岡田謙三

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岡田 謙三
おかだ けんぞう
生誕 (1902-09-28) 1902年9月28日
日本の旗 日本 神奈川県横浜市
死没1982年7月25日(1982-07-25)(79歳)
日本の旗 日本 東京都目黒区
国籍アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
著名な実績抽象表現主義

岡田 謙三(おかだ けんぞう、1902年明治35年)9月28日 - 1982年昭和57年)7月25日[1][2])は、日本洋画家二科会会員(1937年)。神奈川県生まれ。岡田きみ。東洋的な「幽玄主義(ユーゲニズム)」および「抽象表現主義」の画風で知られ、その上品さ・優雅さなどが世界的に高評価を受けた[3][4]藤田嗣治らとも親交を持った[5]

人物[編集]

1902年9月28日、貿易商の父・岡田嘉蔵と、母・やすの3男として[6][7]、神奈川県横浜市中区初音町に生まれる[8]1921年明治学院中等部を卒業し、画家を志して川端画学校へ通い始め、1922年東京美術学校西洋画科に入学[8]牛島憲之荻須高徳加山四郎小磯良平山口長男猪熊弦一郎のほか、中西利雄高野三三男などと同級生であった[8]。しかし入学から2年後に中退してフランスへ留学、グランド・ショミエール芸術学校デッサンを学び、1927年、サロン・ドートンヌに『ボートのある海浜風景』が入選した[8]。1927年に帰国後、在仏中に学んだことを生かし、人物像などの制作に取り組み、二科展に出品[2][1]。「ヴァルコン」(1932)、「アコルデオン」(1932)、「ブランコ」(1935)、「室内」(1936)、「時」(1936)、「つどい」 (1937)、「野外裸婦」(1938)、「幕合」(1938)、「高原」(1939)などの作品を発表した[8]。1929年の第16回二科展で「女の部屋」「夏休み」が初入選している[7]。東京美術学校在学中に訪れたパリの他にも、中国やアメリカなど世界各地を訪れた。1939年に昭和洋画奨励賞を受賞し、同年日本大学芸術科講師に招かれた。1950年、48歳になった岡田は、新たな道を模索するため、妻と共に渡米しニューヨークに移住[8]1953年にベティ・パーソンズ画廊で個展を開いた[9][4]ベティ・パーソンズ英語版は、岡田と同様に抽象表現主義で知られる画家であり、アメリカ人である。1982年7月25日、東京都目黒区自由ヶ丘の自宅で、心臓障害により倒れて死去(享年79)[4][8]。代表作に、「シルク」(1947)「決」(1956)「矢」(1956)「元禄」(1957)「夕顔」(1962)「井筒」など。

幽玄主義[編集]

岡田は、自由な色面構成の作品などで自ら「幽玄主義(ユーゲニズム)」を提唱した画家として知られる人物である。東洋的な装飾性・叙情性などによる画風であり、東洋の美を抽象に託した上品さ・優雅さなどは国際的に高評価を受けた[3][4]大和絵や料紙装飾などのセンスを思わせるような色調・マチエールで知られる。このような、日本人らしい感性を取り入れた抽象絵画作品は、アメリカなどで高い評価を得た。

主な作品[編集]

技法・材質は、全作品が油彩・キャンバスである。

作品名 制作年 寸法(cm) 所蔵者
人物(舞) 1932 100.3×72.7 横浜美術館
ヴァルコン 1932 130.2×81.9 秋田火災東郷清児美術館蔵
アコーディオン 1932 99.8×80.3
きみ像 1933 100.5×68.2
少女 1933 116.6×80.3 秋田火災東郷清児美術館蔵
室内 1936 130.3×97.2 秋田市美術館蔵
幕合 1938 130.8×97.3
野外裸婦 1938 145.5×194 株式会社資生堂
花売 1938 130.2×89.3 秋田市美術館蔵
自画像 1939 45.7×38 秋田市美術館蔵
高原 1939 191×255.5
小屋 1940 194.5×258 秋田市美術館蔵
群像習作 1940 203.5×320.3 秋田市美術館蔵
満州風景 1941 51.3×71.3
奉天 1941 32.2×41.5
熱河ラマ寺 1941 73.2×91.2 秋田市美術館蔵
満人の家族 1941-42 129×90.1 横浜美術館蔵
北市場 1942 104.2×87
農家 1945 64×80
納屋 1945-46 72.8×90.4 秋田市美術館蔵
1947 914×259 夢二郷土美術館
少女 1947 91×60.5
二人裸婦 1947 100×72.7
窓辺(ノクターン) 1948 192.5×145.5 愛知県美術館
詩人 1948 237.3×281.5 秋田市美術館蔵
5人 1949 202.2×319.2
アトリエ 1949 191.2×255.5 横浜美術館蔵
少女 1949 73×53.5 秋田市美術館蔵
アブストラクション 1952 49.5×60
1952 144.5×83.2 秋田市美術館蔵
葉 No.1 1951-52 65.5×53.2 秋田市美術館蔵
作品 1953 89.5×71.3 東京都美術館蔵
1954 80.5×53.4 秋田市美術館蔵
1954-55 159.3×213.5 目黒区美術館
横断 1954-55 171.8×198.5 横浜美術館蔵
1954-55 222×234 静岡県立美術館
黒と象牙色 1955 182.5×215.5 横浜美術館蔵
1956 119.3×127 秋田市美術館蔵
幾度も 1956 160.2×109.2
作品 1957 131.7×81.2 秋田市美術館蔵
元禄 1957 106×101 東京国立近代美術館蔵
静(黒と白) 1957 102.7×85.8
1957 170.5×112 秋田市美術館蔵
交叉(結) 1958 185.4×171.4 横浜美術館蔵
1958 169×185 秋田市美術館蔵
ファン 1958 130×162.2
間隔 1958 202×172 目黒区美術館蔵
レッドライン 1958 175×106.4
リトルライン 1958 162.5×130.5
黒と白 1959 186×211.5 秋田市美術館蔵
平衡 1959 208×105.5
冬の際 1959 134.8×104.2
子孫 1959 215.7×225 秋田市美術館蔵
英雄 1959 185×177 富山県立近代美術館
1959 185.5×222.2 目黒区美術館蔵
ブルー 1959 159×104.8
1959 172.5×132
ターニングポイント 1960 141.8×104.2
ファン 1960 109.4×99.4
1960 213.5×127.7 秋田市美術館蔵
無題 No.2 1962 180.3×133.2 秋田市美術館蔵
1962 205.2×104.2 秋田市美術館蔵
江戸 1962-63 197.1×120.7 秋田市美術館蔵
赤と青 1963 160.2×186.2 秋田市美術館蔵
垂直 1964 265.8×198.4 横浜美術館蔵
木の精 1964 116.3×109.4
配置 1964 202×171
下降 1965 100×100
含む 1965 185.5×170 秋田市美術館蔵
銀と金 1965 214.6×292.1 呉市立美術館蔵
1965 203.2×128.3 秋田市美術館蔵
1965 216.2×128.3 秋田市美術館蔵
三つの雲 1965-66 162×112.5
グレー 1965-66 210.3×106.4
雲と子供 1966 194.5×126 目黒区美術館蔵
二つの輪 1966-67 229×128 秋田市美術館蔵
フロムグリーン 1966-67 196.3×127.5
小屋 1968 181.3×177
1969-70 161.4×112 秋田市美術館蔵
四季 1970 196×130.3 秋田市美術館蔵
1970 206×140
1970 145.2×224.7 秋田市美術館蔵
三つの四角形 1970 206.5×132 目黒区美術館蔵
富士 1970 117×109.5
1971 222.3×163.8 秋田市美術館蔵
1972 215×294 国立国際美術館蔵
1972 159.5×217
1972 151.5×181.5
緑と黄 1972 122×137
アッサンブラージュ 1972-73 219×160
入江 1973 207.5×157.5 京都国立近代美術館蔵
青と黄 1973 176.1×217.2
四季 1974 365×640 チェース・マンハッタン銀行蔵
1975 162.2×97 秋田市美術館蔵
1975 181×145
青と緑 1976 190.7×203.5 福岡市美術館蔵
桜(夜) 1977-78 99.5×176.2 秋田市美術館蔵
桜(昼) 1977-78 99.5×168.4 秋田市美術館蔵
1978 178.4×220.4 秋田市美術館蔵
サップグリーン 1978 122×103.5
早春(未完) 1978 200.3×161.4
二双舟 1978 159.4×131.4
流れ 1980 162×260.8 横浜美術館蔵
1982 80×99.5
帽子 1936 45.5×37.9
裸婦 1937 130.3×193.9
つどひ 1937 130.3×193.9
1941 130.3×193.9
シルク 1947 202×321 横浜美術館蔵
椅子の上の籠 1952 71×50.5
(題不明 1) 1951
(題不明 2) 1951
ナンバー3 1953 165.4×147
アブストラクション ナンバー7 1953 115.6×144.8
1954 145.1×178.8
1954 179×140
珊瑚 1955 192.3×109
甦る 1955 203×177.8
ディセンディングブルー 1955 104×132
ニューメキシコ ナンバー21 1955 127×86.4
杵 ナンバー1 1956 177.5×112
主張 1956 193×132
1956 178×193
記憶 1957 172×215.5
洞穴への入口 1958 223.5×221
夜の湖 1959 190.5×139
白と金 1961 236×300
1964 185×275 ホテルニューオータニ蔵
高山寺 1966 198×129.5
のし 1966 141.6×103.5
朝顔 1972 164×216

主な受賞歴[編集]

  • 昭和洋画奨励賞(1939年)
  • 第1回会員努力賞(1947年)
  • ヤンガー・アメリカ展受賞(1953年)
  • カーネギー国際美術展一等賞(1955年)
  • ベネチア・ビエンナーレ展受賞(1958年)
    • アストーレ・マイエル賞(日本人初)
    • ユネスコ絵画コンテスト最高賞
  • 現代日本美術展・国立近代美術館賞(1958年)
  • フォード財団美術賞(1960年)
  • ダン国際展(1963年)
  • 第8回毎日芸術賞(1967年)「元禄」

脚注[編集]

  1. ^ a b 岡田謙三』 - コトバンク
  2. ^ a b 岡田 謙三』 - コトバンク
  3. ^ a b ごあいさつ 岡田謙三展図録” (日本語). www.bunka.pref.mie.lg.jp. 2020年10月15日閲覧。
  4. ^ a b c d 岡田謙三 :: 東文研アーカイブデータベース”. www.tobunken.go.jp. 2020年10月15日閲覧。
  5. ^ 岡田謙三展” (日本語). japanculturalexpo.bunka.go.jp. 2021年3月8日閲覧。
  6. ^ 電池工業会
  7. ^ a b 岡田 謙三(おかだ けんぞう)”. nanboya.com. 2021年3月8日閲覧。
  8. ^ a b c d e f g 岡田謙三” (日本語). 2020年10月15日閲覧。
  9. ^ ベティ パーソンズ - kenzo-okada 岡田謙三”. kenzo-okada.com. 2020年10月15日閲覧。

外部リンク[編集]