御霊神社 (大阪市)

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御霊神社
Goryo-Jinja-20071208.jpg
所在地 大阪府大阪市中央区淡路町4-4-3
位置 北緯34度41分14.7秒
東経135度29分57秒
座標: 北緯34度41分14.7秒 東経135度29分57秒
主祭神 天照大神荒魂、津布良彦神、津布良媛神、応神天皇、源正霊神
社格 府社
創建 不詳
例祭 10月16日・17日(例大祭)
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御霊神社(ごりょうじんじゃ)は、大阪府大阪市中央区淡路町4-4-3にある神社。なお、正面鳥居の扁額は御霊宮と表記。

御祭神など[編集]

本殿[編集]

東宮[編集]

  • 皇大神宮
  • 恵比須神社
  • 猿田彦神社
  • 東宮十二社

末社[編集]

  • 松ノ木神社
  • 大黒社

境外社[編集]

  • 楠永神社

由緒[編集]

  • 嘉祥3年(850年)から大阪湾岸の圓江(つぶらえ=現在の)で行われた八十嶋祭(大嘗祭の翌年に行われる)の祭場とされた圓神祠(つぶらしんし)に、瀬織津比売神、津布良彦神、津布良媛神が祀られる。
  • 社はやがて圓神社、圓江神社、津村神社と呼ばれるようになり、摂津国津村郷の産土神社となった。この当時の当社は大阪市西区靱本町にある楠永神社の近辺にあった。
  • 文禄3年(1594年)、因幡国鹿野藩主の亀井茲矩から船場の自邸敷地の一部を寄進され、境内の小祠乾八幡宮と源正霊神を本殿に合祀した上で、 圓江から船場の現在地へ遷座する(亀井茲矩はこの後、因幡高草の白兎神社を再興した)。
  • 江戸時代になると、鎌倉権五郎の権五郎から五郎ノ宮や、圓御霊とも呼ばれた。また境内の南側には十一面観音本尊とする神宮寺の宝城寺が作られた。
  • 寛文年中、御霊神社と改称。
  • 宝暦3年(1753年)正一位の神階を授けられる。
  • 明治時代に入ると神仏分離令によって、御霊神社と宝城寺の境内を分けることとなったが、後に宝城寺は廃寺となった。その為に現在、御霊神社の南側にある会社のビルの前に鳥居だけが残ることとなった。
  • 1873年(明治6年)、郷社に列する。
  • 1884年(明治17年)、人形浄瑠璃の劇場「文楽座」が境内に開設。「御霊文楽座」として、近世文楽における黄金期のにぎわいを見せる。
  • 1926年大正15年)11月に御霊文楽座から出火、本殿とともに焼失した。
  • 1930年昭和5年)に社殿再建。
  • 1945年(昭和20年)3月14日、第1回大阪大空襲により、再び全てを焼失した。
  • 1957年(昭和32年)、現在の社殿を再興。
  • 1959年(昭和34年)、鳥居玉垣を再建。その後、年を追って往時に勝る威容を整備しつつある。

御旅所[編集]

  • 堀江行宮 (所在地)大阪市西区南堀江4-28-29
    • 安永9年(1780年)より船渡御が行われていた。明治以降は陸渡御に変更されていたが、平成23年(2011年)、140年ぶりに船渡御が復活した。

旧跡[編集]

史跡[編集]

大阪市の建立で「御霊文楽座跡」の石柱が、また大阪北浜船場ライオンズクラブの手で「文楽座之跡」のブロンズ製床本型の記念碑が昭和49年(1974年)11月3日につくられた。

外部リンク[編集]