川崎徹

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川崎 徹(かわさき とおる、1948年1月2日 - )は、日本CMディレクター東京都生まれ。

妻は元フジテレビアナウンサーでプロデューサーの桜井郁子[1]

経歴[編集]

早稲田中学校・高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。電通映画社に入社し、1971年からCMディレクターとして活躍。1977年キンチョールの「トンデレラ、シンデレラ」や1980年以降のキンチョール「ハエハエカカカ キンチョール」や富士フイルムCMでの「それなりに」、サントリービール「生樽」CMの「いかにも一般大衆が喜びそうな」など、数々の流行語を生み出すヒットCMを生み出す[2][3]1980年代には糸井重里仲畑貴志らと並んで、コピーライターなど広告クリエイターが脚光をあびる広告ブームの立役者の1人となる[4]

1985年開始の『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』にレギュラー出演するなど、タレントとしてもお茶の間の人気を得る一方で、小説家や舞台の演出家としても活躍、マルチタレントぶりを発揮している。糸井と共にネコ好き、読売ジャイアンツファンでも知られ、初期『ニュースステーション』の企画コーナー「ジャイアンツエイド」には糸井、黒鉄ヒロシとともに出演していた。

ナレーションに対する注文が多いことでも有名。例えば、化粧品KOSEのCMでコーセーをコオセーと発音していたナレーターに、何度もだめ出しをしていた。

小説も書き、『猫の水につかるカエル』は第32回野間文芸新人賞候補に挙がった。

CM[編集]

など多数。

スバル・ジャスティのCMにおいて、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』作中の演出に近似した演出を用い、盗用疑惑をかけられ[5]一時期謹慎を余儀なくされている[要出典]

主な受賞歴[編集]

  • 1977年:ナショナル・トランザム(ポータブルテレビ)「高見山」でACC全日本CM大賞グランプリ
  • 1980年:富士フイルム・フジカラープリント「お名前」でACC全日本CM大賞グランプリ。

著作[編集]

  • 『川崎徹は万病に効くか?』冬樹社、1983年 のち新潮文庫 
  • たんぽぽは笑った 新小説集 文芸春秋 1984.9
  • カエルの宿 文芸春秋 1986.7
  • 『空飛ぶホソカワさん』角川文庫、1989年
  • 地下鉄に乗ってキリンを見に行ったトイレ TOTO出版 1990.9
  • 『1/8のために』新潮社、1991年
  • だから、広済堂出版 1992.4
  • 川崎徹の無意味講座 マドラ出版 1993.2
  • 絵本『パパといっしょに』マドラ出版、1997年
  • 『0(ゼロ)』集英社、1998年
  • 『ヌケガラ』マガジンハウス、2000年
  • 『彼女は長い間猫に話しかけた』マドラ出版、2005年
  • 石を置き、花を添える 講談社 2008.8
  • 猫の水につかるカエル 講談社 2009.10
  • 会話のつづき 講談社、2011 
  • 『最後に誉めるもの』講談社、2012.8

レコード[編集]

天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の番組企画による、ムード歌謡歌手・高田暢彦とのデュエット曲。作詞は同番組の総合演出・伊藤輝夫(テリー伊藤)、作曲は中村泰士

テレビ出演[編集]

関連書籍[編集]

  • 『広告批評の別冊2 川崎徹全仕事』マドラ出版、1983年

出典[編集]

  1. ^ 小中陽太郎『TVニュース戦争 これがキャスターだ!!』東京新聞出版局、1988年、p.216
  2. ^ 難波功士「コマーシャルの転回点としての70年代」『テレビだョ!全員集合 自作自演の1970年代』長谷正人、太田省一編著、青弓社、2007年、p.150
  3. ^ 木村傳兵衛、谷川由布子他『新語・流行語大全 1945→2005 ことばの戦後史』自由国民社、2005年、p.199
  4. ^ 宝泉薫、ファッシネイション編『歌謡曲という快楽 雑誌『よい子の歌謡曲』とその時代』彩流社、2002年、p.105
  5. ^ 森卓也『アラウンド・ザ・ムービー』平凡社、1989年、p.13

関連[編集]