徳山聖訓
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徳山 聖訓(とくやま きよのり、1977年2月1日~)は、社会人野球選手(内野手・外野手、左投げ左打ち)。182cm、83kg。ヒタチエクスプレスに所属していた。背番号は25。
人物・来歴[編集]
大阪府出身。阪南大学高等学校から近畿大学に進み、野球部で大学野球選手権の出場歴を有する。
大学卒業後の1999年に日本IBM野洲に入社。チームの主力選手として活躍したが、2003年の第73回都市対抗野球予選敗退をもってチームが廃部となり、翌2004年からシダックスに転籍。野村克也監督の指導のもとで外野のレギュラーをつかみ、移籍3年目となる2006年シーズンは主将を務めた。
しかしシダックスは同年限りで廃部となり、翌2007年からは同年から活動を開始したヒタチエクスプレスに移籍。ここでも主力選手としてチームを引っ張っている。
そのヒタチエクスプレスも10月31日付で業務停止して自己破産の手続きに入って野球部の活動も休止した。
エピソード[編集]
- 実兄の達訓(たつのり)はJFE西日本で内野手としてプレーしていた。
- シダックスの廃部に当たっては、徳山に対しても複数のチームから移籍の打診があったが、徳山は「チームの他の選手の行先が決まっていないのに、自分だけ先に移籍するわけにはいかない」としてそれらを全て断り、田中善則監督らと共に選手の移籍先探しに奔走した。結局徳山はシダックス所属選手の中では最後に移籍が決まった選手となった。
- ヒタチエクスプレスでは「新しいチームだから、プレー経験が一番長い自分が内野にいればみんな落ち着く」ということで、それまでプレー経験が全くなかったファーストへ自らコンバートしている。
球歴[編集]
阪南大高(1992~1994)→近畿大学体育会硬式野球部(1995~1998)→日本IBM野洲(1999~2003)→シダックス(2004~2006)→ヒタチエクスプレス(2007~)