応神村

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おうじんそん
応神村
廃止日 1966年10月1日
廃止理由 新設合併
応神村徳島市
現在の自治体 徳島市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 徳島県
板野郡
総人口 5,696
(2007年9月、応神地区)
隣接自治体 徳島市板野郡北島町・板野郡藍住町
応神村役場
所在地 713-8565
徳島県徳島市応神町吉成字西吉成91-5
(応神コミュニティセンター)
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徳島市応神町コミュニティセンター

応神村(おうじんそん)は、徳島県板野郡に属していた村。1966年に徳島市へ編入され徳島市応神町となる。また応神町一帯を応神地区という。東西5.44km、南北2.82km、面積9.06km2

概要[編集]

四国三郎で有名な吉野川下流部にある町で、四国三郎橋や吉野川橋などの有名な橋梁が町へ架かっている。

近年では近郊農業が振興し、四国大学生光学園などの多くの教育機関が充実するなど、都市化が進んでいる。「応神」の名は村内に鎮座する別宮八幡神社の主祭神から付けられた。

地理[編集]

河川[編集]

南部には吉野川が流れ、その吉野川水系である正法寺川が町の西部を流れている。北部には今切川が流れており、北島町と町境になっている。

河川 備考
吉野川 一級河川。地区内を流れる河川はすべて吉野川水系。
今切川 吉野川の主要河川。
正法寺川

画像[編集]

隣接している自治体(合併時)[編集]

歴史[編集]

  • 1889年 町村制施行に伴い東貞方村, 西貞方村, 古川村, 中原村, 吉成村が合併して板野郡応神村が成立。
  • 1916年 応神村吉成字轟に吉成駅が開業。
  • 1928年 吉野本町と応神村を結ぶ吉野川橋が開通。
  • 1963年 四国大学が応神村古川に新キャンパスを創立。
  • 1966年 徳島市へ編入。徳島市応神町となる。
  • 1987年 吉成駅が 国鉄分割民営化によりJR四国の駅となる。
  • 1996年 応神町吉成字中ノ瀬に徳島県立徳島北高等学校を創立。
  • 1998年 不動東町と応神町を結ぶ四国三郎橋が開通。

経済[編集]

産業[編集]

  • 農業
『大日本篤農家名鑑』によれば、応神村の篤農家は「岡本守一、岡島忠義、井上保一、吉成茂一、岡島蔵次、黒坂太平、近藤達太郎、新居芳助、富永四郎、仁木藤三郎、近藤五郎、庄野敬二、四宮彌三郎、清水彦太郎」などである[1]

地域[編集]

教育機関[編集]

学校名 住所 備考
四国大学 徳島市応神町古川字戎子野123-1 学校法人四国大学運営の私立大学。
四国大学短期大学部 徳島市北田宮4丁目13番6号
徳島県立徳島北高等学校 徳島市応神町吉成字中ノ瀬40-6
生光学園中学校・高等学校 徳島市応神町中原38 学校法人生光学園運営の私立学校。
徳島市応神中学校 徳島市応神町吉成字長田130の1
徳島市応神小学校 徳島市応神町吉成字西吉成91番地
生光学園小学校 徳島市北田宮1丁目8番65号
生光学園幼稚園 徳島県徳島市応神町中原38
徳島市応神幼稚園 徳島市応神吉成長田93-1
徳島市応神幼稚園古川分園 徳島市応神町古川字高良64-3

戸数・人口[編集]

交通[編集]

吉成駅(2005.9.18撮影)

鉄道路線[編集]

四国旅客鉄道(JR四国)
高徳線
中心となる駅:吉成駅

道路[編集]

都道府県道

公共施設・名所・旧跡・観光スポット[編集]

吉野川橋
吉野川にかかる17径間曲弦下路式ワーレントラス橋で、1928年12月に竣工した。
四国三郎橋
吉野川に架かる橋で、1998年に開通。吉野川の異名である「四国三郎」が橋の名につけられている。
高徳線吉野川橋梁
吉野川下流部に架かる鉄道橋で、四国旅客鉄道高徳線を通し、佐古駅吉成駅の間に位置する。南岸が徳島市春日町、北岸が徳島市応神町。
藍染工芸館
阿波藍型染伝統技術保持者・香川卓美の工場展示場。運営は株式会社「阿波友禅工場」。
別宮八幡神社
「応神」の名の由来となった主祭神を祀っている。境内のクスノキは徳島市指定天然記念物に指定。
天光寺
真言宗大覚寺派の寺院。阿波西国三十三観音霊場11番札所。
徳島市民吉野川北岸運動広場
吉野川北岸にある運動広場。対岸には徳島市民吉野川運動広場がある。

画像[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年、p112(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年4月28日閲覧。

関連項目[編集]