引揚援護庁

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大竹引揚援護局

引揚援護庁(ひきあげえんごちょう)は、厚生省外局引揚復員に関する行政事務を扱っていたが、1954年(昭和29年)3月31日に廃止された。

概要[編集]

太平洋戦争の終結に伴い、海外に残された日本人約660万人の引揚や復員が始まった。

しかし、各省庁が個別に引揚援護を行っていたため、非効率で統制を欠いていたため、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、引揚援護を主管する官庁を決定するよう指令を出した。これを受けて日本政府は協議の結果、「厚生省」を指定した。

厚生省は社会局に引揚援護課を設け、全国各地の引揚者の上陸港に「地方引揚援護局」を設置した。のち、1946年(昭和21年)3月13日に厚生省の外局として「引揚援護院」が設置され、引揚援護業務が整備された。その後、復員業務を行っていた復員庁と統合して「引揚援護庁」が設置された。

600万人を超える引き揚げ者の受け入れがほぼ落ち着いた1954年(昭和29年)、外局としての「引揚援護庁」は廃止し、厚生省本省に吸収。「引揚援護局」が設置された。その後、「援護局」と名前を変え、1980年代には中国残留孤児の肉親探し事業を担当し再び脚光を浴びた。さらに「社会・援護局」と改称、2001年平成13年)の省庁再編厚生労働省社会・援護局となり現在に至る。

地方引揚援護局[編集]

地方引揚援護局一覧
局名 所在地 上陸港 開局日 閉局日 備考
函館引揚援護局 北海道函館市 函館港 1945年11月24日 1950年1月1日
横浜引揚援護局 神奈川県横浜市 横浜港 1945年11月24日 1945年12月14日
横浜引揚援護局 神奈川県横浜市 横浜港 1947年5月1日 1955年7月11日 ※復活
浦賀引揚援護局 神奈川県横須賀市 浦賀港 1945年11月24日 1947年5月1日
名古屋引揚援護局 愛知県名古屋市 名古屋港 1946年3月26日 1947年2月1日
舞鶴引揚援護局 京都府舞鶴市 舞鶴港 1945年11月24日 1958年11月15日
田辺引揚援護局 和歌山県田辺市 田辺港 1946年2月21日 1946年10月1日
大竹引揚援護局 広島県大竹町(現在の大竹市 大竹港 1945年12月14日 1947年2月21日
呉引揚援護局 広島県呉市 呉港 1945年11月24日 1945年12月14日
宇品引揚援護局 広島県広島市 広島港 1945年11月24日 1947年12月31日
仙崎引揚援護局 山口県仙崎町(現在の長門市 仙崎港 1945年11月24日 1946年12月16日
下関引揚援護局 山口県下関市 下関港 1945年11月24日 1946年10月1日
門司引揚援護局 福岡県門司市(現在の北九州市門司区 門司港 1945年11月24日 1946年1月23日
戸畑引揚援護局 福岡県戸畑市(現在の北九州市戸畑区 洞海港 1946年1月23日 1946年10月1日
博多引揚援護局 福岡県福岡市 博多港 1945年11月24日 1947年5月1日
唐津引揚援護局 佐賀県唐津市 唐津港 1946年2月21日 1946年10月1日
佐世保引揚援護局 長崎県佐世保市 佐世保港 1945年11月24日 1950年5月5日
別府引揚援護局 大分県別府市 別府港 1946年2月21日 1946年3月26日
鹿児島引揚援護局 鹿児島県鹿児島市 鹿児島港 1945年11月24日 1947年2月1日

関連事項[編集]