工藤美代子

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くどう みよこ
工藤 美代子
生誕 (1950-03-27) 1950年3月27日(68歳)
東京都
国籍 日本の旗 日本
別名 加藤美代子(本名)
出身校 カレル大学中退
職業 ノンフィクション作家
配偶者 加藤康男 (編集者)

工藤 美代子(くどう みよこ、1950年3月27日[1] - )は、日本ノンフィクション作家。本名は加藤 美代子(かとう みよこ)[1]

略歴・人物[編集]

東京都出身[1]。父はベースボール・マガジン社および恒文社を創設した池田恒雄[1]。母の実家は両国の工藤写真館[2]。両親が離婚したため工藤姓を名乗る[2]

大妻女子高校卒業[3]後、父の意向でチェコプラハカレル大学に入学するが中退[4][3]。1973年、カナダバンクーバーに移住[1]。その間、友人のスーザン・フィリップスと協力して田村俊子の伝記を執筆、『晩香坡の愛 - 田村俊子と鈴木悦』として上梓(ドメス出版、1982)。以後、ノンフィクション作家として活動するようになる。また、日本文学研究者の鶴田欣也を追ってバンクーバーに渡り、鶴田と結婚するが[4]、のち、離婚[5]

1991年、『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞受賞[6]。1993年、元集英社出版部長の加藤康男(元恒文社専務取締役、現ノンフィクション作家)と結婚[7]

著作[編集]

単著[編集]

共編著[編集]

  • 『晩香坡の愛 田村俊子と鈴木悦』スーザン・フィリップス共著 ドメス出版 1982年
  • 『とはいえ、熟年離婚に物申す』ねじめ正一、メディア・パル 2008年
  • 『皇族の「公」と「私」 思い出の人、思い出の時』寛仁親王との対話、PHP研究所、2009年
  • 『くじけてなるものか 笹川良一が現代に放つ警句80』幻冬舎、2011年、のち文庫 

翻訳[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e デジタル版 日本人名大辞典+Plus『工藤美代子』 - コトバンク
  2. ^ a b 『工藤写真館の昭和』
  3. ^ a b 工藤美代子 | 2013年度グローバルリーダー育成塾 日本青年会議所
  4. ^ a b 『女が複眼になるとき』
  5. ^ 小谷野敦「鶴田欣也先生のこと」『リアリズムの擁護』新曜社
  6. ^ 講談社ノンフィクション賞”. 講談社. 2017年11月18日閲覧。
  7. ^ 『工藤写真館の昭和』講談社文庫版解説(大倉舜二)