島田茂

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島田 茂
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 徳島県板野郡松茂町
生年月日 (1962-08-20) 1962年8月20日(55歳)
身長
体重
180 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手三塁手一塁手指名打者
プロ入り 1988年 ドラフト外
初出場 1989年4月12日
最終出場 1994年10月10日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

島田 茂(しまだ しげる、1962年8月20日 - )は、徳島県出身の元プロ野球選手内野手外野手)。右投右打。

来歴・人物[編集]

鳴門高時代は投手としてプレーし、1980年秦真司とバッテリーを組み、春夏と連続で甲子園に出場。春の選抜では、1回戦で[[滝川中学校・高等学校|滝川]高]の石本貴昭と投げ合い1-0で敗退。夏の甲子園では、3回戦に進出するが優勝した横浜高のエース愛甲猛に1-0で完封される。

高校卒業後は、チームメイトであった秦とともに法政大学に進学し野球部に入部。大学時代に野手に転向し、東京六大学リーグでは4度の優勝を経験、一塁手としてベストナインに2回選出される。 全日本大学野球選手権大会でも、1982年1984年に優勝している。1984年には第13回日米大学野球選手権日本代表に選出される。

大学卒業後は、社会人野球日産自動車に入社。都市対抗野球大会に通算3度出場(1987年三菱自動車川崎の補強選手)。1985年都市対抗野球では2試合連続本塁打を放ち、チームの準々決勝進出に貢献した。

1988年オフ、ドラフト外ロッテオリオンズに入団。

1年目の1989年から、代打、代走、守備と主に途中出場で42試合に出場。1992年~1994年は準レギュラーとして、スタメン出場の機会が増えた。1995年は一軍出場がなく、同年オフに戦力外通告を受け現役を引退した。

引退後は故郷の徳島県に戻り、2014年3月現在は小松島の新聞販売店の所長を勤めている。

エピソード[編集]

社会人時代は、川崎球場のすぐ近くのマンションに住んでおり、1988年10月19日のロッテ対近鉄のダブルヘッダー(10.19)をマンションの屋上から観戦していたとされていたが、実際はロッテにドラフト外で入団することが内定していたため、すでに日産野球部を退部しており、ロッテ入団に備えて川崎球場に近いという理由で入居していた。しかも部屋は3階であったためグラウンドは見えず、実際はテレビ中継で「ちょろっと観ただけです。」と2014年の雑誌インタビュー[1]にて回顧している。そのため、ロッテ時代は応援コールで「自宅を狙えシ・マ・ダ・!」と呼ばれることもあった。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1989 ロッテ 42 56 54 3 12 4 0 0 16 1 0 0 0 0 2 0 0 9 5 .222 .250 .296 .546
1990 55 110 97 10 21 3 1 3 35 11 1 1 1 0 11 0 1 14 3 .216 .303 .361 .664
1991 35 71 64 6 19 5 0 3 33 12 1 1 1 1 5 0 0 8 0 .297 .343 .516 .858
1992 44 142 124 10 30 5 1 3 46 14 0 0 0 1 16 1 1 25 2 .242 .331 .371 .702
1993 90 275 248 24 67 12 0 8 103 31 0 2 1 2 22 0 2 31 5 .270 .332 .415 .747
1994 73 208 184 11 45 6 0 4 63 15 0 0 2 2 20 0 0 25 7 .245 .316 .342 .658
通算:6年 339 862 771 64 194 35 2 21 296 84 2 4 5 6 76 1 4 112 22 .252 .320 .384 .704

記録[編集]

背番号[編集]

  • 44 (1989年 - 1995年)

脚注[編集]

  1. ^ スコラマガジン刊 スコラムック「僕たちが愛したプロ野球80年代パ・リーグ」144-149ページ 2014年3月29日刊

関連項目[編集]