帷子耀

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帷子耀(かたびら あき、本名:大久保正博、1954年[1] - )は日本詩人山梨県甲府市出身。山梨大学教育人間科学部附属中学校山梨県立甲府第一高等学校卒業。

1968年にわずか13歳(執筆時。掲載号の発売時は14歳)[2]現代詩手帖に初掲載を飾り、同誌1970年1月号にて、第10回現代詩手帖賞寺山修司の強い推薦もあり受賞した。1969年ごろから金石稔主催の同人誌「騒騒」などで活動を行い、1973年には映画評などの分野でも活動したが1974年を最後に活動はばったりと無くなっている。

現代詩手帖2001年7月号には四方田犬彦の「帷子耀覚書」が掲載され、在日韓国人の父親の後を継ぎパチンコチェーン店大丸商事社長になっていることが掲載された。また同誌2012年6月号の特集「現代詩手帖賞の詩人たち」にはインタビュー、大久保正博(帷子耀)「まがいものとして」が掲載された。

著作[編集]

  • 『スタジアムのために』 書肆山田、1973年8月
  • 『帷子耀習作集成』 思潮社、2018年10月

脚注[編集]

  1. ^ 『宣言 戦無派100人の思想と行動』(田原総一朗 編、社会思想社、1972年)、p.6、写真・略歴。
  2. ^ 「現代詩手帖」1968年4月号(思潮社)、p.122, p.125、「今月の新人作品」選評。