平塚八幡宮

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平塚八幡宮
Goten001.jpg
新緑の拝殿
所在地 神奈川県平塚市浅間町1-6
位置 北緯35度20分2.23秒
東経139度20分56.85秒
主祭神 応神天皇、神功皇后、武内宿禰命
社格 県社、別表神社
創建 伝 仁徳天皇68年(380年)
本殿の様式 流造
例祭 8月15日
主な神事 国府祭 (5月5日)
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大提灯と大鳥居


境内末社三社
右から諏訪社・若宮社・神明社

平塚八幡宮(ひらつかはちまんぐう)は、神奈川県平塚市浅間町(せんげんちょう)に鎮座する神社で、古くは鶴峯山八幡宮(つるみねさんはちまんぐう)と呼ばれていた。毎年5月5日大磯町国府本郷の神揃山(かみそろいやま)で行われる国府祭(こうのまち)に参加する相模五社の1社であるが、相模国における式内社ではあらず、また一国一社の八幡宮、鎮地大神と称えられている。

境内にはいくつかの末社があるが、西の池に鎮座する平塚弁財天は、「湘南ひらつか七福神めぐり」のひとつとされている。また、あまり知られていないが、8月15日に行われる例大祭(例祭)では早朝に扇の松(おおぎのまつ)海岸(平塚海岸扇の松下)にて大神輿が砂浜を練り海に入る浜降祭(はまおりさい)、その後、浜祭典(はまさいてん)が行われている。

祭神[編集]

現在の祭神は以下の3柱である。

また、拝殿右に3つの境内外社があり、それぞれに以下の祭神を祀っている。

由緒[編集]

社伝によると仁徳天皇68年(380年)、この地方を襲った大地震に際し、仁徳天皇の勅願により応神天皇を祭神として創建されたものである。天平勝宝年間の古記では、顕宗天皇が膳部料を献じ、仁賢天皇が四千余の神領を寄進したとしている。また、推古天皇時代(592年 - 628年)にも大地震があり、推古天皇は「鎮地大神」の親筆を捧げて国家安穏を祈願すると共に社殿を造営した。さらに天武天皇がこの地の税の3分の2を寄進、文武天皇が宝剣「天晴彦(あめのはるひこ)」を奉納したと言う。

寛永14年(1637年)に書かれた『相模国大中郡鶴峯山八幡宮之記』[1]によれば、当社は石清水八幡宮より130年以上前の神亀年間724年 - 729年)に宇佐神宮から勧請を受け、これにより当地が八幡庄と呼ばれるようになったのだと言う。さらに聖武天皇より相模国における一国一社の霊場とされた。『新編相模国風土記稿 巻之48』[2]では、神亀年間に聖武天皇が諸国一宮法華経を納めた際、当社へも納めたのだとする社伝を紹介している。

吾妻鏡建久3年(1192年)8月9日の条に源頼朝北条政子の安産を祈願した神社として「八幡宮」の名が見え、この時に神馬が奉納されている。『新編相模国風土記稿 巻之48』[2]では、当社は古より相模国第5格とされていたが八幡宮とのみ称して自身を五宮とは唱えていなかったと注記したうえで、『吾妻鏡』建久3年8月9日の条では単に「八幡宮」としか記載が無いが「四宮前取大明神」の次順にあることから考えて、これは当社のことであると述べている。

『相模国大中郡鶴峯山八幡宮之記』[1]によれば、武田信玄北条氏康を攻めた際、当社は陣所とされて戦火に遭い、社殿や旧記・古縁起を焼失した。

天正19年(1591年徳川家康御朱印地50を寄進した。また、慶長年間1596年 - 1615年)には徳川家康が自ら参拝し、同年間の末頃に伊奈備前守忠次へ命じて戦火で荒廃していた社殿を再建させている。さらに正保3年(1646年)江戸幕府は社殿営繕料として山林2ヶ所を寄進した。明和2年(1765年)平塚宿の僧侶本誉還真(ほんよかんしん)が18年間集めた浄財で青銅の鳥居を奉献した。『新編相模国風土記稿 巻之48』[2]では、東海道の北側に「鶴峯山」の扁額が掛けられた青銅鳥居があったと江戸時代後期の社頭景観を伝えている。

明治に入り近代社格制度が制定されると当社は県社に列せられ、明治6年(1873年)官からの達示により社名を八幡神社と改称している。明治27年(1894年)、明治天皇の皇女常宮昌子内親王周宮房子内親王が参拝し社殿の前にを御手植、神池に緋鯉放生した。

第2次世界大戦の終戦後に近代社格制度は廃止されたが、昭和28年(1953年)当社は神社本庁が包括する別表神社となっている。昭和53年(1978年)8月に現在の社名である旧称の平塚八幡宮へ改称した。

年間祭典[編集]

例大祭の様子
浜祭典の様子
歩射神事の様子
ぼんぼりまつり
平塚弁財天社
                   
1月 1日 歳旦祭 8月
14日 成人式
左義長神事
  14日 宵宮祭
22日     太子堂正月祭   15日     例大祭
浜降祭・神幸祭
2月 3日     節分祭   16日     若宮社例祭
歩射神事
11日     紀元祭   9月 14〜16日 ぼんぼり祭
17日     祈年祭   14日   献灯祭
5月 3日   子供まつり   15日 鎮地祭
5日     国府祭   16日 長寿祭
22日     太子堂五月祭   10月 1日 末社 諏訪社例祭
25日   崇敬会大祭   17日 神宮祭
神明社例祭
6月 25日   大祓式   11月 23日 新嘗祭
7月 5〜7日   七夕まつり   12月 23日 天長祭
  25日 大祓祭・鎮火祭
歳の市
  31日 除夜祭

*毎月1日及び15日に行われる「月首祭(月次祭)」は、誰でも参列可能である。

アクセス[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『相模国大中郡鶴峯山八幡宮之記』は、神道大系編纂会編 『神道大系 神社編16 駿河・伊豆・甲斐・相模国』 神道大系編纂会 1980年3月 に所収。
  2. ^ a b c 蘆田伊人 編 『大日本地誌大系17 新編相模国風土記稿第3巻』 雄山閣 1962年9月 より。『新編相模国風土記稿』は天保12年(1841年)の成立。

参考文献[編集]

  • 蘆田伊人 編 『大日本地誌大系17 新編相模国風土記稿第3巻』 ㈱雄山閣 1962年9月
  • 黒板勝美 國史大系編修会 編 『國史大系 第32巻 吾妻鑑前編』 ㈱吉川弘文館 1964年7月
  • 黒板勝美 國史大系編修会 編 『國史大系 第33巻 吾妻鑑後編』 ㈱吉川弘文館 1965年2月
  • 全国神社名鑑刊行会史学センター 編 『全国神社名鑑 上巻』 全国神社名鑑刊行会史学センター 1977年7月
  • 神道大系編纂会編 『神道大系 神社編16 駿河・伊豆・甲斐・相模国』 神道大系編纂会 1980年3月

関連項目[編集]

外部リンク[編集]