幸山政史

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日本の旗 日本の政治家
幸山政史
こうやま せいし
生年月日 (1965-06-10) 1965年6月10日(52歳)
出生地 日本の旗 熊本県熊本市
出身校 九州大学経済学部
前職 日本債券信用銀行従業員
所属政党 自由民主党→)
無所属
公式サイト 幸山政史オフィシャルサイト

Flag of Kumamoto, Kumamoto.svg 第29・30・31代 熊本県熊本市長
当選回数 3回
在任期間 2002年12月3日[1] - 2014年12月2日

当選回数 2回
在任期間 1995年 - 2002年
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幸山 政史(こうやま せいし、1965年6月10日 - )は、日本政治家

熊本県熊本市長(3期)、熊本県議会議員(2期)を歴任した。

概要[編集]

熊本県熊本市生まれ。熊本県立済々黌高等学校九州大学経済学部卒業。大学卒業後、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)に入行。

1995年熊本県議会議員選挙に出馬し、初当選を果たした。県議時代は自由民主党に所属した[2]。県議を2期務めた後、2002年熊本市長選挙に無所属での出馬を表明。現職の三角保之熊本市長は自民党や公明党の推薦に加え、連合や業界団体の支援も受けて組織型選挙を行っていたが、幸山は規模の大きくない会合やイベントに積極的に参加し、草の根的な選挙運動を展開。大方の予想を裏切り、三角市長を破って当選を果たした。

2006年の市長選では民主党社会民主党が幸山を支持。無党派層の支持も幅広く獲得し、次点の候補にダブルスコアで圧勝した。この選挙では、熊本市の政令指定都市への移行や九州新幹線開業に伴う熊本駅前の整備事業の推進を公約に掲げていた(熊本市は2012年4月に政令指定都市へ移行)。2010年の市長選では自民・公明・民主3党が相乗りする形で幸山を支持し、新人2候補を退けて3選を果たしたが、投票率は30%台に低迷した[3]

2014年秋に予定される市長選挙への出馬問題が注目されていたが、6月2日の記者会見で「残された任期を全力で尽くしたい」として4選を目指さず、選挙への不出馬を決めたことを明らかにした[4]

2015年10月7日、翌2016年春に予定される熊本県知事選挙へ無所属で立候補することを表明した[2]3月27日の選挙では現職の蒲島郁夫に挑んだが、30万以上の差を付けられて落選した[5]


熊本朝鮮会館問題[編集]

2007年10月30日、熊本市が行ってきた在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の関連施設で1971年5月に建てられた「熊本朝鮮会館」[6]への固定資産税等の減免措置(朝鮮総連関連施設地方税減免措置問題)に対し、拉致事件被害者家族を支援する「救う会熊本」のメンバーが、熊本市長の徴税権不行使の違法確認等を求めた訴訟の上告審において、最高裁判所第2小法廷(中川了滋裁判長)は、幸山市長側の上告を棄却する決定をした。これにより、税減免措置の違法性が認められ、税減免措置の取り消しを命じた2審福岡高等裁判所判決が確定した。朝鮮総連関連施設への税減免措置の違法性を認める判決を最高裁が下したのは熊本市の例が初めての判例となった。

なお熊本朝鮮会館は登記上は有限会社が所有していたが、同社に活動実態が見られなかったため、2審判決では「公益のために固定資産を所有する者」に対して行われるべき税減免対象に該当しないと結論付けている。さらに、2審判決は「熊本朝鮮会館は総連の活動拠点として使用されている。総連の活動は、在日朝鮮人の利益を擁護するもので、わが国の利益のために行われているものではない」と認定し、朝鮮総連施設の公益性を完全に否定した。幸山市長側は「熊本朝鮮会館は公民館のような施設で公益性があり、税減免の対象になる」と主張。1審熊本地裁は「公益性がある」と判断し、原告側の請求を退けていた[7]

脚注[編集]

外部リンク[編集]

先代:
三角保之
Flag of Kumamoto, Kumamoto.svg 熊本県熊本市長
第29・30・31代:2002年 - 2014年
次代:
大西一史