岩村田宿

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木曾街道六拾九次 岩村田(渓斎英泉画)

岩村田宿(いわむらだしゅく)とは、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十二番目の宿場

現在の長野県佐久市岩村田一帯。岩村田藩1万5千石の城下町であり商業の町であった。宿場の本陣は存在したが、大破し、その後も再建できず旅籠も最盛期で8軒と少なかった。

略年表[編集]

  同年米騒動上州より発生、暴徒乱入し宿場各所を荒らし上田藩に鎮圧される。

本陣[編集]

本陣は存在したが、大破し、その後も再建できず[4]、本陣、脇本陣に代わりとして龍雲寺、西念寺、法華堂などの古刹、割本邸が利用された[5]

宿場史跡[編集]

  • 一里塚-鵜縄沢の片方の塚だけが残る。砂田の塚は現存せず。
  • 常夜灯-住吉神社、若宮八幡、行人塚などに残る。
  • 道標-西念寺、住吉神社などに現存[6]

最寄り駅[編集]

隣の宿[編集]

中山道

脚注[編集]

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  1. ^ 『明治百年記念岩村田歴史年表』佐久市浅間公民館発行全32ページ中17項昭和43年2月15日
  2. ^ 『明治百年記念岩村田歴史年表』佐久市浅間公民館発行全32ページ中34頁昭和43年2月15日
  3. ^ 『明治百年記念岩村田歴史年表』佐久市浅間公民館発行全32頁中23項24頁昭和43年2月15日
  4. ^ 信濃毎日新聞2013年5月12日記事より
  5. ^ 信州短大佐久大学副学長佐久地域文化センター長中藤保則『月刊中小企業レポート462号』長野県中小企業中央会発行全16P中7P平成27年5月10日号。『歴史編中山道岩村田宿』信州佐久いわんだ逸品会平成17年9月26日全29P中2P。
  6. ^ 『歴史に学ぶ岩村田の昔佐久市岩村田小学校開校130周年』金沢正昭平成14年11月2日発行。

外部リンク[編集]