平原郡 (平安南道)

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平原郡
位置
DPRK2006 Pyongnam-Pyongwon.PNG
各種表記
ハングル 평원군
漢字 平原郡
発音 ピョンウォン=グン
日本語読み: へいげんぐん
ローマ字転写 P'yŏngwŏn-gun
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平原郡(ピョンウォンぐん)は朝鮮民主主義人民共和国平安南道に属する郡。

地理[編集]

平安南道の西部に位置する。東西に長い郡であり、西は黄海西朝鮮湾)に面する。

隣接行政区[編集]

行政区域[編集]

1邑・2労働者区・29里を管轄する。

  • 平原邑(ピョンウォヌプ)
  • 漁波労働者区(オパロドンジャグ)
  • 漢川労働者区(ハンチョンロドンジャグ)
  • 南山里(ナムサンリ)
  • 大巌里(テアムリ)
  • 大井里(テジョンリ)
  • 大豊里(テプンリ)
  • 徳済里(トクチェリ)
  • 徳浦里(トクポリ)
  • 両橋里(リャンギョリ)
  • 龍上里(リョンサンリ)
  • 龍二里(リョンイリ)
  • 梅田里(メジョンリ)
  • 文興里(ムヌンリ)
  • 三峯里(サンボンリ)
  • 上松里(サンソンリ)
  • 石橋里(ソッキョリ)
  • 石巌里(ソガムリ)
  • 松林里(ソンリムリ)
  • 松石里(ソンソンリ)
  • 松花里(ソンファリ)
  • 新成里(シンソンリ)
  • 新松里(シンソンリ)
  • 深源里(シムォンリ)
  • 雲龍里(ウルリョンリ)
  • 雲峯里(ウンボンリ)
  • 院巌里(ウォナムリ)
  • 元和里(ウォヌァリ)
  • 月逸里(ウォリルリ)
  • 青龍里(チョンリョンリ)
  • 青宝里(チョンボリ)
  • 和津里(ファジンリ)

歴史[編集]

前近代[編集]

高麗時代には防禦使が設置され、1018年には西京に直属して永清県と呼ばれた。1256年には安仁鎮に属したが、高麗末期の1358年には再び永清県となった。

朝鮮王朝成立後の1396年には永寧県と改称され、1423年には永柔県と改称した。

近代[編集]

1895年平安道永柔県は平壌府所属の永柔郡となり(二十三府制)、1896年には平安南道所属となった。

1914年、永柔郡・粛川郡順安郡平壌府の一部(徳山面)、甑山郡の一部(漢川面)が統合され、平原郡が設置された。日本統治時代の平原郡は、平壌府(平壌市)の西北郊外一帯を占める広大な郡であった。

1945年8月時点で、平原郡は以下の1邑15面から構成されていた。

  • 永柔邑 - 영유읍【永柔邑】 (ヨンユ=ウプ)
  • 公徳面 - 공덕면【公德面】 (コンドク=ミョン)
  • 東岩面 - 동암면【東岩面】 (トンアム=ミョン)
  • 順安面 - 순안면【順安面】 (スナン=ミョン)
  • 両花面 - 양화면【兩花面】 (ヤンファ=ミョン)
  • 徳山面 - 덕산면【德山面】 (トクサン=ミョン)
  • 検山面 - 검산면【檢山面】 (コムサン=ミョン)
  • 鷺池面 - 노지면【鷺池面】 (ノジ=ミョン)
  • 漢川面 - 한천면【漢川面】 (ハンチョン=ミョン)
  • 東松面 - 동송면【東松面】 (トンソン=ミョン)
  • 西海面 - 서해면【西海面】 (ソヘ=ミョン)
  • 粛川面 - 숙천면【肅川面】 (スクチョン=ミョン)
  • 龍湖面 - 용호면【龍湖面】 (ヨンホ=ミョン)
  • 朝雲面 - 조운면【朝雲面】 (チョウン=ミョン)
  • 青山面 - 청산면【靑山面】 (チョンサン=ミョン)
  • 海蘇面 - 해소면【海蘇面】 (ヘソ=ミョン)

第二次世界大戦後[編集]

1947年、順安面・両花面・東岩面を大同郡に移管した。

1952年12月、北部を粛川郡として分離し、鷺池面・平原面(永柔邑)・青山面・公徳面・漢川面の全域および龍湖面・徳山面の各一部からなる平原郡を再構成した(1邑25里)。

1972年4月には順安郡の4里を編入した。

2003年の時点で、1邑2労働者区(漁波・漢川)29里から構成される。

年表[編集]

この節の出典[1]

  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、平安南道永柔郡順安郡粛川郡および甑山郡の一部、平壌府の一部(徳山面)が合併し、平原郡が発足。平原郡に以下の面が成立。(18面)
    • 永柔面・鷺池面・青山面・龍湖面・海蘇面・順安面・両花面・龍興面・東頭面・公平面・自徳面・粛川面・東松面・検山面・朝雲面・西海面・漢川面・徳山面
  • 1914年10月 - 龍興面が石岩面に改称。(18面)
  • 1929年4月1日 (16面)
    • 東頭面・石岩面が合併し、東岩面が発足。
    • 公平面・自徳面が合併し、公徳面が発足。
    • 永柔面が平原面に改称。
  • 1947年 - 順安面・両花面・東岩面が大同郡に編入。(13面)
  • 1952年12月 - 郡面里統廃合により、平安南道平原郡鷺池面・平原面・青山面・公徳面・漢川面および龍湖面・徳山面の各一部地域をもって、平原郡を設置。平原郡に以下の邑・里が成立。(1邑25里)
    • 平原邑・長興里・龍上里・新成里・両橋里・院巌里・松林里・月逸里・松石里・三峯里・大巌里・大井里・文興里・徳済里・徳浦里・雲峯里・石橋里・梅田里・青龍里・雲龍里・和津里・新松里・南山里・青宝里・深源里・松花里
  • 1954年 - 月逸里の一部が平原邑に編入。(1邑25里)
  • 1967年 (1邑1労働者区24里)
    • 松石里の一部が三峯里に編入。
    • 長興里が漁波労働者区に昇格。
  • 1972年4月 - 順安郡山陰里・石巌里・龍二里・上松里を編入。(1邑1労働者区28里)
    • 山陰里が元和里に改称。
  • 1990年 - 雲龍里・梅田里・新松里の各一部(新しく開墾された干拓地)が合併し、大豊里が発足。(1邑1労働者区29里)
  • 1992年 - 和津里・新松里の各一部が合併し、漢川労働者区が発足。(1邑2労働者区29里)
  • 1997年5月 - 院巌里の一部が龍二里に編入。(1邑2労働者区29里)

交通[編集]

鉄道[編集]

出身者[編集]

  • 金容淳 - 北朝鮮の政治家、1934年平原郡生まれ。

外部リンク[編集]

  1. ^ 평안남도 평원군 역사