忍野村

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おしのむら
忍野村
Nigori04.jpg
忍野八海の一つ、濁池
日本の旗 日本
地方 中部地方甲信越地方
甲信静地方関東地方
都道府県 山梨県
南都留郡
団体コード 19424-7
面積 25.05 km²
総人口 8,918
推計人口、2015年5月1日)
人口密度 356人/km²
隣接自治体 富士吉田市都留市南都留郡山中湖村
村の木 イチイ
村の花 富貴草
村の鳥
村の動物
つばめ
リス
忍野村役場
所在地 401-0511
山梨県南都留郡忍野村忍草1514
北緯35度27分36.1秒東経138度50分52.3秒
Oshino Village office, June 2015.JPG
外部リンク 忍野村

忍野村位置図

― 市 / ― 町 / ― 村

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忍野村(おしのむら)は、山梨県南都留郡富士山御坂山地に囲まれた海抜936mの盆地を中心に村域が広がり、東部の内野地区と西部の忍草地区の2つの集落から成る[1]

地理・歴史[編集]

忍野村は山梨県南東部および南都留郡北部の富士山麓に位置し、名水として知られる忍野八海湧水天然記念物名水百選)を有する。忍野村から見る富士山は「忍野富士」[2]と呼ばれる。

忍草の忍草浅間神社には山梨県内において類例の少ない鎌倉時代の仏師名・年紀をもつ神像が伝来しており、本殿は村の重要文化財に指定されている[3]

高冷地であることから古くから農業だけでは自給が難しい地域であったため、木挽きや木かやとりといった山仕事の副業が営まれていた。副業は、江戸時代末期から1897年明治30年)には「駄賃つけ」と呼ばれる馬による荷物運送業に移行し、その後は養蚕が発達した[1]

戦後、淡水魚養殖観光業が発展し、忍野八海や二十曲峠に示される豊かな自然資源を活かすことによって多くの観光客が来訪している。工作機械用NC装置や産業用ロボットの世界的なメーカーとして知られるファナック1972年(昭和47年)に誘致され、本社および主力工場群が所在し、それらの外壁は黄色に塗装されている。富士山の裾野に広がる原野である梨ヶ原は戦後に米軍管理となった。これは1959年(昭和34年)以降、自衛隊北富士演習場として利用されており、入会権をめぐる問題がある(北富士演習場問題)。

隣接する山中湖村域にある「山中のハリモミ純林」は国の天然記念物に指定されている。

沿革[編集]

  • 1875年(明治7年)4月 - 近世以来の草村・内村が合併して忍野村となる。当初の村名案は「豊葦村」であったが、合成地名に変更された。
  • 1889年(明治22年)7月1日 - 町村制の施行により、忍野村が単独で自治体を形成。

人口[編集]

Demography19424.svg
忍野村と全国の年齢別人口分布(2005年) 忍野村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 忍野村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
忍野村(に相当する地域)の人口の推移
1970年 5,689人
1975年 5,925人
1980年 6,077人
1985年 6,942人
1990年 7,968人
1995年 8,370人
2000年 8,367人
2005年 8,490人
2010年 8,656人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

  • 村長:天野康則(2003年8月29日就任 3期目)
  • 村議会:議員定数14人

交通[編集]

鉄道[編集]

村内に鉄道はない。 最寄り駅は、富士急行線富士山駅

一般路線バス[編集]

高速バス[編集]

新宿高速バスターミナルからの富士五湖線に忍野入口バス停がある。一部は忍野村役場を経由する。

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

富士湧水の里水族館

出身有名人[編集]

本社をおく企業[編集]

  • ファナック
    • 所在地は忍野村であるが敷地は山中湖村域にまたがる。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 山田(1982):49ページ
  2. ^ 忍野村観光情報 忍野の山
  3. ^ 忍野村観光情報 忍草浅間神社

参考文献[編集]

外部リンク[編集]