弁天島 (稚内市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
弁天島
宗谷岬弁天島.JPG
稚内弁天島
座標 北緯45度31分35秒 東経141度55分9秒 / 北緯45.52639度 東経141.91917度 / 45.52639; 141.91917座標: 北緯45度31分35秒 東経141度55分9秒 / 北緯45.52639度 東経141.91917度 / 45.52639; 141.91917
面積 0.005 km²
海岸線長 0.5 km
最高標高 5 m
所在海域 日本海
所属国・地域 日本の旗 日本
地図
弁天島 (稚内市)の位置(北海道内)
弁天島 (稚内市)
テンプレートを表示
1977年10月2日撮影の航空写真。南東に平島が見える。国土地理院地図・空中写真閲覧サービス[1]の画像より抜粋。

弁天島(べんてんじま)は、北海道稚内市宗谷岬)に属する無人島。岬の北西約1.2キロメートル沖合に位置するであり、宗谷村珊内の集落からは北へ約1キロメートル離れている。日本が実効支配している域内では最北端の地にあたり、島の南東側には平島が存在し、古より弁天島に渡航する際は中継地とされていた[要出典]。島名は弁財天が祀られていたことに由来。

周囲の岩礁暗礁には海鳥が多くみられ、また周辺の海域はコンブウニの産地である。島はトドの上陸地となっており、1980年代の調査では50頭ないしは60頭のトドが確認されている[1]。その後は頭数が減少し多い時でも20頭ほどにとどまっていたが、2004年頃からは増加し2006年の調査では120頭ものトドが確認されている[2]

寛政9年(1797年)成立の『蝦夷巡覧筆記』には「ソウヤ石ト云岩嶋アリ」との記述が見える[3]。『松前地志』にも同様の記述があり、また『ソウヤヨリ箱館マテ東部里程記』では「ソウヤ石」について「拾程沖」にあり「高弐程、周廻四丁程」としている[4]

文化13年(1816年)の成立とされる『松前蝦夷地島図』[5]においても「ソウヤ石」として記載されている。文政4年(1821年)成立の『大日本沿海輿地全図』では「シヨーヤ」とある[6]

松浦武四郎の著書『蝦夷日誌』には「ソウヤ岩」とあり、別称として弁天島をあげている。「海中十二丁に有。周四丁のよし」としており、また「上ニ少しの有て、夷人ども弁天を祭り木幣を建る」とある[7]

第二次幕領期の『宗谷領古地図』[8]や、佐藤正克文書の『北見国宗谷郡より斜里郡迄絵図』[9]および『宗谷郡境字ヤムワッカルより紋別郡境字トンナイウシ迄の図』[10]においても「ソウヤ石」という名称で記載されている。

1891年刊行の『北海道蝦夷語地名解』では「ソーヤ」について「海中ニアル岩嶼ノ名」であるとしている。1930年に発行された海図[11]には弁天島という名称で記されている。

脚注[編集]

  1. ^ 平成27年度国際漁業資源の現況57 トド 北太平洋沿岸・オホーツク海・ベーリング海 水産庁水産総合研究センター
  2. ^ 和田昭彦「宗谷岬弁天島におけるトド調査始まる」マリンネット北海道
  3. ^ 日本歴史地名大系』第1巻(北海道の地名)、平凡社、2003年、1199頁。ISBN 978-4-582-49001-5
  4. ^ 前掲書、1208頁。
  5. ^ 松前蝦夷地嶋図 2 北方資料データベース
  6. ^ 第十二号蝦夷之部北見之内宗谷郡 海上保安庁海洋情報部
  7. ^ 前掲書、1210頁。
  8. ^ 宗谷領古地図 北方資料デジタル・ライブラリー
  9. ^ 北見国宗谷郡より斜里郡迄絵図 北方資料デジタル・ライブラリー
  10. ^ 宗谷郡境字ヤムワッカルより紋別郡境字トンナイウシ迄の図 北方資料デジタル・ライブラリー
  11. ^ 海図33号 外邦図デジタルアーカイブ

関連項目[編集]