常陽山正治(じょうようざんまさじ、1903年1月25日-1972年1月25日)は、出羽海部屋に所属した力士。引退後は9代稲川を襲名し、後進の指導につとめた。本名は楡井正次。身長174cm、体重88kg。新潟県中頸城郡妙高村(現妙高市)出身。最高位は東十両筆頭。
1919年1月初土俵、1932年2月十両昇進。東筆頭まで躍進するが入幕はならず、1938年5月に引退し9代稲川を襲名した。1968年1月定年退職。なお、生没同日である。
黒姫山→常陽山 [1]