御子柴進

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御子柴 進
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 長野県塩尻市
生年月日 (1964-06-29) 1964年6月29日(54歳)
身長
体重
184 cm
76 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1982年 ドラフト4位
初出場 1983年9月29日
最終出場 1997年10月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 阪神タイガース (1998 - 2002)

御子柴 進(みこしば すすむ、1964年6月29日 - )は長野県塩尻市出身の元プロ野球選手投手)、野球指導者、野球解説者

経歴[編集]

松本工業高校では、1981年秋季北信越大会に進むが1回戦で高岡第一高に惜敗。3年時に下手投げに転向し、1982年のドラフト会議阪神タイガースから4位指名を受けて入団。背番号は「56」。当時阪神のエースとして活躍していた小林繁に憧れていたため、入団に際して悩むことはなかった。リーチを生かし、体全体をバネのように使って投げるサイドスローの投球フォームと、プロ野球選手としては細身の体型が小林に似ていたため「小林二世」の異名を取った[1]

現役時代は変則的な投球フォームから繰り出される変化球とコントロールを持ち、先発中継ぎをこなす使い勝手の良い投手として重宝された。また、中日ドラゴンズ戦に強くキラー的存在であった。オールスターゲームファン投票の中間発表の際、一部の熱狂的なファンの組織票によって、上位に入る事態が発生した。投手ながら中村勝広監督時代に代走で起用されたことがある。

1983年、チームの最終戦で先発投手を務めプロ入り初勝利を挙げた。最初の約4年間は登板試合数が15試合に達しなかったが、1987年は42試合、1988年は33試合と、1994年まで20試合以上の登板数を記録。特に、チームが優勝争いを演じた1992年における活躍は素晴らしく、シーズン終盤にロングリリーフでチームの勝利に貢献するなど、要所で投手陣を支え続けた。また、田村勤が故障で離脱したため、10月7日の対ヤクルトスワローズ25回戦(神宮球場)ではヤクルト戦に強い御子柴が抑え候補としてブルペンで待機していたが、実際に登板したのは湯舟敏郎であり、押し出し四球を出して救援失敗。チームは失速し、優勝を逃した。1995年以降は登板数が減少。1996年に至っては一軍登板はゼロ、二軍でも防御率が高く良い結果を残せず、翌1997年オフに戦力外通告を受けて現役を引退した。

1998年からはチームの育成コーチに就任。しかし、2001年宮古島キャンプで御子柴が指導した投手が調子を落としたため、コーチとしての資質を問題視された[2]2002年には二軍投手コーチに就任したが、オフに解任された。2003年CS放送のプロ野球解説者を務めた後、2004年に当時の岡田彰布監督の専属広報に就任。岡田が退任し、真弓明信が監督に就任して以降はチームのスコアラーを務めている。

長男は広島県広陵高等学校に在籍し、第82回選抜高等学校野球大会に出場した[3]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1983 阪神 2 1 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 28 7.0 6 0 1 0 0 3 0 0 1 1 1.29 1.00
1984 2 2 0 0 0 0 0 0 -- ---- 33 7.1 4 2 8 1 0 2 0 0 6 6 7.36 1.64
1985 4 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 26 5.2 10 1 1 0 0 4 0 0 3 3 4.76 1.94
1986 14 0 0 0 0 0 1 0 -- .000 72 19.0 16 2 4 0 1 13 0 0 4 4 1.89 1.05
1987 42 3 0 0 0 0 2 1 -- .000 268 66.0 64 9 13 5 0 26 0 0 24 22 3.00 1.17
1988 33 11 1 0 0 3 6 0 -- .333 385 94.0 85 9 28 5 0 47 0 0 36 32 3.06 1.20
1989 29 5 1 1 1 2 4 0 -- .333 233 55.1 51 4 18 5 3 22 0 0 23 22 3.58 1.25
1990 15 1 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 108 27.1 25 2 4 0 0 14 1 0 8 7 2.30 1.06
1991 9 2 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 89 20.1 25 2 7 1 1 9 0 0 11 9 3.98 1.57
1992 29 1 0 0 0 1 2 0 -- .333 228 59.0 48 2 11 5 2 19 0 0 16 10 1.53 1.00
1993 41 3 0 0 0 5 2 1 -- .714 268 63.2 63 7 19 6 0 37 1 0 25 23 3.25 1.29
1994 23 15 0 0 0 4 7 0 -- .364 388 93.1 102 9 15 2 0 50 0 0 47 44 4.24 1.25
1995 5 1 0 0 0 0 2 0 -- .000 37 7.2 13 3 3 2 0 2 0 0 7 7 8.22 2.09
1997 3 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 7 1.1 2 0 1 0 0 2 0 0 3 3 20.25 2.25
通算:14年 251 45 2 1 1 18 26 2 -- .409 2170 527.0 514 52 133 32 7 250 2 0 214 193 3.30 1.23

背番号[編集]

  • 56 (1983年 - 1997年)
  • 84 (1998年 - 2002年)

脚注[編集]

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  1. ^ [1] げんまつWEBタイガース歴史研究室より
  2. ^ 同上
  3. ^ 父の主戦場でプレー サンケイスポーツ 2010年3月22日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]