弥生駅 (北海道)

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弥生駅
やよい
Yayoi
唐松 (2.0km)
(1.3km) 幾春別
所在地 北海道三笠市弥生町1丁目
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 幌内線
キロ程 16.8km(岩見沢起点)
電報略号 ヤヨ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1948年昭和23年)1月25日
廃止年月日 1987年昭和62年)7月13日
備考 幌内線廃線に伴い廃駅
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弥生駅(やよいえき)は、かつて北海道三笠市弥生町1丁目に設置されていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)幌内線である。電報略号ヤヨ。幌内線の廃止に伴い、1987年(昭和62年)7月13日に廃駅となった。弥生地区の住民による請願駅であった。

歴史[編集]

1976年の弥生駅と周囲500m範囲。左下が岩見沢方面。少しカーブした石組み土盛の単式ホーム1面1線を有する。かつては幾春別側踏切付近から中央上端に残されている住友石炭鉱業弥生砿のポケットへ向けて、専用線が敷かれていたが、奔別砿と地下で繋がり、昭和35年10月に奔別側(幾春別駅)からの出炭に統合され、弥生側の設備は廃棄されて専用線も廃止された。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
  • 1927年(昭和2年):東邦炭砿株式会社弥生砿が、当駅の位置より三笠寄り本線脇に選炭場とポケットおよび積込み線を設置(幾春別駅への馬車軌道廃止)。
  • 1931年(昭和6年):東邦炭砿弥生砿、三笠寄りの施設を廃止し、当駅位置より幾春別側山寄りに選炭場とポケットおよび積込み線を設置。
  • 1945年(昭和20年)4月30日:住友鉱業、東邦炭砿より弥生砿を買収。
  • 1948年(昭和23年)1月25日国有鉄道幌内線の弥生仮乗降場として開業。
  • 1951年(昭和26年)12月20日:駅に昇格[1]。旅客・荷物を取り扱い[1]
  • 1960年(昭和35年)10月1日住友石炭鉱業弥生炭鉱、奔別炭鉱と統合。奔別側からの出炭に切り替え、弥生側施設廃止。同時に専用線廃止。
  • 1967年(昭和42年):業務委託化
  • 1970年(昭和45年):弥生炭鉱が閉山。
  • 1981年(昭和56年)5月25日:荷物の取り扱いを廃止。
  • 1984年(昭和59年)2月1日:簡易委託駅化。
  • 1987年(昭和62年)

駅名の由来[編集]

この地域の地区名より。この地域に開かれた弥生炭砿は、1914年(大正3年)に村井弥吉が試掘を始めて翌年より採掘に入ったが、「開坑の時期が弥生の節句(3月3日)であった」から弥生炭砿と命名したと伝えられている[2]。東邦炭礦の所有になってからこの地域は発展し、「弥生」は地区名になった。

駅構造[編集]

廃止時点で、1面1線の単式ホームを有する無人駅(簡易委託駅)であった。1987年1月末に不審火により駅舎は焼失してしまい、廃止時点ではプレハブ小屋を駅舎として利用していた。

駅周辺[編集]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
幌内線
唐松駅 - 弥生駅 - 幾春別駅

脚注[編集]

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  1. ^ a b 「日本国有鉄道公示第336号」『官報』1951年12月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ 新三笠市史 平成5年1月発行、「わが社のあゆみ」住友石炭鉱業 平成2年11月。なお、村井弥吉の名前に結びつけた説も稀に見られるが、当事者であった三笠市や住友ではその説には全く触れていない。

関連項目[編集]