御庄博実

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御庄 博実(みしょう ひろみ、1925年3月5日 - 2015年1月18日[1])は、日本の詩人医師。広島共立病院名誉院長。医師としては本名の丸屋博名義での著書もある。

山口県岩国市出身。岩国中学校から広島高等学校に学び、1945年、岡山医科大学に入学。帰省中のその年8月、近隣の住人の消息を探りに被爆直後の広島に入り入市被爆する。1949年、峠三吉と知りあい、峠たちの詩誌『われらの詩』に1950年から寄稿をはじめる。1951年、肺結核で入院中の岩国病院の患者自治会報に掲載した詩「失われた腕に」が、政令325号(占領目的阻害行為処罰令)違反にあたるとして逮捕される[2](不起訴となった)。

1952年、詩集『岩国組曲』を上梓、詩誌『列島』のグループに加わる。1954年には大学を卒業、東京の代々木病院に勤務し、被爆者医療に携わる医師としての生活と、詩作とを続ける。その後、倉敷市の水島協同病院、広島市の広島共立病院に勤務し、医療生協の活動もしていた。

思潮社現代詩文庫『御庄博実詩集』(2003年)に、コンパクトに詩業が収められている。2014年、詩集『川岸の道』で第14回中四国詩人賞受賞。

著書[編集]

御庄名義
  • 『岩国組曲』
  • 『盲目の秋』
  • 『御庄博実詩集』
  • 『御庄博実第二詩集』
  • 『ヒロシマにつながる詩的遍歴』
  • 『御庄博実詩集』(現代詩文庫)
  • 『川岸の道』
  • 『燕の歌』
丸屋名義
  • 『公害にいどむ』
  • 『大気汚染と健康』

参考文献[編集]

  • 『御庄博実詩集』(現代詩文庫)
  • 右遠俊郎「ヒロシマにつながる話」(『民主文学』2007年8月号)

脚注[編集]

  1. ^ 詩人、医師の御庄博実氏死去 時事通信 2015年1月21日
  2. ^ 『御庄博実詩集』著者紹介 紀伊國屋書店