島津忠済

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
島津忠済

島津 忠済(しまづ ただなり、安政2年3月9日1855年4月25日) - 大正4年(1915年8月19日)は、明治時代華族島津久光の七男。島津忠承は長男。小松輝久は娘婿。小松揮世久は曾孫。

略歴[編集]

明治21年(1888年1月25日、父の死去に伴い玉里家家督を相続し、公爵を継承。

宮内省宗秩寮審議官貴族院議員麝香間祗候などを務めた。

栄典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第7272号「叙任及辞令」1907年9月23日。
  2. ^ 『官報』第917号「叙任及辞令」1915年8月21日。


日本の爵位
先代:
島津久光
公爵
(玉里)島津家第2代
1888年 - 1915年
次代:
島津忠承