岩倉道倶

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岩倉 道倶(いわくら みちとも、1881年5月 - 1946年10月9日)は日本華族男爵貴族院議員。

経歴[編集]

1881年岩倉具視の四男として生まれる[1][2]。1896年分家して男爵となる[3]学習院を経て[1]東京帝国大学文科大学修了[3]。1909年欧米視察[3]。1911年貴族院議員となる[3]。福徳生命保険[4]、大成漁業各取締役、十五銀行監査役[1]。1932年以降米穀対策調査会、石油業委員会、液体燃料委員会、帝国石油台湾拓殖、樺太開発その他各設立委員[3][2]川崎造船千代田火災保険各取締役を務め[2]翼賛政治会常任総務を歴任した[5]

戦後の1946年に公職追放となり[6]、間もなく死去した。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『人事興信録. 8版』 イ二三四。(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ a b c 『人事興信録. 13版』 イ二五四。(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』64頁。
  4. ^ のちに第百生命保険に統合される。現在のマニュライフ生命保険の源流の一つ(生命保険会社変遷図 (PDF) )。
  5. ^ 議会新聞社編 『翼賛議員銘鑑』、1943年2頁。NDLJP:1439721 
  6. ^ 『朝日新聞』1946年9月26日一面

参考文献[編集]

  • 『人事興信録』第8版 人事興信所、1928年。
  • 『人事興信録』第13版 人事興信所、1941年。
  • 『翼賛議員銘鑑』議会新聞社、1943年。
  • 『議会制度百年史 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。