志賀高原スキー場

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志賀高原スキー場
Higashinishidateyama.JPG
蓮池スキー場から見た西館山スキー場(左)
東館山スキー場(右)
所在地

長野県下高井郡山ノ内町

群馬県吾妻郡中之条町
標高 2,307 m - 1,330 m
標高差 977 m
最長滑走距離 6,000 m
最大傾斜 39
コース数 79本
コース全長 79.975 km
コース面積 400 ha
総敷地面積 2600 ha
索道数 48本
公式サイト shigakogen-ski.com/
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志賀高原スキー場(しがこうげんスキーじょう)は、日本国長野県下高井郡山ノ内町および群馬県吾妻郡中之条町一帯に存在する複数のスキー場群の総称である。

概要[編集]

本スキー場は、上信越高原国立公園志賀高原地域をベースとする大小様々な規模のスキー場群の総称である。コース面積の合計は2016-2017シーズン時点で425ha[1]、2020-2021シーズン時点で400ha[2]、周辺の宿泊施設を含めた総敷地面積は、長野県域2547.5ha[3]に群馬県域約39.6haを加えた合計約2600haに及ぶ。日本のスキー場における最大級の規模と豊富な積雪で知られ、ウィンタースポーツメッカの一つと言われる長野県下においても、最も有名かつ人気のあるスキー場の1つである。

2020-2021シーズン現在、索道48基をもつ18のスキー場[注釈 1]と索道をもたない1つのスキー場で構成され、全スキー場共通リフト券で全てのスキー場を滑走することができる。各スキー場は複数のエリアに分かれ、一部のエリアやスキー場を除き相互にスキー滑走にて移動が可能である。あわせて本スキー場全体をつなぐシャトルバス[4]が各スキー場の移動を補完している。シャトルバスは2014-2015シーズン以降無料化され、リフト券を運転手に提示することなく乗降できる[4]
周辺のスキー場とは、竜王スキーパーク万座温泉スキー場などへのツアースキー、白馬村に存在する各スキー場の玄関口八方インフォメーションセンターとを結ぶ冬季限定の路線バスの運行[4]、あるいは野沢温泉スキー場との共通リフトシーズン券の発行などにより連携している。

例年11月後半より順次オープンし、12月に入るとすべてのスキー場がオープンする。本スキー場全体が標高1300m以上あることから営業期間が比較的長く、特に標高の高いコースは5月の大型連休まで営業しており、このうち横手山スキー場および渋峠スキー場の一部のコースでは5月の終わりごろまでオープンしているシーズンもある。

本スキー場全体の標高差は最大977mであり、最高地点は標高2307mの横手山山頂[5]、最低地点は標高1330m[6][7]の河原小屋(発哺ブナ平スキー場およびジャイアントスキー場の最下部)であるが、両地点はスキーでの往来ができない位置関係にあることからこの標高差を滑走することはできない。滑走が可能な最大標高差は寺小屋スキー場最上部の標高2060m[8]から東館山スキー場、発哺ブナ平スキー場を経由して河原小屋(標高1330m)に至る標高差730mであり、スキー場単体としての最大標高差は横手山スキー場の横手山山頂(標高2307m)から硯川(標高1705m)に至る標高差602m[9]である。

横手山スキー場と渋峠スキー場との間には常設の索道としては日本で最も標高の高い地点のリフトがある(期間限定の索道を含めると、スキーシーズンに限り簡易のTバーリフトを設ける千畳敷スキー場[10])。丸池スキー場は日本で最初にスキーリフト[11]が架設されたスキー場であり、高天ヶ原スキー場は日本で最初に自動循環式高速リフト(デタッチャブルリフト)が架設[12]されたスキー場である。

焼額山から見た一の瀬、高天ヶ原、タンネの森、寺小屋スキー場
西館山から見た蓮池、丸池、ジャイアントスキー場
一之瀬エリアからみた焼額山スキー場
横手山スキー場

スキー場[編集]

各スキー場は、スキー場同士の位置や往来の可否、コースの配置、索道運営会社、宿泊施設の配置などによって複数のエリアに区分されている。

志賀高原観光協会は、本スキー場を「志賀高原中央」「奥志賀高原」「焼額山」「熊の湯」「横手山・渋峠」の5つのエリアに区分している[13]
志賀高原索道協会は、本スキー場を「ジャイアント・丸池・サンバレー」「一の瀬・高天ヶ原・東館山・西館山・発哺ブナ平・タンネの森・寺小屋」「奥志賀・焼額山」「熊の湯・横手山・渋峠」の4つのエリアに区分している[14]
志賀高原リゾート開発は、自社の運営索道(スキー場)を「中央」エリアと称している[15]

これらを総合して、本項目においては次の3つのエリアに区分する。

  • 中央エリア 志賀高原観光協会が称する「志賀高原中央」エリア、志賀高原リゾート開発が称する「中央」エリア、志賀高原索道協会が称する「ジャイアント・丸池・サンバレー」「一の瀬・高天ヶ原・東館山・西館山・発哺ブナ平・タンネの森・寺小屋」の2エリアで、索道のある13のスキー場で構成される。
  • 奥志賀・焼額山エリア 志賀高原索道協会が称する「奥志賀・焼額山」エリア、志賀高原観光協会が称する「奥志賀高原」および「焼額山」の2エリアで、索道のある2つのスキー場で構成される。
  • 熊の湯・横手山エリア 志賀高原索道協会が称する「熊の湯・横手山・渋峠」エリア、志賀高原観光協会が称する「熊の湯」および「横手山・渋峠」の2エリアで、索道のある3つのスキー場と索道のない1つのスキー場で構成される。

熊の湯・横手山エリアは、他の2エリアとの間をスキー滑走にて往来することのできない独立した地区になっている。
木戸池スキー場(木戸池ゲレンデ)は、他のすべてのスキー場との間をスキー滑走により往来することが不可能な独立したスキー場である。

中央エリア[編集]

本スキー場の中央部約173haは、標高1,994mの東館山と2,125mの寺小屋峰の中腹に広がる13のスキー場で構成され、各スキー場の独自の特長が一体となり、他のスキー場にはない多様性を有している。

ファミリー向けの施設が充実し一番人気を誇る高天ヶ原・一の瀬地区の7つのスキー場、ワールドカップで使用された大回転コースなどの難関コース数多くあり、エキスパートから一目置かれるジャイアントスキー場と西館山スキー場、長野オリンピックにも使用された東館山スキー場とこれに続く幅150mを越える緩やかな斜面が続く発哺ブナ平スキー場、志賀高原スキー場の玄関口にある丸池・蓮池地区の3つのスキー場など、1日では滑り足りない程のコースバリーエーションが魅力である。本エリアのみ有効の共通リフト券も発売されている。

一の瀬ダイヤモンドスキー場と一の瀬ファミリースキー場の間には道路をまたぐ跨道橋がある。一の瀬ダイヤモンドスキー場側から通路へは登りのため、動く歩道が設置されていたが2017-2018シーズンから動く歩道に替わってペアリフトが架けられ(約100m)、リフト降車場からすぐに跨道橋に滑り込むことができるようになった。

  • 休業中・廃止スキー場
    • 旭山スキー場[16]
      • 琵琶池の西側にある旭山(標高1524m)[17]につくられた志賀高原スキー場で最初のスキー場の一つである。
      • 索道は設営されなかった。
    • 坊平スキー場[16]
      • 国道292号の沓打名水公園の下(13号カーブ[18]から14号カーブ(坊平橋)[19]にかけて)の緩やかな斜面を利用したスキー場。
      • 後にレオナードコースが開設され、上部は旭山スキー場から、下部は上林スキー場へ滑り込むことができた。

奥志賀・焼額山エリア[編集]

中央エリアの北側に位置する焼額山奥志賀高原エリアは、焼額山の東側斜面をふんだんに使った広々としたスキー場でコース面積が約121haある。各所から焼額山山頂付近までゴンドラリフトで到達することができ、どのコースからも眺望が素晴らしい。

焼額山スキー場は、要所にリフトが架かり、上級者から初級者までレベルを問わず爽快なクルージングが楽しめる種々のコースがあるなど、プリンスホテル系列らしい行き届いたサービスが際立つ。五輪が開催された最大斜度30度のオリンピックコースや解放感のあるジャイアントスラロームコースなど山頂を中心に左右に放射する15本のコース[20]は自然の景観が素晴らしく、はるか北アルプスまでの眺望が可能。草津方面へのヘリツアーも行われている。

奥志賀高原スキー場は志賀高原の最奥部に位置し、スキー場やホテルを除き商業施設は無い。閑静な古き雰囲気を残し、ゆっくり楽しむ大人のリゾートとなっている。雪質も上々で、尾根伝いに左右に別れる約3kmのダウンヒルコースとなっている。急斜面には迂回コースが設置され、いわゆるちびっこ広場があったりスキースクールがあるなど初心者でも楽しめるための気配りも忘れていない。宿泊施設は奥志賀高原ホテル・ホテルグランフェニックス奥志賀のほか小さなペンション街も存在する。スキーシーズン以外も避暑や紅葉など通年リゾートとして機能している。長らくスキーヤー専用ゲレンデだったが、2015-2016シーズンからスノーボードが解禁された。

頂上部での焼額山第一ゴンドラ降り場と奥志賀高原スキー場との間の連絡路は200mほどあり、往復ともにスキーを漕ぐ必要があり、往来は決して楽ではない。スケーティングに向かないスノーボードの場合はボードを外して歩く利用者も多い。この区間に2015-2016シーズンからロープトーを設置する予定で、ゲレンデマップにもその記載があったが、2015-2016シーズン中は稼働せず、翌シーズン以降もロープトーの設置の動きはない(2019-2020シーズン現在)。

  • 休業中・廃止スキー場
    • ごりん高原スキー場[21]
      • 志賀高原スキー場の新たな玄関口として構想された。志賀高原の登り口にある湯田中温泉から焼額山山頂にて焼額山スキー場と接続する計画で同山頂付近までの索道支柱は建設されたが、営業エリアは山頂の手前4kmのところまでであった。
      • 志賀高原索道協会には属さず、また、焼額山スキー場との連携も薄く、独自のリフト券を販売していた。
    • 岩菅山コース[22]
      • 長野冬期五輪の滑降コースとして岩菅山コース開設を地元町区町会の推進決議の後押しのもと長野県が国土開発とともに構想し1990年には決定に至った。
      • 地元諸団体や環境団体[23]の反対活動などにより構想は白紙となり、スキー場として開業することはなかった。

熊の湯・横手山エリア[編集]

長野県と群馬県との境界にある本エリアは、最高地点標高2,307mの横手山から最下部笠岳までを結ぶ131haのゲレンデである。熊の湯スキー場モーグルコースのコブ斜面、横手山スキー場の眼下に広がる大パノラマ・パウダースノー・全長約4kmにも及ぶロングコース等が好評を博している。宿泊施設の多い熊の湯スキー場は古くから温泉地としても知られる。熊の湯スキー場に隣接してかつて存在した笠岳スキー場、ならびに隔地に存在した石の湯スキー場および木戸池スキー場(木戸池ゲレンデ)の3つのスキー場は、索道が営業していた時代に志賀高原観光協会の区分けで「熊の湯」エリアに属していた[24]ことから本エリアとして扱っている。

標高が高く気温が低いため、冬季は自然の厳しさを十二分に満喫する事ができ、横手山スキー場および渋峠スキー場では、例年5月下旬まで営業している。

熊の湯スキー場から横手山スキー場へは連絡コースで滑り込むことができる(国道292号冬季通行止め区間を滑る横手山スキー場の初心者コース(道路周りコース)に接続する)が、横手山スキー場から熊の湯スキー場への移動は、横手山スキー場のゲレンデ最下部においてスキー板を外して、国道292号(冬期にも通行止めになっていない区間)を横断して250mほど歩く必要があり楽ではない。

本エリアは、渋峠スキー場を除き長くスノーボード禁止でスキーオンリーのゲレンデとしては国内随一の規模を誇っていた。2007-2008シーズンより、山頂付近の一部と熊の湯スキー場を除きスノーボードでの滑走が可能となり、2015-2016シーズンには横手山スキー場のクイーンゲレンデを除きスノーボードが解禁された。

その他のスキー場[編集]

  • 休業中・廃止スキー場
    • かんばやしスキー&スノーボードパーク
      • 志賀高原スキー場開発の礎となったスキー場(「歴史」参照)であり、かつてはレオナードコースにて志賀高原スキー場とつながっていた。
      • 長野オリンピックの競技会場になった。
      • 志賀高原索道協会には属さず、独自のリフト券を販売していた。
    • 安南平スキー場[25]
      • 坊寺山の西斜面にかつて存在したスキー場。
      • 志賀草津道路の1号カーブにて立体交差する道路がアクセス道路となる。
      • 1960年代に志賀ホリデーバレーとして開発が始まり、事業者が転々と移りながら1980年に「SHIGA VILLAGE 1200安南平スキー場」として開業[26]したが5シーズンで廃業した。

スキーツアー[編集]

近隣スキー場へはツアースキーによるアクセスが可能である。

リフト料金[編集]

2020~2021シーズンの志賀高原スキー場共通リフト料金(消費税及び地方消費税込み)は以下の通りである。

なお、2019~2020シーズンよりリフト券購入時における保証金500円の預け入れは不要となった。[14]

各スキー場のリフト料金は各スキー場の項目を参照のこと。

券種 大人※1 シニア※2

中高生※3

小人※4 備考
全スキー場共通1日券 5,600 4,700 2,700 ゲートを通過した当日有効。
全スキー場共通2日券 10,500 8,900 5,200 シーズン中不連続使用が可能。
全スキー場共通3日券 15,500 13,100 7,700
全スキー場共通4日券 20,500 17,300 10,200
全スキー場共通5日券 25,500 21,500 12,700
全スキー場共通6日券 30,500 25,700 15,200
全スキー場共通7日券 35,500 29,900 17,700
全スキー場共通8日券 40,500 34,100 20,200
全スキー場共通9日券 45,500 38,300 22,700
全スキー場共通10日券 50,500 42,500 25,200
全スキー場共通障がい者1日券 4,400 4,400 2,200 障がい者本人※5及び介護者1名の使用が可。
全スキー場共通障がい者2日券 7,700 7,700 3,900
全スキー場共通障がい者3日券 10,600 10,600 5,300
全スキー場共通4時間券 4,800 4,100 2,400 ゲート通過から 4時間連続で利用可。
全スキー場共通ポイント券 120 120 60 1ポイント当たりの価格。20~50の任意のポイントで購入可。払い戻し不可。
全スキー場共通初滑り・春スキー連続1日券 4,600 4,200 2,300 初滑り:営業開始~2020年12月20日(日)、春スキー [期間:2020年4月1日(木)~営業終了]。
全スキー場共通初滑り・春スキー連続2日券 8,900 7,700 4,500
全スキー場共通大人・小人パック1日券 7,400 おとな1名、こども(小学生以下)1名のパック料金。
全スキー場共通大人・小人パック2日券 14,100
全スキー場共通大人・小人パック3日券 20,800
全スキー場共通シーズンパス 77,000 70,000 38,500 有効期間:2020年11月14日(土)~2021年5月5日(水)。申込期間:2020年10月7日(水)~2020年12月15日(火)
志賀高原×野沢温泉共通シーズンパス 83,000 有効期間:オープン日(パス受領日)~2021年5月5日(水)。申込期間:2020年10月7日(水)~2021年1月16日(火)

※1 18歳乃至59歳 ※2 60歳以上 ※3 中学生・高校生 ※4 小学生以下 ※5 障がい者は障がい者手手帳または療育手帳提示

歴史[編集]

1913年(大正2年) 横浜在住のドイツ人貿易商パウル・キンメル(第一次大戦中日本に帰化し金原良次と改名し日本精工の取締役を務めた。)が上林温泉を訪れ、持参したスキーで付近の畑などを滑ったことが当地のスキーヤー第1号である。

1919年(大正8年) 理学博士の湯本清比古らが発哺温泉付近の山を滑った[27]

1920年(大正9年) 「信州山ノ内スキー倶楽部」が結成された。

1921年(大正10年) 上林スキー場が開かれた。

1922年(大正11年) 信州山ノ内スキー倶楽部によりスキー大会が開催された[27]

1927年(昭和2年) 志賀高原の土地所有者の大半により財団法人下高井郡平穏村和合会(現:一般財団法人和合会)が設立された。長野電鉄湯田中駅を開業するなど、一帯の開発が始まった。

1928年(昭和3年) 長野電鉄が上林遊園地付近のスロープをスキー場として整備したのが志賀高原スキー場開発の始まりである[27]

1929年(昭和4年) ノルウェーのヘルセット中尉一行が来訪した際、志賀高原一帯がスキー場に最適であることを認め「東洋のサンモリッツ」と称賛した[27]。一行は上林から旧草津街道一沼の手前まで登り、更に旭山(標高1524m)の山頂に至り、そこから上林スキー場まで滑走した。

1930年(昭和5年) 長野電鉄、和合会、平穏村長により「志賀高原」と命名され[27]、旭山スキーコースが志賀高原スキー場として開設、開業したのにつづき、蓮池の崖コース(現:ジャイアントスキー場)が開設された[11]。この頃、坊平、横手山および高天ヶ原にもスキー場が開設されていた[16]

1937年(昭和12年) 妙高赤倉菅平とともに鉄道省から「国際スキー場」に指定された[1]

1947年(昭和22年) 終戦処理に基づく賠償業務の一環として札幌藻岩山スキー場とともに、志賀高原丸池スキー場進駐軍専用のスキーリフト各1基が架設され、これが日本初のスキーリフト建設となった[1]

1948年(昭和23年) 旭山から上林スキー場に至るレオナードコースが開設された。

1952年(昭和27年) リフトを含むスキー場施設が米軍の接収から解除され長野電鉄に払い下げられ同社の志賀高原スキー場の経営が始まった[1]。湯田中~沓内(国道292号18号カーブ付近)間に冬期バスが運行を開始した。

1953年(昭和28年) 東京~志賀高原間のスキー直通バスの運行が開始された。

1955年(昭和30年) 湯田中~一沼間に冬期バスが運行を開始した。法坂リフト(サンバレースキー場)、木戸池リフト(木戸池ゲレンデ)が架設された。

1956年(昭和31年) 志賀山線リフト(ジャイアントスキー場)、発哺線リフト(発哺・ブナ平スキー場)が架設された。

1957年(昭和32年) 熊の湯リフト(熊の湯スキー場)が架設された。

1958年(昭和33年) 横手山リフト(横手山スキー場)、ブナ平Tバーリフトが架設された。

1959年(昭和34年) 前山リフト(前山スキー場(閉鎖))が架設された。

1960年(昭和35年) 志賀高原ロープウェイ(現在廃止)、東館山空中ケーブル(東館山スキー場)、高天ヶ原リフト(高天ヶ原マンモススキー場)が架設された。第15回国民体育大会スキー競技会が開催された(ノルディックは上林スキー場、アルペンは志賀高原)。映画『白銀城の対決』のロケ地となった[1]

1961年(昭和36年) 1960~1961年シーズンを以てレオナードコースを廃止。

1962年(昭和37年) 国鉄上野駅」~長野電鉄「湯田中駅」間に急行列車「志賀」の運行が開始された。

1963年(昭和38年) 一の瀬リフト(一の瀬ダイヤモンドスキー場)が架設された。

1964年(昭和39年) 一の瀬ファミリースキー場が開設された。また、笠越リフト(笠岳スキー場(現在廃止))が架設された。

1965年(昭和40年) 渋峠リフト(渋峠スキー場)が架設された。

1966年(昭和41年) 発哺温泉まで冬期バスの運行が開始された。また、石の湯リフト(石の湯スキー場(現在廃止))、西館山リフト(西館山スキー場)が架設された。

1969年(昭和44年) 奥志賀高原スキー場が開設された。

1970年(昭和45年) 国道292号志賀草津道路(有料)が全通した。寺小屋スキー場が開設された。

1976年(昭和51年) 東館山空中ケーブルが東館山ゴンドラリフトに架け替えられた(志賀高原スキー場最初のゴンドラリフト)。

1983年(昭和58年) 志賀高原焼額山スキー場が開設された。

1987年(昭和62年) 長野五輪の男女滑降コースとして岩菅山西麓スキーコース新設案が公表された。ロケ地となった映画『私をスキーに連れてって』が公開された[1]ごりん高原スキー場が開設された。

1989年(平成元年) FISアルペンスキーワールドカップ志賀高原大会(男女大回転回転)が開催された。

1990年(平成2年) JOCは岩菅山西麓滑降コース(岩菅山開発)を断念することを発表した。

1991年(平成3年) 長野冬季オリンピック開催決定。

1992年(平成4年) リフト券にICチケットとオートゲートシステムが導入された。

1994年(平成6年) 石の湯スキー場が閉鎖された。

1997年(平成9年) FISスノーボードワールドカップ志賀高原大会が志賀高原焼額山スキー場で開催された(男女大回転)。

1998年(平成10年) 白馬八方尾根スキー場等とともに長野五輪のアルペン競技の主要会場の1つとなり、72の国と地域の選手達によって激戦が繰り広げられた。

2000年(平成12年) FISスノーボードワールドカップ志賀高原大会(男女回転、ハーフパイプ)が開催された(3日目(ハーフパイプ):渡辺6位、4日目(ハーフパイプ):吉見4位、醍醐5位、太谷6位、吉川7位)。

2001年(平成13年) FISアルペンスキーワールドカップ志賀高原大会(男子大回転、回転)が開催された。

2006年(平成18年) FISアルペンスキーワールドカップ志賀高原大会(男子回転)が開催された(1日目:佐々木2位、2日目:佐々木6位、皆川7位)。

2007年(平成19年) かんばやしスキー&スノーボードパーク(旧:上林スキー場)、ごりん高原スキー場が閉鎖された。米国サンバレー市との姉妹提携が解消された。

2009年(平成21年) 前山スキー場、笠岳スキー場が閉鎖された。

2011年(平成23年) 志賀高原ロープウェイが廃止された。

2018年(平成30年) 白馬村(白馬八方バスターミナル)と志賀高原(蓮池)を結ぶ高速バスの試験運行開始。

2020年(令和2年) ジャイアントスキー場リフト乗車駅と志賀高原山の駅との間に志賀高原リゾートゴンドラ(固定循環式ゴンドラ)が架設された。

交通アクセス[編集]

道路[編集]

冬季は日本最高所の国道峠である国道292号渋峠(標高2172m)は通行止となるので、群馬県草津町方面からアクセスはできない。上信越自動車道信州中野ICから志賀中野有料道路を経由して中野市から国道292号で向かうのがよい。この国道はオリンピック以降快走路となっており、途中には一風変わったループ橋がある。しかしながら湯田中辺りをすぎると峠道である事には変わりなく、事故も多い。特にいくつかあるトンネルは、途中でカーブしている事もあり、凍結による事故が非常に多い(道路に雪が無くてもトンネル内は凍結している場合も多い)ので十分な注意が必要である。

鉄道およびバス[編集]

  • 長野電鉄湯田中駅下車、長電バスの路線バスで約30分(目的地のスキー場によって所要時間は異なる)。
  • JR東日本北陸新幹線長野駅下車、長電バスの急行バスで約70分。湯田中まで鉄道を使う場合とほとんど変わらない。
  • 飯山駅下車、長電バスの急行バスで約70分。
  • 首都圏ターミナル駅や関西などからスキーバスも多く運行されている。
  • スキーシーズン中は、長電バスの路線バスが一部の時間帯に志賀高原エリア内においてスキーシャトルバスとして運行され、無料で乗車することができる。なお、スキーシャトルバスの運行終了時刻はリフトの運行終了時刻に近く、ぎりぎりまで滑ると乗り遅れる可能性があるため、時刻の確認が必要。スキーシャトルバス運行時間帯以外は通常の路線バスのみとなり、乗車には運賃が必要。かつては志賀高原スキー場共通リフト券(ICチケットに限る)所持者で、乗車時点で有効のものであれば、そのリフト券でスキーシャトルバスに乗車することができた。

その他[編集]

  • 志賀高原の各地にライブカメラが設置されており、志賀高原観光協会[28]のサイトから見ることが出来る。
  • 志賀高原全域にごく初期から光ファイバー網が整備されている。また同時にバッファローFREESPOTが展開され、各所で無線LAN接続の無料インターネットが利用できる。ホテル独自の接続サービスなどを含めれば、ほとんどの所で何らかのインターネット利用が出来る。
  • 2014-2015シーズンからSkiline[29]によるリフト追跡システムが導入され、ICチケットによりリフト乗車記録をアプリケーションで確認できるようになったが、2017-2018シーズンから導入が廃止された。
  • 天皇陛下は皇太子のころから毎年のように志賀高原スキー場に訪問され、都度、熊の湯ホテル、丸池観光ホテル、奥志賀高原ホテルなどに滞在され、現在はホテルグランフェニックス奥志賀をご利用されている。

注釈[編集]

  1. ^ 横手山スキー場と渋峠スキー場を一つのスキー場として横手山・渋峠スキー場と称する場合、本スキー場の索道を持つスキー場の総数は17となる。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f ポストバブル期のスキー場経営の成功要因柴田高、東京経済大学会誌、2014年12月17日
  2. ^ 志賀高原観光協会「SHIGA KOGEN 2020~2021(冬版)」
  3. ^ 環境省『上信越高原国立公園(志賀高原地域)公園計画書』(平成31年1月31日)25頁(43枚目)
  4. ^ a b c 長電バス
  5. ^ 志賀高原 横手山・渋峠
  6. ^ 志賀高原索道協会「発哺ブナ平スキー場」
  7. ^ 志賀高原索道協会「ジャイアントスキー場」
  8. ^ 志賀高原索道協会「寺小屋スキー場」
  9. ^ 志賀高原索道協会「横手山・渋峠スキー場」
  10. ^ 駒ヶ岳ロープウェイ千畳敷スキー場
  11. ^ a b 志賀高原スキークラブ「志賀高原スキー史」
  12. ^ 日本ケーブル「会社概要(沿革)」
  13. ^ 志賀高原観光協会『THE SHIGA KOGEN vol.5(2020-2021 WINTER)』
  14. ^ a b 志賀高原スキー場トレイルマップ(2020年11月30日閲覧)
  15. ^ 中央エリア公式ガイドサイト(2020年11月30日閲覧)
  16. ^ a b c 長野電鉄パンフレット(昭和4年)
  17. ^ 国土地理院地形図(旭山山頂位置図)
  18. ^ 国土地理院地形図(13号カーブ位置図)
  19. ^ 国土地理院地形図(坊平橋位置図)
  20. ^ 志賀高原焼額山スキー場
  21. ^ 国土地理院地形図(旧ごりん高原スキー場)
  22. ^ 国土地理院地形図(岩菅山滑降コース)
  23. ^ 日本自然保護協会「長野オリンピック冬季大会岩菅山滑降コース変更に関する(財)日本自然保護協会のコメント」
  24. ^ 志賀高原観光協会ゲレンデマップ(1991-1992)
  25. ^ 国土地理院 地図閲覧システム 2万5千分1地形図「岩菅山」
  26. ^ 志賀高原旅館組合『志賀高原旅館組合誌』(1997年)
  27. ^ a b c d e 山岳リゾートの再考清水聡子、松本大学研究紀要 第12号(2014年3月)
  28. ^ 志賀高原観光協会「ライブカメラ」
  29. ^ Skiline

関連項目[編集]

外部リンク[編集]