後免西町停留場

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後免西町停留場*
東より望む。左手にはりまや橋方面ホーム
東より望む。左手にはりまや橋方面ホーム
ごめんにしまち
Gomen nishimachi
後免中町 (0.2km)
(0.5km) 東工業前
所在地 高知県南国市日吉町1丁目
所属事業者 とさでん交通
所属路線 後免線
キロ程 0.7km(後免町起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1911年(明治44年)1月27日
備考 * 1968年に後免西町通停留場から改称
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後免西町停留場(ごめんにしまちていりゅうじょう)は、高知県南国市日吉町1丁目にあるとさでん交通後免線路面電車停留場

歴史[編集]

当停留場は1911年(明治44年)、とさでん交通の前身である土佐電気鉄道によって大津停留場(廃止、領石通停留場)から後免中町通停留場までの区間が開通したのに合わせて開業した[1]。当時の停留場名は後免西町通停留場(ごめんにしまちどおりていりゅうじょう)である[1][2]。停留場はその後1942年(昭和17年)にいったん休止されるものの、1968年(昭和43年)に復活[1]。この復活に際して停留場は起点寄りに60メートル移設され[1]、後免西町停留場に改称した[2]

構造[編集]

後免西町停留場は後免線の専用軌道区間にあり、軌道は道路から独立している。ホームは2面あり、東西方向に伸びる2本の線路を挟んで向かい合わせに配される(相対式ホーム[4]。線路の北側にあるのが後免町方面行き、南にあるのがはりまや橋方面行きのホーム[4]

周辺[編集]

南国市役所が近い[5]。南にはサンシャインカルディア店が立地し、北には南国郵便局、その裏手に日吉神社が鎮座する[6]

後免線の軌道は当停留場から篠原停留場まで専用軌道となる[7]。かつては後免町方面も専用軌道だったが、1933年(昭和8年)の県道改修工事に伴い約600メートルの区間にわたって併用軌道化され、路上に軌道が敷かれる[4][6]。また、当停留場よりはりまや橋方面は国道195号と並走するが、後免町方面は国道と別れて県道上を走る[4][8]

路線バス[編集]

「後免西町」バス停留所があり、以下の路線が乗り入れる。

乗場 系統 主要経由地 行先 運行会社 備考
  L1 後免町夜須駅 安芸駅 とさでん交通
ご2-ご7 後免町、田村 前浜車庫
ご3-ご5 後免町、里改田、中の丁通、前浜車庫 久枝
    後免町
  K5 後免駅前、山田駅 高知工科大学
K6 後免駅前、山田駅、高知工科大学 龍河洞
ご1 後免駅前、国分寺通 植田
ご2 後免駅前、元町 JA高知病院
  L1-C1 小篭通JA高知病院はりまや橋 県庁前
L1-T1 小篭通、JA高知病院、はりまや橋 桟橋車庫
ご3 (小篭通、JA高知病院)、大津駅 医大病院
K6-C1 篠原南、(JA高知病院)、潮見台ターミナル、はりまや橋 県庁前
ご4 篠原南 JA高知病院

隣の停留場[編集]

とさでん交通
後免線
後免中町停留場 - 後免西町停留場 - 東工業前停留場

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 『土佐電鉄が走る街 今昔』100・156-158頁
  2. ^ a b c d e 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳』11 中国四国、新潮社2009年、61頁。ISBN 978-4-10-790029-6
  3. ^ 上野宏人 (2014年10月2日). “とさでん交通:「再出発」 「便利な市民の足に」高知で設立式 新デザインの車両披露”. 毎日新聞 (毎日新聞社) 
  4. ^ a b c d 川島令三 『四国・九州ライン 全線・全駅・全配線』第2巻 四国西部エリア、講談社〈【図説】 日本の鉄道〉、2013年、35・90頁。ISBN 978-4-06-295161-6
  5. ^ 『路面電車はゆく 高知』 高知新聞社1998年、82頁。ISBN 4-87503-268-4
  6. ^ a b 『土佐電鉄が走る街 今昔』93頁
  7. ^ 『土佐電鉄が走る街 今昔』91頁
  8. ^ 川島令三 『全国鉄道事情大研究』四国篇、草思社2007年、292-293頁。ISBN 978-4-7942-1615-1

参考文献[編集]

関連項目[編集]