康リョン郡

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本来の表記は「康翎郡」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
位置
DPRK2006 Hwangnam-Kangryong.PNG
各種表記
チョソングル: 강령군
漢字:
片仮名転写: カンリョン=グン
ローマ字転写 (MR): Kangry'ŏng-gun
統計(2008年
面積: 505.546 km²
総人口: 106,827 人
行政
国: 朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国
下位行政区画: 1邑1区23里

(カンリョンぐん)は朝鮮民主主義人民共和国黄海南道に属する郡。北朝鮮統治範囲の最南端にあたる。

地理[編集]

黄海に突き出した甕津半島の東南部に位置し、西に甕津郡、北に碧城郡と隣接する。

行政区画[編集]

1邑・1労働者区・23里を管轄する。

  • 康翎邑(カンリョンウプ)
  • 釜浦労働者区(プポロドンジャグ)
  • 広泉里(クァンチョンリ)
  • 金洞里(クムドンリ)
  • 錦井里(クムジョンリ)
  • 内洞里(ネドンリ)
  • 東江里(トンガンリ)
  • 東浦里(トンポリ)
  • 登岩里(トゥンアムリ)
  • 龍淵里(リョンヨンリ)
  • 蜂梧里(ポンオリ)
  • 富民里(プミンリ)
  • 舎鳶里(サヨンリ)
  • 三峰里(サンボンリ)
  • 松峴里(ソンヒョンリ)
  • 睡鴨里(スアムリ)
  • 巡威里(スヌィリ)
  • 食余里(シギョリ)
  • 莘岩里(シナムリ)
  • 双橋里(サンギョリ)
  • 漁化島里(オファドリ)
  • 梧鳳里(オボンリ)
  • 印峯里(インボンリ)
  • 平和里(ピョンファリ)
  • 香竹里(ヒョンジュンリ)

歴史[編集]

朝鮮王朝時代には黄海道に属し、康県が置かれた。1895年、二十三府制の施行により海州府康郡となり、翌1896年に黄海道康郡となった。1909年、甕津郡に編入された。

1952年、北朝鮮の行政区画再編により、甕津郡から富民・龍淵・鳳邱・興嵋などの面が分割され、康郡の名が復活した。

年表[編集]

この節の出典[1]

  • 1952年12月 - 郡面里統廃合により、黄海道甕津郡龍淵面・鳳邱面・海南面・東江面および富民面・興嵋面・松林面の各一部地域(松林面は延坪島以外の全域)をもって、康翎郡を設置。康翎郡に以下の邑・里が成立。(1邑21里)
    • 康翎邑・広泉里・錦水里・梧鳳里・印峯里・香竹里・莘岩里・平和里・登岩里・双橋里・富民里・龍淵里・釜浦里・食余里・三峰里・蜂梧里・舎鳶里・睡鴨里・東浦里・松峴里・東江里・内洞里
  • 1954年10月 - 黄海道の分割により、黄海南道康翎郡となる。(1邑23里)
    • 黄海南道甕津郡漁化島里・巡威里を編入。
    • 富民里・龍淵里の各一部が康翎邑に編入。
  • 1972年 - 釜浦里が釜浦労働者区に昇格。(1邑1労働者区22里)
  • 1981年 - 平和里が釜浦労働者区・香竹里に分割編入。(1邑1労働者区21里)
  • 1983年 - 錦水里が錦井里に改称。(1邑1労働者区21里)
  • 1991年9月 (1邑1労働者区23里)
    • 双橋里の一部が分立し、金洞里が発足。
    • 香竹里の一部が分立し、平和里が発足。
    • 双橋里の一部が食余里に編入。

交通[編集]

外部リンク[編集]

  1. ^ 황해남도 강령군 역사