市野谷 (流山市)

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市野谷
市野谷
市野谷
市野谷の位置(千葉県内)
市野谷
市野谷
市野谷の位置
北緯35度52分6.97秒 東経139度55分18.67秒 / 北緯35.8686028度 東経139.9218528度 / 35.8686028; 139.9218528
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Chiba Prefecture.svg 千葉県
市町村 Flag of Nagareyama, Chiba.svg 流山市
人口
2017年(平成29年)11月1日現在)[1]
 • 合計 6,229人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
270-0137[2]
市外局番 04[3]
ナンバープレート 野田
市野谷(2)
市野谷(3)

市野谷(いちのや/Ichinoya)は、千葉県流山市にある地名。郵便番号は270-0137[2]

地理[編集]

流山市の中部に位置する。地域の北部は流山おおたかの森駅前に立地し、流山市の新拠点として都市再生機構により「流山都市計画事業新市街地地区一体型特定土地区画整理事業」が行われている。また、地域の南部は「流山都市計画事業運動公園地区一体型特定土地区画整理事業」の施行区域となっている。

地域内には市野谷の森、流山おおたかの森駅南口公園千葉銀行流山おおたかの森支店、 京葉銀行流山おおたかの森支店がある。

東は柏市豊四季、西は三輪野山、南は野々下後平井、北は西初石と接している。

沿革[編集]

  • 1869年明治2年) 葛飾県葛飾郡市野谷村となる。
  • 1871年(明治4年) 廃藩置県により印旛県葛飾郡市野谷村となる。
  • 1873年(明治6年) 県の統合及び、郡の分割により千葉県東葛飾郡市野谷村となる。
  • 1889年(明治22年) 東葛飾郡思井村、芝崎村、前平井村、後平井村、古間木村、長崎村、中村、名都借村、野々下村、前ケ崎村、向小金新田、大畔新田、駒木村、十太夫新田、駒木新田、青田新田、初石新田と合併し、東葛飾郡八木村大字市野谷となる。
  • 1951年昭和26年)4月1日 流山町、新川村と合併し、東葛飾郡江戸川町大字市野谷となる。
  • 1952年(昭和27年)1月1日 江戸川町が流山町に改称。東葛飾郡流山町大字市野谷となる。
  • 1967年(昭和42年)1月1日 市制施行により、流山市大字市野谷となる。

小字[編集]

市野谷には15の小字が存在する。ここでは北から順に列挙する。

  • 芋久保
  • 宮尻
  • 入台
  • 牛飼沢
  • 後山
  • 牛飼
  • 二反田
  • 立野
  • 宮後
  • 三島
  • 向山
  • 下屋敷
  • 中島
  • 梶内
  • 地蔵谷ツ

消滅した小字

  • 大久保(昭和期に西初石六丁目に編入)

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)11月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字 世帯数 人口
市野谷 2,402世帯 6,229人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4][5]

番地 小学校 中学校
1番地の1〜3
2番地
3番地の1・4・5
4番地の1・4・5
5番地の1〜3
6番地の1・3・4
7番地の1
8〜9番地
10番地の1
流山市立八木南小学校 流山市立八木中学校
その他 流山市立おおたかの森小学校 流山市立おおたかの森中学校

施設[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 町丁字別・男女別人口(世帯数含む) 【各月1日】”. 流山市 (2017年11月2日). 2017年11月28日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月28日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月28日閲覧。
  4. ^ 流山市立小学校通学区域 地番別”. 流山市 (2017年9月15日). 2017年11月28日閲覧。
  5. ^ 流山市立中学校通学区域 地番別”. 流山市 (2017年9月15日). 2017年11月28日閲覧。