島唄 (THE BOOM)
| 「島唄」 | |
|---|---|
| THE BOOM の シングル | |
| 初出アルバム『思春期』 | |
| リリース | |
| 規格 | シングル |
| ジャンル | ロック |
| 作詞・作曲 | 宮沢和史 |
『島唄』(しまうた)は、日本のロックバンド・THE BOOMの楽曲である。作詞・作曲は宮沢和史。1992年1月に発表された4番目のアルバム『思春期』に収録されていた曲で、1992年12月に9番目のシングルとしてウチナーグチヴァージョン、1993年6月に11番目のシングルとしてオリジナルヴァージョンが発売された。
歌詞は沖縄戦での悲劇を描き、平和への希望を込めた曲となっている。一節を除き琉球音階で構成されている。
THE BOOMは『島唄』で紅白歌合戦に出場し、オリコンランキングではオリジナルヴァージョンで4位を獲得、レコード大賞のベストソング賞も獲得した。また、多くの国で流行し、アルゼンチンでは日韓ワールドカップでアルゼンチン代表チームの応援曲にも起用された。
なお、『島唄』には複数のバージョンがあるが、本項では全体的な内容を扱う。個別のバージョンについては#バージョンから各自参照のこと。
背景
[編集]宮沢は1991年に沖縄県の「ひめゆり平和祈念資料館」を初めて訪れ、ひめゆり学徒隊に入っていたという老婆に出会い、想像を絶する沖縄の戦争時の悲劇を聞いたのが制作のきっかけだったという。資料館はガマ(自然洞窟)の中にあるような造りであり、老婆は洞窟での集団自決のことや、捕虜になることを恐れた肉親同士が互いに殺し合うことなどを語ったという[1]。
宮沢はひめゆり平和記念資料館から外へ出たところ、そこにはウージ(サトウキビ)が静かに揺れていたという。この対比を曲にし、その老婆に聞いてもらいたいと思ったのが制作のきっかけである[2]。
宮沢は、ここでの出来事について 「沖縄戦に無知だった自分が恥ずかしかった。学徒らがどうして集団自決を選ぶことになったのか、怒りがこみ上げて仕方がなかった」と朝日新聞の記事で語っている[3]。
歌詞の内容はひめゆり平和記念館で聴いた、ウージの森を走り回っていた幼なじみの男女が、地下のガマで互いに殺し合ったという話をモデルとしている[1]。
歌詞
[編集]島唄の歌詞は表面上は男女の別れを歌ったラブソングであるが、実際は沖縄戦での悲劇と平和への希望が唄われている[4][5][6][7]。これは、当時宮沢には「戦争のことをそのまま歌っても聴いてくれないだろう」との考えがあったためである[6]。
歌詞は読谷村に米軍の艦船が押し寄せ艦砲射撃の「嵐」が降り注ぐ光景から始まり、「ウージの森(サトウキビ畑)」で出会った幼馴染の男女が、「ウージの下(サトウキビ畑の下にあり、地下壕として使われたガマと呼ばれる洞窟)」で永遠の別れ(自決)をする。そして「二度と戦争が起きることなく、この島に永遠の平和が来るように」との願いを夕凪に例えて歌は締めくくられる[6][8][9]。
基本、レとラを用いない琉球音階で構成されているが、サビ前の「地下壕で自決した」との意味が込められた部分だけが西洋音階となっている。この理由について宮沢はこう語っている[10]。
サトウキビ畑で走りまわって遊んだ幼馴染であり恋人同士なのに、なんでサトウキビ畑の下で、「千代にさよなら」永遠にさよならしなければいけないのか。そこに琉球音階をつけるというのはあり得ないなと思いましてね。そこは西洋音階にして、ドレミファソラシドにして。そこは一旦三線を弾かないようにして— 宮沢和史
琉球音階を使えなかった、三線(さんしん)は弾けなかったという方が正確です。「日本」が彼や彼女を死に追いやったと知ったからです。— 宮沢和史
経緯
[編集]THE BOOMは1992年1月22日発売のアルバム「思春期」で三線や琉球音階など沖縄音楽の要素を取り入れた「島唄」を発表した[11]。
同年12月12日には沖縄の方言(ウチナーグチ)で歌われた「島唄(ウチナーグチ・ヴァージョン)」を沖縄県限定でリリース、瑞穂酒造の泡盛「琉球泡盛 Xi(クロッシー)」のテレビコマーシャルソングに起用された(沖縄県限定のCM)[12]。この結果、約一カ月で沖縄有線放送のリクエストチャート一位となった[12]。また、本土復帰二十周年やNHK大河ドラマ「琉球の風」などの沖縄ブームも追い風となり、本州でも人気となった[12]。
1993年6月21日「島唄(オリジナル・ヴァージョン)」が全国発売となり、150万枚以上を売り上げる大ヒットとなった[13][14]。
反響
[編集]1993年にTHE BOOMは『島唄』で、紅白歌合戦に出場した[15]。
また、アルゼンチンでアルフレッド・カセーロが日本語のままカバーした「SHIMAUTA」がカルデル音楽大賞を獲得し、サッカーの2002年日韓ワールドカップ・アルゼンチン代表チームの応援曲にも起用された[16][17][13]。アルゼンチンが起用するとそれに続き、ウルグアイ、パラグアイ、エクアドルでも応援ソングとして収録した[17]。
2002年、THE BOOMの『島唄』とアルフレッド・カセーロの『SHIMAUTA』を収録した「島唄 Shima Uta」が改めてリリースされ、10万枚を売り上げるリバイバル・ヒットとなった[18]。その年の紅白歌合戦にも「アルフレド・カセーロ&THE BOOM」名義で出場し、『島唄』を歌った[19]。
アルゼンチンだけではなく、チリ、メキシコでもカバーされた[16]。ロシアでは「ナイト・スナイパーズ」のディアナ・アルベニ、ポーランドではシンガーソングライター・トメック・マコビェツキや、ブラジル人歌手カチアもそれぞれの母国語でカバーした[16]。その他、北京語など十カ国以上の言葉で歌われているという[20]。また、宮沢はソロツアーで、バルカン半島最大というホール、ブルガリアの国立文化宮殿を満員にした[20]。
日本の高校野球では、地元・沖縄県勢が選抜高等学校野球大会または全国高等学校野球選手権大会出場時の応援歌の定番の一つとなっている[21]。
評価
[編集]販売当時は沖縄のミュージシャンから「沖縄の表面的なまねごとで歌を作るなんて許せない」という声も上がり[22]、宮沢自身も「本土出身者のぼくがこの歌を歌っていいのか」と悩んだことがあった[23]。しかし、喜納昌吉の「音楽では魂までコピーしたら許される」という言葉に背中を押されたという[22][23]。
沖縄の民謡歌手・知名定男は「あの「島唄」が出た時期は…ちょっとむかつきましたよね。“島唄”というのは民謡の総称でしょ。言ってみれば。」と語りつつ、「ところが『島唄』に込められた思いというのがね、だんだんわかっていく内に、ほだされていくみたいなね。なかなか沖縄の悲惨な歴史を歌にするって、なかなか難しいんですよね。それを彼は彼らしい言葉で “におい”を含ませた感じで表現しているところがね。」と語った[24]。
備瀬善勝は「三線は沖縄の人にとって魂だから、ただ楽器として扱われることに抵抗もあったはずだし、僕は歌詞に違和感もあった。でも、三線が全国でここまでポピュラーになったのは『島唄』のおかげですよ」と語っている[25]。
受賞やランキング
[編集]| ヴァージョン | 発売日 | 最高順位 | 登場回数 |
|---|---|---|---|
| 『島唄』(ウチナーグチヴァージョン) | 1992年12月12日 | 14位 | 28週 |
| 『島唄』(オリジナルヴァージョン) | 1993年6月21日 | 4位 | 29週 |
| 『島唄 Shima Uta』 | 2002年5月22日 | 10位 | 21週 |
THE BOOMの『島唄』と奄美・沖縄の「島唄」
[編集]発表当時は『島唄』という題名[24]や、本土の人間[30]やロックバンド[7]が三線や琉球音階を用いることに批判的な意見もあった。宮沢は「歌い続けていけば理解してもらえるだろう」と考えていたが、「沖縄の音楽界、民謡界の方々と楽しく付き合えるようになったと実感したのは、20年くらいたってから。」と語っている[31]。
『島唄』のヒットにより、三線が人気となった。しかし、三線の原料である琉球黒檀は枯渇しているという現状であった。このため、宮沢は2012年から琉球黒檀を植樹するプロジェクトを行なっている[32]。
バージョン
[編集]「島唄」のバージョンの詳細は以下を参照。
- 島唄(ウチナーグチ・ヴァージョン)
- 1992年12月12日発表の9枚目のシングル。沖縄方言により当初は沖縄限定発売で、その後全国発売。
- 島唄(オリジナル・ヴァージョン)
- 1993年6月21日発表の11枚目のシングル。THE BOOM最大のヒット作となる。アルバム「思春期」とは別ミックス。
- 島唄 2001
- 2001年10月5日発表の25枚目のシングル。全体的にアレンジされたセルフカバー。
- Shima-uta (acoustic) featuring IZZY
- 2002年6月19日発売のアルバム「OKINAWA〜ワタシノシマ〜」収録。島唄 2002は2001のリミックス。後者は英語ver.
- 島唄 Shima Uta
- 2002年5月22日発表の26枚目のシングル。オリジナル、ウチナーグチ、2001の他、アルフレッド・カセーロのカバーが収録。
- 島唄
- 2013年3月20日発表の34枚目のシングル。オリジナルバージョン発売から20周年を記念したセルフカバーバージョン。
- 島唄(シンフォニック・オーケストラver.)も収録されている。
- 島唄~琉奏~
- 2024年4月24日発売のアルバム「~35~」に収録。
カヴァーアーティスト
[編集]日本語
[編集]- 夏川りみ
- 2002年、アルバム『てぃだ 〜太陽・風ぬ想い〜』に収録[36]
- IZZY
- 2002年、アルバム『NEW DAWN〜虹色の夜明け〜』日本盤ボーナス・トラック及びTHE BOOMのアルバム『OKINAWA〜ワタシノシマ〜』収録曲として宮沢和史と共演し日本語で歌唱[37]。
- SOTTE BOSSE
- 2006年、アルバム『Essence of life』に収録[38]
- アンドリューW.K.
- 2008年、アルバム『一発勝負〜カヴァーズ』に収録[40]
- SISTER KAYA
- アルバム『たからもの』に収録[41]
- マリン
- 2010年、アルバム『SEA STORY COMPILATION ALBUM 2』に収録
- 城南海
- 2026年、配信限定アルバム『SUPER SEA STORY OKINAWA6 BEST 2026』に収録
その他の言語
[編集]英語
[編集]中国語
[編集]奏楽
[編集]- Violinist SHOGO
- 2022年、アルバム『てぃーだ』に収録[49]
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 1 2 3 2019年9月30日朝刊30頁『朝日新聞』「(「沖縄」を考える)島唄、三線弾けなかった一節 宮沢和史さん」
- ↑ 2005年8月25日朝刊10頁『朝日新聞』「(宮沢和史の旅する音楽:その1)たった一人のために」
- ↑ 2010年8月24日朝刊2頁『朝日新聞』「(ひと)宮沢和史さん 沖縄戦65年、ひめゆり学徒の遺志継ぎ「島唄」を歌う 」
- ↑ “「表向きはラブソング」宮沢和史さんが「島唄」の歌詞に込めた思いを語る 小学校で講演”. UTYテレビ山梨. テレビ山梨 (2026年1月20日). 2026年3月21日閲覧。
- ↑ “<ウージの下で さよなら>琉球音階では歌えぬ 沖縄の無念に寄り添ったヤマトンチュの「島唄」”. 東京新聞. 2022年3月21日. 2026年5月7日閲覧.
- 1 2 3 “島唄:秘めた意味 元ザ・ブームの宮沢和史さん、「ひめゆり」学徒へ恩 ラブソング、沖縄戦の自決歌う”. 毎日新聞. 2019年6月25日. 2019年9月19日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2021年1月26日閲覧.
- 1 2 “「沖縄が受けた傷と事実は誰かに伝えなきゃいけない…」宮沢和史が『島唄』を歌った日”. NEWS クランチ (2024年6月16日). 2026年5月7日閲覧。
- ↑ “「島唄」は、“表向きは幼馴染の男女の別れ”の歌。その一語一語の裏に込められた真実とは? 宮沢和史さんインタビュー”. ダ・ヴィンチWeb. 2022年8月1日. 2022年11月19日時点のオリジナルよりアーカイブ.
- ↑ 2023年3月7日朝刊31頁『読売新聞』「〔震災と歌い手たち〕(上)生きる喜び「島唄」に 宮沢和史さん57」
- ↑ “「魂までコピーしたら真似じゃない」THE BOOM 宮沢和史さん『島唄』に込めた思いと支えた言葉”. TBS NEWS DIG. 琉球放送 (2022年9月20日). 2026年3月21日閲覧。
- ↑ “20年目の島唄への思い 宮沢和史さん”. NHKニュース. 日本放送協会. 2013年4月26日. 2013年4月26日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2013年4月26日閲覧.
- 1 2 3 1993年11月9日朝刊25頁『朝日新聞』「泡盛のCM、ブームに火 人気の「島唄」(らいとあっぷ)」(西部)
- 1 2 “THE BOOMに『島唄』がアルゼンチンのチャート1位になった過去”. エキサイトニュース. 2017年4月28日. 2026年5月8日閲覧.
- ↑ 長田暁二『戦争が遺した歌 歌が明かす戦争の背景』全音楽譜出版社、2015年、776頁。ISBN 978-4-11-880232-9。
- ↑ “第44回NHK紅白歌合戦”. NHK紅白歌合戦ヒストリー. NHK. 2026年5月8日閲覧。
- 1 2 3 2005年4月23日夕刊5頁『朝日新聞』「「島唄」沖縄から世界へ 発表13年、11カ国以上でカバー 」
- 1 2 2002年5月21日夕刊19頁『読売新聞』「「島唄」日本語で歌いアルゼンチンで大ヒット 中南米の応援歌、日本に逆上陸へ」
- ↑ “THE BOOM「島唄 Shima Uta」”. P-Graph (2002年5月). 2026年5月7日閲覧。
- ↑ “紅白歌合戦曲順リスト 第53回”. NHK. NHK. 2026年5月8日閲覧。
- 1 2 2005年6月6日57頁『アエラ』「世界駆ける「島唄」の力 ヨーロッパでもカバーがヒット」
- ↑ “【センバツ】甲子園に響いた『島唄』沖縄・具志川商の応援と思いきや…「どっちの攻撃なんだ」と話題に”. 中日新聞. 中日新聞社. 2021年3月22日. 2026年5月8日閲覧.
- 1 2 2002年5月16日朝刊39頁『朝日新聞』「本土発「島唄」、風に乗り(沖縄とヤマト 30年の道のり:1) 」
- 1 2 2005年9月1日朝刊14頁『朝日新聞』「(宮沢和史の旅する音楽:その9)再び「島唄」のふるさとへ 」
- 1 2 “リリースから30年を迎えた名曲「島唄」に秘めた宮沢和史さんの葛藤と沖縄【OKINAWA SONG BOOK〜沖縄歌集〜『島唄・宮沢和史 編』】”. OTV 沖縄テレビ放送 (2022年9月8日). 2026年5月7日閲覧。
- ↑ 2013年5月10日33頁『アエラ』「時代も距離も歌が超える 「島唄」から20年後の沖縄の景色」
- ↑ “第35回レコード大賞”. 日本作曲家協会. 2026年5月8日閲覧。
- ↑ “島唄 Shima Uta”. オリコン. 2026年5月8日閲覧。
- ↑ “島唄(オリジナルヴァージョン)”. オリコン. 2026年5月8日閲覧。
- ↑ “島唄 ウチナーグチヴァージョン”. オリコン. 2026年5月8日閲覧。
- ↑ 2016年10月25日朝刊34頁『朝日新聞』「沖縄民謡に「音の教科書」 宮沢和史さんが唄者250人訪ね録音、CD寄贈へ 」
- ↑ “「島唄」が僕の人生を導いてくれた──宮沢和史(元THE BOOM)が語る沖縄と音楽(2ページ)”. Newsweek 日本語 (2022年6月25日). 2026年5月7日閲覧。
- ↑ “「島唄」が僕の人生を導いてくれた──宮沢和史(元THE BOOM)が語る沖縄と音楽(1ページ)”. Newsweek 日本語 (2022年6月25日). 2026年5月7日閲覧。
- ↑ 1993年10月29日夕刊9頁『読売新聞』「ロックバンド、ザ・ブームの「島唄」が大ヒット 素朴な民謡が沖縄人気に乗る」
- ↑ オリコンニュース, シングル あの海へ帰りたい 我如古より子 2025年11月9日閲覧。
- ↑ “YAMI BOLO - BROTHERS UNITE”. オリコン. 2026年5月7日閲覧。
- ↑ “てぃだ~太陽・風ぬ想い~”. オリコン. 2026年5月7日閲覧。
- ↑ 英美人歌手・IZZY、ブームの宮沢と「島唄」をデュエット、SANSPO.COM、2002年8月12日。(インターネットアーカイブのキャッシュ)
- ↑ “Essence of life”. オリコン. 2026年5月7日閲覧。
- ↑ “これが俺ですばい”. オリコン. 2026年5月7日閲覧。
- ↑ “一発勝負~カヴァーズ”. オリコン. 2026年5月7日閲覧。
- ↑ “SISTER KAYA - たからもの”. オリコン. 2026年5月7日閲覧。
- ↑ “日本盤のみのオーナストラックにTHE BOOMの島唄のカヴァー収録”. ワーナーミュージックジャパン (2010年9月2日). 2026年5月7日閲覧。
- ↑ avex (2013-6-18), May J./「島唄」(カヴァーAL「Summer Ballad Covers」より) 2025年11月9日閲覧。
- ↑ 上野綾乃 (2018-7-10), 島唄 南の四季 2025年11月9日閲覧。
- ↑ Megumi Mori (2020-4-28), 島唄 2025年11月9日閲覧。
- ↑ 島唄 Shima Uta (Acoustic)Featuring Izzy : THE BOOM 2025年11月9日閲覧。
- ↑ UNIVERSAL MUSIC JAPAN, TORCH 2025年11月9日閲覧。
- ↑ 梁靜茹 (2014-12-25), 不想睡' 2025年11月9日閲覧。
- ↑ “Four C´S Entetainment Japan / Viorin SHOGO沖縄カヴァーアルバム「てぃーだ」をリリース/同日リリースイベントを開催”. PR -Free. 2026年5月8日閲覧。
外部リンク
[編集]- THE BOOM MUSIC GALLERY - THE BOOM公式サイト
- 琉球泡盛 Xi(クロッシー)