廃墟からの復活

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Auferstanden aus Ruinen
和訳例:廃墟からの復活
Nationalhymne der DDR.svgg
「廃墟からの復活」の出版譜(1954年)より

国歌の対象
東ドイツの旗 東ドイツ

別名 廃墟より甦れ
作詞 ヨハネス・ロベルト・ベッヒャー
作曲 ハンス・アイスラー
採用時期 1949年
採用終了 1990年
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廃墟からの復活: Auferstanden aus Ruinen)は、ドイツ民主共和国(東ドイツ:DDR)の国歌ヨハネス・ロベルト・ベッヒャー作詞[1]ハンス・アイスラー作曲[1]

概要[編集]

1949年、ソ連占領下のドイツに成立した東ドイツが成立した際に、後に文化大臣となる詩人 ヨハネス・R・ベッチャーが作詞した[1]。合わせて2人のミュージシャンがベッチャーの歌詞に対して音楽を提案し、ハンス・アイスラーのバージョンが採用された。この曲には、祖国統一と第二次世界大戦による荒廃からの復活の願いがこめられている[1]

歴史[編集]

1949年に書かれた東ドイツの国歌は、ドイツの分離の初期段階を反映しており、占領地帯の統一への継続的な進展は、適切で自然なものとして受け取られた。その結果、ベッチャーの歌詞は、「祖国統一」のいくつかの意味合いを発展させ、それらを「einig Vaterland(アイニヒ・ファーターラント、一つの祖国)」、つまりドイツ全体を意味する表現を含めたが、このような概念は緊迫する冷戦の状況に適合せず、特にベルリンの壁が1961年に東ドイツ政府によって構築された後はその現状に反することになる。このような事情を踏まえて、当初は公の場で歌唱していたものの[1]1970年代に入りソビエト連邦からこの部分の歌詞が東西分裂の現状にそぐわないと圧力が掛かったため、以降はこの部分の歌唱が禁じられて[1]メロディーのみが演奏されていた。

1973年、東ドイツと西ドイツは、ある程度の相互承認を授与した2つの政府間の会談に続いて、同時に国連に入国した。ドイツという用語は後に東ドイツ憲法から削除され、国歌のみが公式の機会に演奏された。特に1989年後半にヴェンデが死去した後、非公式に使用され続けたベッチャーの代わりとなる新しい歌詞は書かれていなかった。しかし、冷戦が現実に終結に向かっていることが明らかになった後、東ドイツの国営テレビは作業を再開し、東ドイツの主要な観光名所のイラストのような映像を伴う、声のアレンジの楽しい交響曲の演出で毎晩放送した[2]

1990年10月3日(Auferstanden AUS Ruinen)は、ドイツ民主共和国が消滅したときに、国歌としての役割を終え、以降は1841年に作曲された旧西ドイツ国家である「ドイツの歌」が 再び統一ドイツの国歌となった。東ドイツ首相の ロタール・ド・マイジエールは、ベッチャーの歌詞を統一ドイツ国歌に追加することを提案していたが、これは彼の西ドイツの対応者であるヘルムート・コール首相 によって拒否された[3]

1990年10月2日の東ドイツ最後の日の深夜に、東ドイツの国際ラジオ放送局である(Radio Berlin International)は、東ドイツの国歌のボーカルバージョンで最後の放送を行った[4]

歌詞[編集]

  1. Auferstanden aus Ruinen
    und der Zukunft zugewandt,
    laß uns Dir zum Guten dienen,
    Deutschland, einig Vaterland.
    Alte Not gilt es zu zwingen,
    und wir zwingen sie vereint,
    denn es muß uns doch gelingen,
    daß die Sonne schön wie nie
    über Deutschland scheint, über Deutschland scheint.
  2. Glück und Friede sei beschieden
    Deutschland, unserm Vaterland.
    Alle Welt sehnt sich nach Frieden,
    reicht den Völkern eure Hand.
    Wenn wir brüderlich uns einen,
    schlagen wir des Volkes Feind.
    Laßt das Licht des Friedens scheinen,
    daß nie eine Mutter mehr
    ihren Sohn beweint, ihren Sohn beweint.
  3. Laßt uns pflügen, laßt uns bauen,
    lernt und schafft wie nie zuvor,
    und der eignen Kraft vertrauend
    steigt ein frei Geschlecht empor.
    Deutsche Jugend, bestes Streben
    unsres Volks in dir vereint,
    wirst du Deutschlands neues Leben.
    Und die Sonne schön wie nie
    über Deutschland scheint, über Deutschland scheint.

日本語訳[編集]

1
廃墟から蘇り
未来へ向かって
一つの祖国ドイツに
公共のため奉仕しよう
克服されるべき過去の苦境は
団結して乗り越えてゆこう
私達は必ず成功して
そして太陽はかつてなく美しく
ドイツを照らしていく ドイツを照らしていく

2
平和、幸せを祖国ドイツをもたらそう
全世界は平和を望んでいる
人々に手を差し伸べていこう
我々が同胞として団結すれば
人民の敵を破ることができる
平和の光を輝かそう
母がもう二度と息子の死を
悲しまない世へ 悲しまない世へ
3
かつてないほど耕そう、建設しよう、学ぼう、働こう
そして力を信じた、自由な世代が立ち上がる
ドイツの若者よ
人民は君らのもとで団結し最善を尽くす
君はドイツの新しい命となり
そして太陽はかつてなく美しく
ドイツを照らしていく ドイツを照らしていく

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 弓狩匡純『国のうた National Anthems of the World』文藝春秋、2004年、186-187頁。ISBN 978-4163659909
  2. ^ “Auferstanden aus Ruinen” (英語). Wikipedia. (2020-04-28). https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Auferstanden_aus_Ruinen&oldid=953610508. 
  3. ^ “Auferstanden aus Ruinen” (英語). Wikipedia. (2020-04-28). https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Auferstanden_aus_Ruinen&oldid=953610508. 
  4. ^ “Auferstanden aus Ruinen” (英語). Wikipedia. (2020-04-28). https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Auferstanden_aus_Ruinen&oldid=953610508. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]