平井英子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
平井 英子
Hirai Hideko.jpg
基本情報
出生名 林 秀(はやし ひで)
生誕 (1918-01-13) 1918年1月13日(101歳)
出身地 日本の旗 日本東京府四谷区(現:東京都
ジャンル 童謡
職業 歌手
担当楽器
レーベル 日本コロムビア
ビクター

平井 英子(ひらい ひでこ、1918年1月13日 - )は、大正末期から昭和初期にかけて童謡のジャンルで活躍した日本歌手である。出生名は林 秀(はやし ひで)[1]、現姓名は鈴木 英子(すずき ひでこ)[2]、旧姓は平井[1]

人物[編集]

東京府(現:東京都四谷区塩町出身[1]。7歳で幸田露伴の妹幸田延子に師事しピアノを学ぶ[1]。その頃、作曲家中山晋平の門下生となり、1928年(昭和3年)、ニッポノホン(日本コロムビアの前身)から童謡歌手としてデビューする[1]ビクターの創立と同時に専属の童謡歌手となる[1]

野口雨情・中山晋平のコンビによって作曲・作詞された童謡を主に歌っていた[3]が、1929年(昭和4年)に発表された「茶目子の一日」(佐々紅華作詞・作曲)が大ヒットした。1934年(昭和9年)に変声期のため童謡歌手としての活動を終え、武蔵野音楽学校声楽科に入学する。卒業後の1936年(昭和11年)に流行歌手として再デビューし、喜劇俳優岸井明とのデュエットによる「煙草屋の娘」が大ヒット[2]。20代半ばの頃、ビクターに所属していた専属の作曲家・鈴木静一結婚[2]、歌手活動を引退した。

音楽界を引退した後は市井の人として暮らし、表舞台に出ることも全くなくなった為、長らく消息不明の状況が続いたが、2014年にビクターエンタテインメントが平井のベストアルバム『スター☆デラックス 平井英子』を制作・発売するにあたって所在確認を行ったところ、2014年10月時点で健在であることが明らかとなった[4]

代表曲[編集]

1948年
  • てるてる坊主
  • あの町この町
  • 兎のダンス
  • 砂山
  • 十五夜お月さん
  • しゃぼん玉
  • 証城寺の狸囃子
  • アメフリ
  • 児童唱歌映画 村祭
  • 茶目子の一日
  • 黒ニャゴ
  • 鼠の留守番
  • キューピーピーちゃん
  • 毬ちゃんの絵本
  • 乙女のふるさと
  • 煙草屋の娘岸井明とのデュエット。『たんたんたぬきの…』やビックカメラのCMソングの元歌)
  • 姑娘可愛いや(岸井明とのデュエット)
  • 黒髪そえて
  • 森の音楽
  • 守れよ満州
  • 月の浜辺で
ほか

アルバム[編集]

  • スター☆デラックス 平井英子(2014年[5]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 長田暁二 『童謡歌手からみた日本童謡史』 大月書店、1994年11月1日、41頁。ISBN 4-272-61066-X
  2. ^ a b c 長田暁二 『童謡歌手からみた日本童謡史』 大月書店、1994年11月1日、44頁。ISBN 4-272-61066-X
  3. ^ 長田暁二 『童謡歌手からみた日本童謡史』 大月書店、1994年11月1日、42頁。ISBN 4-272-61066-X
  4. ^ 『幻の童謡歌手 CD化』読売新聞東京版夕刊 2014年10月21日付 12面
  5. ^ 平井 英子 ビクターエンタテインメント

関連項目[編集]