布上正之
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| 選手情報 | ||||||||||||
| ラテン文字 | Masayuki Nunogami | |||||||||||
| 国籍 |
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| 競技 | 陸上競技 | |||||||||||
| 種目 | 長距離走 | |||||||||||
| 大学 | 中央大学 | |||||||||||
| 生年月日 | 1934年3月24日 | |||||||||||
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| 没年月日 | 2023年6月25日(89歳没) | |||||||||||
| 引退 | 1962年 | |||||||||||
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布上 正之(ぬのがみ まさゆき、1934年3月24日[1] - 2023年6月25日)は、日本の元陸上競技選手、指導者。熊本県山鹿市出身。中央大学卒業。
経歴
[編集]大学時代
[編集]2年時の第30回箱根駅伝では9区を走る。2位の早稲田大学とは13秒差と首位で襷を受け、少しずつ差を離していたが、中継所から約300mにある戸塚踏切の警報器が鳴り始め、布上が通る直前に遮断機が降り始める。すると、遮断機をくぐるのにロスタイムがあってはいけないと、ムキになって駆け抜けた。しかし、このペースアップの影響で後半に失速し、早稲田大学に抜かれ、2位に後退。10区でも日本大学に抜かれて順位を一つ落とし、中央大学は総合優勝を逃した[2][3]。この失敗が布上の選手、そして指導者としての原点になっているという[4]。
3年時の第31回箱根駅伝では7区を走り、昨年をリベンジを果たす区間賞を獲得。2年ぶりの総合優勝に貢献した[5][6][7]。
4年時の第32回箱根駅伝では10区に出走。大会記録ペースの首位で襷を受けたが、前半のオーバーペースが祟り、八ツ山橋を過ぎたあたりからやや失速し始める。それでも大量のリードに守られ、2年連続の総合優勝のテープを切った[8][9]。
大学卒業後
[編集]リッカーミシンに入社した。入社1年目の1956年に行われた第40回日本選手権では、3000m障害で9連覇中だった高橋進を抑えて初優勝[10]。同年、9分04秒2の日本記録を樹立した。また、1957年には10000mで、村社講平の持つ日本記録を21年ぶりに更新する30分22秒0の日本新記録を樹立した。
全日本実業団駅伝には4度出場。第2回大会と第5回大会では区間賞を獲得し、優勝に貢献した。
1962年に現役を引退し、1965年から1975年までリッカーミシンの監督を務めた。1989年からは丸井今井、1992年からはホクレンの監督を務め、2000年からはホクレンの総監督に就任し、2003年に退任した[11]。
2023年6月25日、骨髄異形成症候群のため満89歳で死去[12]。
戦績・記録
[編集]箱根駅伝戦績
[編集]| 年 | 大会 | 区間 | 距離 | 区間順位 | 記録 | 総合順位 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1954年 | 第30回箱根駅伝 | 9区 | 不明 | 区間4位 | 1時間11分37秒 | 3位 |
| 1955年 | 第31回箱根駅伝 | 7区 | 21.0km | 区間賞 | 1時間08分29秒 | 優勝 |
| 1956年 | 第32回箱根駅伝 | 10区 | 22.3km | 区間4位 | 1時間15分49秒 | 優勝 |
実業団駅伝戦績
[編集]| 年 | 大会 | 区間 | 距離 | 区間順位 | 記録 | 総合順位 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1958年 | 第2回全日本実業団駅伝 | 2区 | 15.65km | 区間賞 | 48分43秒 | 優勝 | 区間新記録 |
| 1960年 | 第5回全日本実業団駅伝 | 4区 | 10.0km | 区間賞 | 31分55秒 | 優勝 | 区間新記録 |
| 1961年 | 第6回全日本実業団駅伝 | 7区 | 8.05km | 区間3位 | 25分41秒 | 2位 | |
| 1962年 | 第7回全日本実業団駅伝 | 7区 | 8.05km | 区間6位 | 25分35秒 | 11位 |
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ “陸上男子長距離の元日本記録保持者・布上正之さん89歳で死去…北海道陸上界に多大な功績残す”. スポーツ報知 (2023年6月29日). 2025年9月4日閲覧。
- ^ “【第30回箱根駅伝】早稲田大、2年ぶりV…アンカー大ブレーキでも執念のゴール”. 讀賣新聞オンライン (2023年9月13日). 2025年9月4日閲覧。
- ^ “早大が9度目V/写真で見る第30回箱根駅伝”. 日刊スポーツ (2018年10月23日). 2025年9月4日閲覧。
- ^ 箱根駅伝「今昔物語」(2023) p.86-87.
- ^ “【Playback箱根駅伝】第31回/人気増で1月2、3日開催に変更 中大が2年ぶりV奪還、東京学芸大が初出場”. 月陸Online (2023年12月13日). 2025年9月4日閲覧。
- ^ “【第31回箱根駅伝】中央大、日本大との競り合い制し6度目V…1月2、3日開催に変更”. 讀賣新聞オンラインで (2023年9月12日). 2025年9月4日閲覧。
- ^ “中大が6度目V/写真で見る第31回箱根駅伝”. スポーツ報知 (2018年10月23日). 2025年9月4日閲覧。
- ^ “【Playback箱根駅伝】第32回/中大が連覇で7回目の総合V 志望校21で前年に初めて正式に予選会が開催”. 月陸Online (2023年12月13日). 2025年9月4日閲覧。
- ^ “中大が7度目V/写真で見る第32回箱根駅伝”. 日刊スポーツ (2018年10月25日). 2025年9月4日閲覧。
- ^ “過去の優勝者・記録 男子3000m障害”. 日本陸上競技選手権大会. 日本陸上競技連盟. 2025年9月4日閲覧。
- ^ “ホクレン女子陸上競技部元監督 布上正之様の訃報について”. ホクレン農業協同組合連合会 (2023年6月30日). 2025年9月4日閲覧。
- ^ “男子10000m、3000m障害の元日本記録保持者・布上正之氏が死去 中大、リッカーで活躍”. 月陸Online (2023年6月28日). 2025年9月4日閲覧。