川田景盛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

川田 景盛(かわだ かげもり、天文13年(1544年) - 永禄4年7月7日1561年8月17日))は戦国時代讃岐国武将。香川郡安原音川城主、川田景次の長子。通称、小太郎。

永禄4年(1561年)7月7日、天霧城下葛原堀江の戦いに参戦し討死。その後、弟の亀鶴は豊後戸次川の戦いにおいて討死したため、讃岐川田氏宗家の直系は断絶し、分家の景満が跡を継ぐこととなった。

関連書籍[編集]

  • 『塩江町史』

関連事項[編集]