岡田良一郎

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岡田良一郎
岡田良一郎肖像(黒田清輝画、大日本報徳社蔵)

岡田良一郎(おかだ りょういちろう、雅号淡山天保10年10月21日1839年11月26日) - 大正4年(1915年1月1日)は、日本の実業家政治家衆議院議員二宮尊徳の弟子として報徳思想の普及に尽力し、地域の振興に努めた。

遠江国佐野郡倉真村(現在の静岡県掛川市倉真)出身。雅号の淡山は、掛川にある粟ヶ岳(淡ヶ岳)にちなんでいる。長男は岡田良平、次男は一木喜徳郎、三男は竹山純平竹山道雄の父)、五男は岡田分平で、実子がなかった兄良平の養嗣子となる。

略歴[編集]

栄典[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第5589号「叙任及辞令」1902年2月24日。
  2. ^ 『官報』第727号「叙任及辞令」1915年1月7日。
非営利団体
先代:
(新設)
大日本報徳社社長
初代:1911年 - 1912年
次代:
岡田良平
先代:
岡田佐平治
遠江国報徳社社長
第2代:1976年 - 1911年
次代:
(廃止)