幻想絵画

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ジョヴァンニ・ベッリーニによる『煉獄の寓意』(15世紀)。ロジェ・カイヨワが幻想的な絵画の最高傑作としたもの。荘重な大気の中で激情のすべてが無化され、鎮められているものであると評した。詩的完璧さと不変不易で汲み尽くされないもの、の基準としている。[1]

幻想絵画(げんそうかいが)とは、幻想芸術(ファンタスティック・アート)のジャンルの一つである。ファンタスティック・アートは緩く定義されているものであり[2]、芸術における「ファンタスティック」とはある時代の特定の芸術運動をさす用語ではなく、文学や映画といった美術以外のあらゆる分野、あらゆる時代の芸術に認めることができる概念である[3]。 戦後ヨーロッパで始まったウィーン幻想派は「ファンタスティック・リアリズム」と命名され、特定の絵画ジャンルとして青木画廊を中心に幻想絵画として日本で紹介された[4]

 1994年に『現代パリの幻想画家たち』においてフランスの幻想絵画が日本で紹介された。カタログにおける原語はファンタスティックではなく、ラール・ヴィジョネール(幻視芸術)という言葉でその本質が詳細に語られ、幻視的光景(ヴィジョン)を反映した絵画が展示された。[5]

西洋美術史における幻想絵画[編集]

幻想絵画を西洋美術史の中に見いだせる範囲はきわめて広く、一般的には、ヒエロニムス・ボス(Hieronimus Bosch; 1450年頃-1516年)辺りを始まりとすることが多いが、その後、ウィリアム・ブレイク(William Blake; 1757年-1827年)、ラファエル前派象徴主義とその周辺から、世紀末前後の素朴派、世界大戦前後のシュルレアリスム、戦後オーストリアのウィーン幻想派、アメリカにおける60年代からのヴィジョナリー・アート(幻視芸術)70年代のローブローアート(ポップ・シュルレアリスム)まで、時代と国を問わず、幻想絵画と呼びうる作品が存在する。

幻想絵画の特徴[編集]

基本的に幻想絵画のスタイルはリアリズムとしての具象絵画である。そしてその表面は平滑であることが多い。それは二次元の表面の奥に画家のヴィジョンやイメージが鏡像のように描き出されているからである。さらにその描写の仕方はしばしば精密である。幻想画家は彫刻工芸に携わることもあり、必ずしも二次元平面のみに関心があるのではなく、建築作品の構想を持つ幻想画家も存在している。

表現の内容としては、シュルレアリスムを現代において引継ぎながらエロティック夢想を追求しているもの、人間心理の中に潜在している様々なトラウマや悪夢、グロテスクで病的なイメージを表出させようとするスタイル、あるいは神話民話精霊妖精といったものをテーマとしたり、宗教的な啓示や密教的な世界観を幾何図形を用いて表現しているものなどがある。さらには幻想文学SF小説に感化されて、それらを視覚化しようと試みる中で生まれた幻想絵画もある[6]

幻想(ファンタスティック)について[編集]

仏文学者の巌谷國士は、日本の「幻想」の意味は広く、ヨーロッパの「ファンタスティック」の意味は狭いとし、ヨーロッパにおける幻想の定義を紹介している。「ファンタスティックとは現実の中に予想のつかない異質なものが介入してきて、そこに脅威や恐怖、快感といったものが生じる場合を言います[7]。」しかしながらこれは幻想文学に関する言説の引用であり、ヨーロッパの幻想美術の広い定義のあり方とは異なった視点を提示している[8][9]。巌谷説によれば、近代のファンタスティックとは科学で保証された日常の現実世界の中に、超自然的なもの、異常なものが侵入するときに生まれる時の恐怖や不気味さである[10]。初めから現実を前提としない神話や御伽話の世界であれば、フェーリック(夢幻的)という、より楽観的な概念の方が当てはまる[10]

 幻想絵画に関する『幻想のさなかに』の著者、ロジェ・カイヨワが個人的好みを徹底させ、執筆の方針として除外すべきとしたものは、単に現実にはありえない表現で幻惑させる夢幻想像世界であり、わざとらしい「意図的幻想」である。さらに、神話、宗教、魔術的信仰などに奉仕するために流通する「教育的幻想」も彼は排除した。カイヨワにとっての幻想とは何よりも不安と破壊であり、画家があらゆる障害を突き破って、霊感と手を強制的に働かしめ、極端な場合には画家本人も気づかぬうちに生まれてくるようなものである[1]。 

幻想文学との関係[編集]

・ファンタスティック・アートの語源の一つはサイエンス・フィク ションやお伽話といった幻想文学から派生したものであり、ファンタスティック・アートとはH.R.ギーガーに代表される幻想文学の世界を視覚的に表現しようとした絵画のことでもある。アメリカには幻想芸術の研究学会IAFAが存在するが、ほとんどの研究内容が美術ではなく文学に関するものとなっていることに疑問が投げかけられている[6]

・西欧では1950年代あたりから幻想(ファンタスティック)が美術史に関する概念として浮上してきた。1960年から61年にかけて、クロード・ロワ、マルセル・ブリヨン[11]、ルネ・ド・ソリエの3名はそれぞれ『幻想美術』という同じ題名の著書を出版し、幻想文学が広く読まれ、論争が起こった。1971年にツヴェタン・トドロフは『幻想文学序説』で「幻想」の定義を明確にし、巖谷國士によれば、この頃には幻想文学における定義づけはいちおう完了している。[10]

・オーストリアの幻想画家、アルフレート・クビーンは幻想小説『裏面ーある幻想的な物語』を書き、神秘的で比喩的な世界を著作にしている[3]

「幻想」をめぐる日本の動向[編集]

日本で美術用語として「幻想絵画」が使われだしたのは1960年代あたりである。[10]。ヨーロッパにおける概念に基づいた、1959年の瀧口修造の『幻想絵画論』、1967年の澁澤龍彦の『幻想の画廊から』といった美術書が影響力を持ったが、その後に「幻想」の意味は少しづつ拡散していった[10]。グスタフ・ルネ・ホッケの『迷宮としての世界』、ロジェ・カイヨワの『幻想のさなかに』[1]といった翻訳書が次々と刊行され、情報源が揃うことで幻想絵画と呼ばれるジャンルの全体像に目配せできる十分な環境が整っていき、1971年以降の幻想絵画を巡る動向は加速した。[4]

1971年に小田急百貨店にて日本人作家61名による「現代の幻想絵画展ー不安と恐怖のイメージを探る」が開催され、日本における広い意味の幻想絵画を探索してみようと企画された。一方、翌1972年に同会場における「ウィーン幻想絵画展ー神秘と夢幻のリアリスム」が開催され、ここではヨーロッパにおける動向としての「ウィーン幻想絵画」という、狭い意味での固有名詞的な「幻想絵画」が集約された。幻想絵画という言葉の意味は議論されることなく曖昧なまま、狭義と広義の使い分けに無自覚な状況であった。[4]

日本の戦後美術史を把握する『美術手帖』1978年7月号増刊「特集:日本の現代美術三年」は、戦後美術を概観するための信頼できる資料であるが、その年表には上記の二つの幻想絵画の展覧会は掲載されておらず、戦後の幻想系絵画の動向の把握は難しい状況である。[4]

幻想(Fantastic)と幻視(Visionary)[編集]

1990年代フランス・パリにおけるヴィジョネール(ラール・ヴィジョネール)と呼ばれる画家達が、「幻想画家」として日本で紹介されたことがある。展覧会カタログでは、ヴィジョネールは「幻視芸術」と訳されており、ファンタスティックは「幻想芸術」と訳されている[5]。巖谷國士はディマシオのような画家達は自らがファンタスティックと呼ばれるのを好まず、むしろヴィジョネールを自称していることに注意を促している。日本で一般的な「幻想絵画」はファンタスティック・アートの訳語であり、仏語のヴィジョネールにも「幻想」の訳を当てることができ、ファンタスティックに反するものでは無いが、日本語では「幻視」のほうがより近い概念であろうと示唆し、両者を区別している[10]。この解説書における主な執筆者、エルヴェ・セランは、幻想芸術(ファンタスティック)と幻視芸術(ヴィジョネール)が安易に混同される問題があるとして、ファンタスティックの奥にあるヴィジョネールの本質に関して考察をしている。また、ここではVisionaries, Visionnaire といった仏語の訳の大半は「幻視」となっている[5]。なお、ディマシオ美術館の日本語の名称は「太陽の森 ディマシオ幻想美術館」となっている。[1]

日本語の幻想とは現実にないことをあるように感ずる想念、といった意味の口語であるが、英語のFantasticは素晴らしく極めて良いことに関して、あるいは実現不可能な非現実的な計画に対して用いる口語である。日本語における幻視の意味は視覚的幻覚のことであるが、英語のVisionary は先見の明のある独創的人物やアイディアに対して使われる口語である。

欧米においてはファンタスティック・アートよりもヴィジョナリー・アートという用語のほうが様々な国々のアートイベントで使用されるようになっている[12]。日本においては幻想絵画や幻想芸術といった用語が一貫して出版書籍や展覧会で一般的である。

日本の幻想絵画の現状[編集]

日本においては幻想絵画を描いている画家が必ずしも「幻想画家」として自認しているとは限らない。 その理由の一つとしては、「幻想絵画」が示唆しているジャンルを限定し難いという状況があるからだと思われる。つまり日本美術界においても幻想絵画と呼びうるスタイルは、洋画日本画といった伝統的な具象絵画のみならず現代美術にも幅広く確認することができるため、あるいは芸術全般の本質が歴史を通じてそもそも幻想性を担ってきたために「幻想絵画」は日本の現代美術の用語として曖昧ではある。しかしながら日本において1960年代あたりから意識化されてきた幻想絵画と呼ばれる方向性は国際的な、今日、国際的規模で失われかけている古典的な版画テンペラの技術や伝統的な宗教芸術で培われた霊的表現力を現代的な形で再生し実践する上で大きく貢献している。

幻想絵画と関連した代表的な日本人の作家[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c ロジェ・カイヨワ 『幻想のさなかに―幻想絵画試論』 三好郁朗訳、法政大学出版局、1975年 Au cœur du fantastique, 1965.
  2. ^ Fantastic art”. 2018年3月24日閲覧。
  3. ^ a b ヴァルター・ジュリアン『幻想美術』TASCHEN
  4. ^ a b c d 青木基、青木画廊編 「幻想レアリスムと青木画廊」『一角獣の変身―青木画廊クロニクル1961-2016』 風濤社、2017年、176-187頁。ISBN 978-4-89219-432-0
  5. ^ a b c 『現代パリの幻想画家たち』 朝日新聞社、1994年 フランス題Les Visionnarires Contemporains de Paris
  6. ^ a b 當間麗「アメリカにおけるアート研究とサブカルチャー」 (pdf) 、『CASニューズレター』第3巻第1号、1999年9月、 5-6頁。
  7. ^ アートコレクター 2009 6月号 30p
  8. ^ ツヴェタン・トドロフ 三好 郁朗 訳『幻想文学論序説』42p
  9. ^ Fantastic art”. 2018年3月19日閲覧。
  10. ^ a b c d e f 巖谷國士 「「幻想」と「幻視」」『現代パリの幻想画家たち』 朝日新聞社、1994年
  11. ^ マルセル・ブリヨン 『幻想芸術』 坂崎乙郎訳、紀伊國屋書店、1968年 復刻:ISBN 978-4314000437
  12. ^ VISIONARY ART SHOW ITALY”. 2018年3月21日閲覧。

 

  • 『現代の幻想絵画展』朝日新聞社 1972年