弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽

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『弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽』の第1楽章(1-5小節目)と第4楽章(204-209小節目)の比較。第1楽章での半音階の間隔が第4楽章で全音階になって出現している。[1] Bartok - Music for Strings, Percussion and Celesta interval expansion.mid Play[ヘルプ/ファイル]
第2楽章の186-242小節。同楽章の199-207小節はこちら

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弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽(げんがっきとだがっきとチェレスタのためのおんがく)Sz. 106, BB 114 は、ハンガリー作曲家バルトーク・ベーラの代表作のひとつ。一般的に『弦チェレ』と略される。

  • 原語曲名:Musik für Saiteninstrumente, Schlagzeug und Celesta(ドイツ語) Music for Strings, Percussion and Celesta[2](英語)
  • 演奏時間:28分から30分程度
    なおバルトークの他の作品同様、総譜には厳密な演奏時間指定(楽譜の練習記号単位で)がされており「第1楽章:約6分30秒、第2楽章:約6分55秒、第3楽章:約6分35秒、第4楽章:約5分40秒、全曲:約25分40秒。」となっている。
  • 作曲時期:総譜のバルトーク自身の書き込みによれば、1936年9月7日ブダペストで完成。
  • 初演:1937年1月21日バーゼルにてパウル・ザッハー指揮の(旧)バーゼル室内管弦楽団による。

概説[編集]

バルトークと親しかった指揮者パウル・ザッハーにより、彼の主宰していた(旧)バーゼル室内管弦楽団の創立10周年のためにと委嘱された。当時演奏家としての活動や民族音楽研究で多忙だったバルトークにしては、委嘱から完成まで半年程度とかなりの速筆で書かれているが、これは草稿などの研究によれば既に書き始められていた弦楽合奏のアイディアに、ザッハーの依頼を受けて打楽器や鍵盤楽器を加えて書いたことで可能になったものだと考えられている。[3][4]

世界初演は1937年1月21日にザッハーが指揮するバーゼル室内管弦楽団によりバーゼルで行われた。バルトークはリハーサルから立ち会い、夫人に「指揮者もオーケストラも、僕との練習に大変な情熱と献身を示してくれていて、皆この作品に熱狂している(僕もだ!)」と手紙に書くほどの熱の入れようだったためか、初演は成功し、第4楽章をアンコールしたという。[4] なお日本初演は1939年5月10日ヨーゼフ・ローゼンシュトック指揮の新交響楽団により行われた。

総譜は同年にオーストリアウィーンウニヴェルザール出版社より出版された。

特徴[編集]

その題名が示すように、弦楽器ヴァイオリンヴィオラチェロコントラバスハープ)、打楽器木琴スネア付きドラム、スネア無しドラム、シンバルタムタムバスドラムティンパニチェレスタ)、そしてピアノを用いる。

几帳面なバルトークの性格を反映して、総譜上には楽器の配置位置が明確に指定されている。それによれば弦楽器群は弦楽5部を2つに分けて指揮者の左右に対向配置し、中央にその他の楽器が配置されるように指示されている。

チェレスタが楽器編成に入っている(しかも、使用頻度の高いピアノを差し置いて、他の打楽器とは別に題名に登場している)理由としては、バルトークが民族音楽の研究に没頭していたときに接したインドネシアバリガムランによるものだという説が最有力である。確かにこの作品で頻用されるチェレスタのグリッサンドは、インドネシアの雰囲気をかもし出してはいる。ただし、この時代にはミュステル社の鍵盤アクションに不備の多いチェレスタしか存在しておらず、初演当時のソロパートの演奏はかなり困難であったことが想像される。

楽曲[編集]

曲は緩(Andante tranquillo)、急(Allegro)、緩(Adagio)、急(Allegro molto)の4楽章形式。第1楽章冒頭の主題が変形されて各楽章に用いられる。

第1楽章 Andante tranquillo[編集]

イ調。変拍子の変則的なフーガ。静穏な中に高い緊張を感じさせる。

弱音器つきのヴィオラの半音階的な主題から始まる。続いて5、13、27小節目に完全5度ずつ上で主題が登場する。また、8、16小節目に完全5度下(変則的なのはここで、通常のフーガならまず主調の完全4度下である)に主題が登場し、弦楽器群は次第に音域を扇のように広げていく。34小節目にティンパニが登場。55から56小節目に基音から一番遠い関係(増四度)になる変ホ音のクライマクス。88小節で開始と同じイ音で静かに閉じる。以上に登場する8、13、21、34、55といった数字はフィボナッチ数列に現れる[5]

第2楽章 Allegro[編集]

ハ調 2つの主題を持つソナタ形式

前楽章とは対照的な明るく動きのある楽章で、特に弦楽器の対向配置を生かしたステレオ効果の掛け合いが特徴。ときにピアノや弦楽器も打楽器的(バルトーク・ピッツィカート)に用いられる。

第3楽章 Adagio[編集]

嬰へ調 A-B-C-B-Aの5部分に分かれたアーチ形式で、各部の経過に第1楽章の主題が効果的に用いられる。

作曲者の静穏な楽章の1つの典型である「夜の歌」の好例。特にAの部分のティンパニのグリッサンドや木琴の拍子木のような即興的な音形が印象的で、全体的にはいささか不気味な雰囲気も感じさせる。

第4楽章 Allegro molto[編集]

イ(長)調 ロンド形式の要素が強い舞曲風アレグロ。

片方の弦楽器グループがイ長調の和音をピチカートでかき鳴らすのに乗って、もう一群が下降音型で提示するメイン主題[6]が短くなったり、上下転回したりと何度も変奏されながら[7]出現する。後半は第1楽章のテーマの音階が全音階に拡張されて登場し、チェロのカデンツァ風ソロを経て、テンポがめまぐるしく変わる中、熱狂的に閉じる。

以上のように全曲を通じて精密に技巧を凝らして作曲されているが、聴衆にはまったくそれを意識させない。バルトークのそれまでの民族音楽研究の成果が、バロック音楽コンチェルト・グロッソを思わせる古典的な形式の中に昇華したバルトーク円熟期の代表作で、録音も多い。

この楽曲が登場する作品[編集]

第2楽章
第3楽章

参考文献・資料[編集]

  • 『資料と写真で見る バルトークの生涯』 (フェレンツ・ボーニシュ編・著 / 国際文化出版社 / ISBN 4875460007、1981年)
    • 初演のプログラムと使用した楽譜の写真や、演奏会直後のザッハー家でくつろぐバルトークのスナップなどが収められている。
  • 『バルトーク 弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽 Sz.106,BB114 (OGT 257)』 (伊東信宏解説 / 音楽之友社 / ISBN 4276921791、2015年)

脚注[編集]

  1. ^ Michiel Schuijer (2008-11-30). Analyzing Atonal Music: Pitch-Class Set Theory and Its Contexts. University Rochester Press. p. 79. ISBN 978-1-58046-270-9. 
  2. ^ ウニヴェルザール出版社の総譜(Philharmonia No.201)ではMusic for String Insruments, Percussion and Celesta
  3. ^ それを裏付けるように、初演当時のタイトルはMusik für Saiteninstrumente(弦楽器のための音楽)だった。
  4. ^ a b 音楽之友社刊行の総譜の楽曲解説(伊東信宏)による。
  5. ^ フィボナッチ数列より黄金比のほうが当てはまるという指摘(Chapter 7 of Larry Solomon's Symmetry as a Compositional Determinant (an analysis of some formal aspects of the piece) もある。それによれば、これらの小節数は演奏時間を黄金比で分割していくことにより得られる。また、第1楽章冒頭主題が38の8分音符から成り、最も高い音が23個目に現れるのも黄金比であることも指摘している。第3楽章、第4楽章にも黄金比の使用が見られる。
  6. ^ メロディー自体は必ず嬰二音を含むため、正確には『イを基音とするリディア旋法』である
  7. ^ この手法はバルトークが多用したもので、民謡が伝わる中で楽器が変わったり他の文化に影響を受けて変化することを自作に取り入れているものと言われている