれるものであるから、人間の内心の自由のうち思想及び良心の自由がなければ、表現の自由、その他の精神的自由、経済的自由も存立の基盤を失う。人間の内心自由は人類の持つすべての自由の基礎であり、他の自由権より厳重に守られねばならないとされている。

良心は思想の内面化であり、信仰に準じる世界観人生観主義、信条など個人を形成するあらゆる精神作用を含むが、単なる事実の知・不知のような事物に関する是非弁別の判断は含まない(限定説・信条説)とするのが通説である。ただし、是非弁別の判断をも含む(広義説・内心説)とする説もある。

意義として、国民がいかなる思想・信条を持とうとも、それが内心のものにとどまる限りは処罰などを受けない。いかなる身分、国籍であっても、公務員、裁判官であっても、あるいは罪を犯したものであっても内心の自由は人類普遍の権利として保護される。 逆に、江戸時代踏み絵のような、思想調査を行うことは許されない。

ただし、その限界として、以下のような関連判例がある。

関連判例[編集]

謝罪広告強制事件[1]
新聞紙等に謝罪広告を掲載することを命ずる判決は、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するにとどまるものであれば、代替執行によって強制しても合憲であるとした。
三菱樹脂事件[2]
憲法19条は私人間の適用を予定していないから、特定の思想・信条を持つ者の雇い入れを拒んでも憲法19条に違反しない。
麹町中学校内申書事件(最高裁判所昭和63年7月15日判決)
高校入試内申書学生運動の経歴を記載しても、それは思想・信条を記載したものではないから、憲法19条に違反しないとした。
南九州税理士会事件(最高裁判所平成8年3月19日判決)

脚注[編集]

  1. ^ 最高裁判所大法廷判決 1956年7月4日 、昭和28 (オ) 1241、『謝罪広告請求』。
  2. ^ 最高裁判所大法廷判決 1973年12月12日 、昭和43 (オ) 932、『労働契約関係存在確認請求』。

参考文献[編集]

  • マーサ・ヌスバウム著 『良心の自由 アメリカの宗教的平等の伝統』 慶應義塾大学出版会 発行、2011年(原作英語版 2008年)
  • ウィリアム・ウッダード 著 『天皇と神道 GHQの宗教政策』 サイマル出版会 発行、1988(原作英語版 1972年)

関連項目[編集]