平渓区
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| 別称: 石碇堡・石底・十分寮 | |
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| 地理 | |
|---|---|
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| 位置 |
北緯--°--" 東経--°--" |
| 面積: | 71.3382 km² |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 平溪 |
| 日本語読み: | へいけい |
| 拼音: | Píngxī |
| 注音符号: | ㄆㄧㄥˊㄒㄧ |
| 片仮名転写: | ピンシー |
| 台湾語: | Pîng-khue |
| 客家語: | Phiàng-hâi |
| 行政 | |
| 行政区分: | 市轄区 |
| 上位行政区画: |
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| 下位行政区画: | 12里115鄰 |
| 平渓区長: | 陳聖聰 |
| 公式サイト: | 平渓区公所 |
| 情報 | |
| 総人口: | 4,701 人(2018年9月) |
| 世帯数: | 2,305 戸(2018年9月) |
| 郵便番号: | 226 |
| 市外局番: | 02 |
| 平渓区の木: | - |
| 平渓区の花: | - |
| 平渓区の鳥: | - |

地理
[編集]平渓区は新北市東北部、基隆河上流に位置し、東は瑞芳区、双渓区と、南は坪林区と、北は基隆市、汐止区と、西は石碇区とそれぞれ接している。平原が極めて乏しく、四面を山に囲まれた地形をなしている。
歴史
[編集]清代の乾隆ごろに漢民族の入植が開始され、「石碇堡」と呼ばれるようになった。
日本統治時代の1901年(明治34年)11月11日、基隆庁の管轄となる。
1905年(明治38年)7月1日、台湾総督府により「十分寮区」と「石底区」の2つの地区が設置された。
1909年(明治42年)10月25日、基隆庁が台北庁に合併し、十分寮区と石底区は台北庁水返脚支庁の管轄となる。
1920年(大正9年)10月1日、地方改制の際に十分寮区と石底区が合併して台北州基隆郡「平渓庄」となった。
第二次世界大戦後の1946年1月16日、中華民国統治下で「平渓郷」へ改編された。
2010年12月25日、台北県が新北市に改編されたことに伴い平渓区へ改編された。
行政区
[編集]| 里 |
|---|
| 十分里、石底里、平渓里、南山里、新寮里、嶺脚里、白石里、平湖里、東勢里、望古里、薯榔里、菁桐里 |
交通
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
鉄道
[編集]教育
[編集]| 区分 | 数 | 名称 |
|---|---|---|
| 大学 | 0 | - |
| 技学 | 0 | - |
| 高中 | 0 | - |
| 高職 | 0 | - |
| 国中 | 1 | 新北市立平渓国民中学 |
| 国小 | 3 | 新北市立平渓国民小学 新北市立菁桐国民小学 新北市立十分国民小学 |
歴代区長
[編集]この節には内容がありません。 (2019年9月) |
観光地
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