常陽

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Crystal energy.svg 高速実験炉常陽
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常陽
常陽の原子炉建屋
現況 休止中(2021年3月12日現在)
種類 高速増殖炉(実験炉)
電気事業者 日本原子力研究開発機構
所在地 日本の旗 日本
茨城県東茨城郡大洗町成田町4002
北緯36度16分5秒 東経140度33分14秒 / 北緯36.26806度 東経140.55389度 / 36.26806; 140.55389座標: 北緯36度16分5秒 東経140度33分14秒 / 北緯36.26806度 東経140.55389度 / 36.26806; 140.55389
公式サイト 高速実験炉「常陽」
1号機
熱出力 7.5万 kW
燃料 MOX燃料
着工 1971年1月10日
備考 休止中
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常陽(じょうよう)は、茨城県東茨城郡大洗町にある、日本原子力研究開発機構(JAEA)が保有する高速増殖炉実験炉である。2007年に炉内の実験装置が破損し、稼働を停止している[1]


概要[編集]

上空から見た常陽

常陽は日本で最初の高速増殖炉であり、高速増殖炉開発のために必要な技術・データおよび経験を得るための基礎研究、基盤研究を目的として建設された実験炉である。目標は自主技術で新型炉を開発することに貢献することであり、日本の国産技術である新型転換炉(ATR)と並列して計画が進んでいた。

常陽ではそのほか燃料・材料等の照射実験なども行われており、民間への施設の提供も行っている。

応用[編集]

ここで得られた技術・データは、次の段階となる原型炉であるもんじゅの建設につながった。

高速増殖炉の実験の最終段階である実用炉の開発は2050年頃とされていたが、開発計画は事故などにより何度も遅延され、2017年にもんじゅの廃炉が正式決定したことで完全に頓挫した。

名称の由来[編集]

常陽の名称の由来である「常陽」は、江戸時代の茨城県東部に立地した常陸国の中国風の呼称であり[2]、公式サイトによれば「高速実験炉「常陽」の設置場所大洗は、太平洋に面した明るく雄大な地形にあり、まさに「常陽」の名にふさわしい所です。」とある。

実験炉「常陽」の名称は、新型動力炉「もんじゅ」「ふげん」とともに、動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の副理事長・清成迪(きよなりすすむ)が発案した[3]ものであるが、当時の動燃の広報室長の回顧[4]によれば、仏教学会の首脳から当初は「法蔵」(阿弥陀如来菩薩名)が提案されていたとの裏話がある。サイトの地名を重んじる意向から「常陽」に変更になった。

現況[編集]

ナトリウム循環を除き、休止中である。

2007年にMARICO-2と呼ばれる照射試験用実験装置の上部が大きく破損する事故が発生したため、炉の運転休止を余儀なくされている[5](2014年11月28日復旧完了)。

この間、東日本大震災(2011年)に伴う福島第一原子力発電所事故が起き、原子力分野の安全規制・審査や世論が厳しくなった。JAEAは、避難計画の策定範囲が周辺30キロメートルから5キロメートルに縮小できる熱出力10万キロワット(kw)以下に抑えての再稼働をめざしたが、原子力規制委員会は地元との関係を軽視するような姿勢を問題視。熱出力限界を10万キロワットに制限するよう改造したが、耐震性を高める地盤改良工事も必要となり、安全対策費は170億円に達している[1]

炉心[編集]

常陽はこれまで利用目的に応じて炉心の構成を変更する改造工事を受けており、それぞれMk-I、Mk-II、Mk-IIIと呼ばれている。 現在はMk-III炉心であり、高速中性子を利用した材料試験などに利用されている。

番号 形式 炉心設計 電気出力 熱出力 運転開始 運転終了
Mark-I(MK-I) FBR 増殖炉心[6] 設備なし 7.5万kW 1977年4月 1978年1月
Mark-II(MK-II) FR 照射用炉心[6] 10万kW 1982年11月 1997年9月
Mark-III(MK-III) 同上 高性能照射用炉心 14万kW 2003年7月

規格[編集]

  • 形式:ナトリウム冷却型高速増殖炉
  • 熱出力:14万kW (140Mw) - MK-I炉心5万kW / 7.5万kW(性能試験時 / 運転時)、MK-II炉心10万kW[7]、MK-III炉心14万kW
  • 炉心温度:435℃(MK-I)、500℃(MK-II、MK-III)[7][8]
  • 原子炉格納容器:内径28m、高さ54.3m、厚さ12 - 27mm、炭素鋼製。完全気密構造。
  • 原子炉容器:内径3.6m、高さ10m、厚さ25mmのステンレス製。
  • 冷却器:主冷却機建物に主空気冷却器が4台。
  • 発電設備:設置されていない。
  • 製造メーカー:日立製作所東芝三菱重工業富士電機

歴史[編集]

  • 1960年昭和35年):設計開始。
  • 1970年(昭和45年)2月12日:原子炉の設置許可。
  • 1971年(昭和46年)1月10日:原子炉格納容器建設開始。
  • 1977年(昭和52年)
    • 4月24日:MK-I炉心が初臨界を達成[9]。高速増殖炉による臨界はこれが日本では最初、世界では5番目であった(出力5万kW)。
    • 6月6日:高速増殖炉常陽臨界記念切手が一種(50円)発行。
  • 1978年(昭和53年)7月:MK-I炉心にて通常出力(7.5万kW)による運転を開始。
  • 1982年(昭和57年)
    • 01月10日:MK-I炉心の運転を終了[6]
    • 11月22日:MK-II炉心で初臨界を達成[6]
  • 1997年平成9年)9月12日:50000時間を超える運転の後に、MK-II炉心の運転を終了[10]
  • 2003年(平成15年)7月2日:MK-III炉心で初臨界達成。
  • 2007年(平成19年)6月11日:炉心で燃料棒の交換装置と計測線付実験装置(MARICO-2)が衝突する事故が発生[11]。燃料交換機能の一部に障害が発生しているが復旧作業を行って2016年度の運転再開を目指している[12][13]
  • 2010年(平成22年)1月22日:原子炉付属建屋内で、ぼやが起きたと日本原子力研究開発機構が発表した。外部への影響や作業員の放射線被曝はなかった。
  • 2014年(平成26年)11月28日:燃料交換機能の復旧作業(MARICO-2試料部の回収及びUCSの交換)が終了[14]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 【検証】高速炉「常陽」遠い再稼働「早くても24年度」に先送り/停止13年 膨らむ安全対策費/実用化 経済性の壁も毎日新聞』朝刊2021年1月14日(2021年3月12日閲覧)
  2. ^ 「常陽」の名前の由来を教えてください。”. 高速実験炉「常陽」. 日本原子力研究開発機構. 2013年11月18日閲覧。
  3. ^ “原子力と仏教 文殊普賢と命名”. 仏教タイムス: p. 1. (1970年6月6日) 
  4. ^ 原子力eye』2005年5月号、日刊工業新聞社、2005年。
  5. ^ 小林圭二. “高速増殖実験炉「常陽」の事故とその重大性 (PDF)”. ストップ・ザ・もんじゅ. 2013年11月18日閲覧。
  6. ^ a b c d 大川内靖 et al. 2003, p. 2.
  7. ^ a b 大川内靖 et al. 2003, p. 11.
  8. ^ 中井良大 (2010年). “Safety related Experimental & Operational Experiences in Japan (PDF)” (英語). 国際原子力機関. 2013年11月18日閲覧。
  9. ^ 大川内靖 et al. 2003, p. 5.
  10. ^ 大川内靖 et al. 2003, p. 9.
  11. ^ “高速実験炉「常陽」における計測線付実験装置との干渉による回転プラグ燃料交換機能の一部阻害に係る原子炉内観察について” (プレスリリース), 日本原子力研究開発機構, (2008年9月1日), http://www.jaea.go.jp/04/o-arai/joyo/press/press-08-09-01/index2.html 
  12. ^ 部長挨拶”. 常陽について. 日本原子力研究開発機構. 2013年11月18日閲覧。
  13. ^ 「常陽」利用検討委員会 (2009年4月). “(独)日本原子力研究開発機構の高速実験炉「常陽」の役割と今後の必要性に関する検討報告書 (PDF)”. 日本原子力研究開発機構. 2013年11月18日閲覧。[要ページ番号]
  14. ^ “高速実験炉「常陽」燃料交換機能の復旧作業(MARICO-2試料部の回収及びUCSの交換)の終了について” (プレスリリース), 日本原子力研究開発機構, (2014年11月28日), http://www.jaea.go.jp/02/press2014/p14112802/index.html 

参考文献・サイト[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]