オカダ・カズチカ

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オカダ・カズチカ
オカダ・カズチカの画像
プロフィール
リングネーム オカダ・カズチカ
岡田 かずちか
本名 岡田 和睦
ニックネーム レインメーカー
金の雨を降らせる男
身長 191cm
体重 107kg
誕生日 (1987-11-08) 1987年11月8日(29歳)
出身地 愛知県安城市
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 陸上
野球
トレーナー ウルティモ・ドラゴン
デビュー 2004年8月29日
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オカダ・カズチカ1987年11月8日 - )は、日本プロレスラー。本名:岡田 和睦(おかだ かずちか)。血液型A型。

来歴[編集]

デビュー前 - 闘龍門時代[編集]

オカダは小学校5年生までは安城市に在住していたが、母の郷里である長崎県五島列島の自然に引かれ、そこに住みたいと自分で決めて1年半の間「山村留学」として同地に住み中学入学と同時に安城に戻ったという[1][2]。中学時代は野球に打ち込み、陸上では短距離100メートル走で愛知県大会1位を記録する。野球では目立った実績を残していないが、足は速かったので高校の陸上部からスカウトが来たことがある[1]。プロレスの存在は中学時代に5つ上の兄がたまたま友達から借りてきたプロレスのゲームソフトによって知り、これがきっかけで新日本プロレスを録画して見るようになった[1]。しかし新日本の試合を見ていた時期は短く、新日本がいわゆる”暗黒期”と呼ばれる時代に入っていたことから「プロレスを好きになって最初は見ていたんですけど、新日本がつまらなくなったんです。格闘技に走ったから。それで見なくなりました」と魅力を感じなくなった[1]。オカダの心を掴んだ存在としては他に闘龍門があり、後年の文献では「たまたま家がケーブルテレビに入っていて、それで闘龍門を見たんです。闘龍門には新日本と違っていろんな色の人がいて。赤い人もいれば、緑もいて。黄色だオレンジだって、カラフルで目を引きましたね」と本人が当時を述懐している[1]。闘龍門を見てプロレスの華の部分にひかれたオカダは以降、プロレスファンというよりも闘龍門ファンになり、地元の近くで興業があれば観戦にも出かける熱の入れようであった。16歳でウルティモ・ドラゴン経営のプロレス学校、闘龍門に13期生として入学[3]。闘龍門への入学に際して親は最初は高校入学を望んで反対したが、山村留学の例から明らかなように自分で決めたら他者の意見を聞かないオカダの性格を熟知していた親は結局折れてプロレス入りを認めた[1]

オカダが入門したばかりの頃の闘龍門は練習生で飽和状態になっていたため、当時コーチを務めていたミラノコレクションA.T.の証言によると何人か辞めさせるために過度に厳しい練習をメニューを課していたという。そこで基礎体力が他の練習生に比べて劣っていたオカダには、過酷な練習メニューが与えられた。ハードな練習が終わっても新弟子にはこれまたハードな雑用というメニューが待っており、寮でのオカダは睡眠時間以外、心身ともに休まることのない暮らしを強いられた。何度も周囲から「やめるか?やめるか?」と聞かれても、オカダは自身は中卒なので他に行くところがないと考えていたため「やめないです!」と意地になっていた[1]

2004年8月29日、メキシコ・アレナコリセオにおけるネグロ・ナバーロ戦でデビュー[3]。同年12月のヤングドラゴン杯を制覇する[3]。デビュー後のオカダはメキシコ、日本、アメリカ、カナダなどで試合を経験し、これはウルティモ・ドラゴンからの指名によるものであった。ドラゴンからスターとしての資質を見抜かれていたオカダは、付き人ではなかったが何かとドラゴンに帯同することが多く、若手のうちから様々な経験を積んだ[1]

2007年5月13日、闘龍門メキシコ『ウルティモ・ドラゴン20周年記念&闘龍門メキシコ10周年記念自主興行DRAGOMANIAII(ドラゴ・マニア2)』アレナ・メヒコ大会に大抜擢され、その時師匠のドラゴン、ミル・マスカラスと言った大物とタッグを組んだ。日本から来た鈴木みのる、高山善廣と対戦。同年7月22日、「ウルティモ・ドラゴン20周年記念興行」に参戦し、獣神サンダー・ライガーミラノコレクションA.T.と組みTAJIRI折原昌夫大原はじめ組と対戦。試合に敗れた後、新日本プロレスに入団することを発表した[3]。これについて本人は「自分はやることがなくなっちゃうと変わりたくなるんですよね。高校に行かなかったのも、高校で特にやることが見つからなかったんで、じゃあ、プロレスに入っちゃえって。それでメキシコでやってるうちに、だんだんメキシコでやることもなくなってきて。じゃあ、新日本に行かせてもらえないかなって気持ちが出てきたんです」と後に答えている[1]

新日本プロレスへ移籍 - 再デビュー[編集]

2007年8月に新日本へ移籍、オカダは新弟子として基礎体力作りや受け身、ロープワークなど1からトレーニングを積み直した。メキシコでは基礎体力をつける練習をあまりやっていなかったため、最初の頃の新日本の練習はかなりきつかったという。8月26日の新日本の「LAST OF C.T.U」興行、内藤哲也戦でプレ再デビュー。2008年4月12日に石狩太一(現:タイチ)戦で正式に再デビューを果たした[3]

2009年5月5日、プロレスリング・ノアとの対抗戦に抜擢され、後藤洋央紀と組み杉浦貴青木篤志と対戦するも、惨敗。翌6日には新日本での試合を終えた後、天山広吉と共にNOAHに参戦。小橋建太伊藤旭彦組と対戦するが、この試合も敗北を喫した。6月20日には潮崎豪とシングルマッチで激突するも、ピンフォール負け。対NOAH戦3連敗という結果に終わった。

2010年1月19日、TNAへの無期限武者修行を発表[3]。31日に棚橋弘至を相手に壮行試合を行い、渡米する。

2011年1月4日、レッスルキングダムVで後藤洋央紀とのタッグで、杉浦貴、高山善廣組と対戦。高山のエベレストジャーマンで敗北を喫し、この試合後に再びTNAに遠征し、海外武者修行を継続。

2月、グリーン・ホーネットの登場人物であるカトーを真似たギミックであるオケイトへと変身。サモア・ジョーの助手として、ディアンジェロ・ディネロと抗争を展開する。5月に新日本プロレスのアメリカツアーのIWGPインターコンチネンタル初代王者決定戦トーナメントに参加。MVPと対戦するが、敗戦。

レインメーカーとして[編集]

レインメーカーのポーズを決めるオカダ・カズチカ。
入場時にばらまかれるレインメーカードル。

同年12月、TNAでの武者修行を経て新日本に凱旋帰国。髪を金髪に染め上げ、ファイトスタイルも従来と比較すると、ヒール寄りのスタイルに変化。凱旋帰国後のインタビューでは「バケモノを越えた存在」「新日本に金の雨を降らせる」(入場時に自身の顔が入った紙幣をばらまく)と豪語し、自らを「レインメーカー」と称した[4]。自身が「レインメーカー」として完成した要因として本人は後に闘龍門、新日本、TNAの3つがあったと振り返っており、後年の文献では「違うんですよ、闘う気持ちっていのうが。闘龍門ではガムシャラに試合していればいいって思ってたんですけど、新日本ではヤングライオンっていうんですか?その気持ちをぶつける。そういうのはいま思えばいい勉強になったなって。だから生え抜きなんですよ。他団体から来たってイチからやってますからね」「TNAではプロレスっていうのは見られている仕事だって習いました。最初に言われたんですよ、『オマエはリングに上がってお客さんになにを伝えたいんだ?』って。普通に出て試合してるだけじゃダメだと。意味わかんなかったですね、最初は」などと話している[1]

2012年1月4日、レッスルキングダムVIの舞台でCMLLから凱旋帰国したYOSHI-HASHIとダブル凱旋帰国試合を行い、勝利を収める[3]。メインイベント終了後、IWGPヘビー級王座を保持する棚橋弘至の前に現われ、挑戦表明を行う[3]が、観客からブーイングで拒絶され、時期尚早というスタンスを取った棚橋から「IWGPは遠いぞ」「挑戦したいんだったら、力で上がってこい」と一蹴される[5]。しかし、翌日の会見でオカダはマネージャー外道を伴い、同王座挑戦を改めてアピール。結果的に正式な選手権試合が組まれる事となり、次期シリーズよりCHAOSの一員として活動を開始する。

2月12日、THE NEW BEGINNINGにて、棚橋の保持するIWGPヘビー級王座に初挑戦。レインメーカーでピンフォールを奪い、中邑真輔に次ぐ史上2番目の若さで同王座を戴冠した[3]。その後、3月4日後楽園大会の「新日本プロレス創立40周年記念興行」で内藤哲也を、5月3日にはNEW JAPAN CUP覇者の後藤洋央紀を相手に防衛に成功する。

6月16日、DOMINION6.16で、棚橋を相手に3度目の防衛戦を行ったが、ピンフォール負けを喫し王座から陥落した。

8月、G1 CLIMAXに初出場。リーグ戦を1位で通過し、決勝戦でカール・アンダーソンと対決。この試合を制し、初出場・初優勝並びに史上最年少優勝記録を樹立[3]。試合後のインタビューで「翌年1月4日東京ドーム大会のメインイベントでのIWGPヘビー級王座挑戦」の確約を要求。後日の会見で、菅林直樹社長から東京ドームIWGPヘビー級王座挑戦権利書を授与される。

10月8日両国大会でアンダーソン、11月11日大阪大会で後藤洋央紀と挑戦権利証を賭けた試合でいずれも勝利を収めると、正式な挑戦者として受理。その日に王座を防衛した棚橋弘至に対して「これからは逸材に代わって、レインメーカーが新日本プロレスを引っ張っていきますんで、お疲れ様でした」と同年の1月4日東京ドーム大会で同王座の挑戦表明をした際に発した台詞で挑発した[6]

12月10日、東京スポーツ主催のプロレス大賞で最優秀選手賞(MVP)、ベストバウト賞を受賞した[7]。また、最優秀選手賞は1983年に受賞した初代タイガーマスク以来となる最年少タイ記録を更新した。また、日刊バトル大賞プロレス部門でも最優秀選手賞、殊勲賞、最高試合賞を受賞[8]し、前述のプロレス大賞と併せると五冠王に輝いた。

2013年[編集]

2013年1月4日、レッスルキングダム7のダブルメインイベントに登場し、IWGPヘビー級王座を賭けて棚橋と三度激突した。互いのフィニッシュ・ホールドを巡る攻防の末、棚橋のハイフライフローで敗北した。その後、一昨年より新日本に参戦している鈴木みのる率いる鈴木軍と抗争を展開、2月10日広島大会で鈴木と対戦するがピンフォール負けを喫し、シングル2連敗とスランプに陥った[9]

3月、「己に慢心があった」と分析したオカダはハングリー精神を取り戻すため、世田谷区内の高級住宅に引っ越し、家具も一新した。高級車であるシボレー・コルベットを購入し、約1000万を散財をするという行動に出た[9][10]。11日に開催されたNEW JAPAN CUPでは、決勝戦で後藤を下し優勝する。4月7日両国大会でIWGP王者の棚橋と再戦しレインメーカーでピンフォール勝ちを収め、第59代王者に輝いた[9]。8月18日、凱旋帰国後初の他団体としてDDTプロレスリングに参戦。「両国ピーターパン2013」にて飯伏幸太とシングルマッチで対戦し、勝利を収めた。

2014年[編集]

4月6日、タマ・トンガバッドラック・ファレとのタッグ戦の勝利後リングへ乱入したAJスタイルズに襲撃され失神してしまう。AJは、その場でマイクを持ってIWGP王座挑戦を宣言[11]。5月3日、レスリングどんたく2014にて、AJスタイルズに敗れ、長らく保持し続けたIWGP王座から陥落する[12]。5月25日、BACK TO THE YOKOHAMA ARENAにて、王座奪還に向けてAJスタイルズと対戦した。BULLET CLUB高橋裕二郎の介入もあったが、前の試合で裕二郎に奇襲された石井智宏が迎撃した。しかし、AJのブラディーサンデーからのスタイルズクラッシュを受けて敗北。王座奪還はならなかった[13]

7月2日に西武ドームで行われた西武―日本ハム戦の始球式にリングコスチュームで登板、球速106km/hを計測した。オカダは「200キロは出てなかったですかね?気持ち良かったです」、「ここで試合ができると思うとテンションが上がりますね。決勝まで勝ち上がって優勝したいと思います。」とコメントしている[14]

8月10日、G1 CLIMAX 24西武ドーム大会の決勝戦で同門のCHAOSの中邑と対決し勝利し2度目のG1制覇を果たした[15]。その後、東京ドームIWGPヘビー級挑戦権利証を授与される。

10月13日 両国国技館大会でIWGPヘビー級挑戦権利証を賭け、内藤と対戦し勝利を収め2015年1月4日、レッスルキングダム9のメインイベントで第61代同王者棚橋との試合が決定した。

2015年[編集]

1月4日、レッスルキングダム9のメインイベントでのIWGPヘビー級の奪取に失敗、試合後花道で涙を流すなど今まで見られないような素顔を見せた。

3月22日放送の『ビートたけしのスポーツ大将』では番組内のコーナー「復活!暴流闘くんに挑戦」に出演。暴流闘くんと短距離走で対決している[16]

4月5日、1月から3連敗を喫していたバッドラック・ファレにレインメーカーで勝利、抗争に決着を付けた。メインイベント後に乱入しIWGPヘビー級王者AJスタイルズにレインメーカーを炸裂させ同王座への挑戦を表明した。7月5日、大阪城ホール大会にてAJに勝利し、IWGPヘビー級王座を奪還した。

8月、G1 CLIMAXに出場。順調に白星を積み重ねたが、最終公式戦で中邑真輔にギブアップ負けを喫し、予選敗退となった。また、2012年に凱旋帰国してから初めてのギブアップ負けであった。

8月16日、6人タッグマッチながらもAJスタイルズにピンフォール負けを喫した。また、この日の休憩時間に天龍源一郎から引退試合の相手に指名され、これを受託した。

10月12日、KING OF PRO-WRESTLINGにてAJスタイルズを退け、IWGPヘビー級王座初防衛に成功した。

11月15日、天龍プロジェクト両国大会のメインイベントで、この試合を最後に引退する天龍とシングルマッチで対戦し、勝利を収めた。

12月8日、東京スポーツ主催のプロレス大賞において、最優秀選手賞(MVP)並びに上記の天龍×オカダのカードが年間最高試合賞(ベストバウト賞)を受賞した。

2016年[編集]

1月4日のレッスルキングダム10で前年のG1を制した棚橋と対戦して勝利。

2月11日 後藤に勝利し3度目の防衛に成功する。

3月 CHAOSの新メンバーとしてウィル・オスプレイの加入を発表。NEW JAPAN CUPの決勝で敗退した後藤をCHAOSに勧誘。後藤が応じた事でCHAOSに加入する。

4月10日、両国大会でNJCを制した内藤と対戦したが、突如乱入したロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンSANADAの介入に苦しめられ、最後は内藤のデスティーノで敗れて王座から陥落した。

6月 内藤に勝利し王座を奪還した。

8月 G1 CLIMAX26の最終日に棚橋に勝利すると決勝進出となったが引き分けになり決勝進出を逃した。

10月8日GHCタッグ王座YOSHI-HASHIと挑戦したがYOSHI-HASHIがピンフォール負けを喫した。

10月10日に丸藤正道とIWGPヘビー級選手権試合に勝利する。

2017年[編集]

1月4日のレッスルキングダム11で、G1覇者のケニー・オメガとの45分を超える試合を制して王座を防衛した。

得意技[編集]

フィニッシュ・ホールド[編集]

レインメーカー
レインメーカー
凱旋帰国後のオカダのオリジナルにして代名詞的なフィニッシュ・ホールドで、変形のショートレンジ式アックスボンバー[17]
ジャーマン・スープレックスの要領で相手の腰に手を回し、左手で掴み取った相手の右腕を引っ張った勢いで体を向き合わせ、自身の右腕を相手の喉元に目掛けて叩き付ける。日本に凱旋してからの最初の試合では、フライング・ネックブリーカー・ドロップの様な形で披露されたが、以降フォームの修正が成されて現在の型となる。
天を仰ぐように両腕を広げた通称「レインメーカー・ポーズ」で観衆を煽ってから、相手の背後に忍び寄り、放っていくのが定番のムーブであったが、この技を危険視する選手が増え始め、かわされる事も多くなっている。
その為、対戦相手との技の読み合い(かわし合い)からの流れで放っていくケースや、下述のドロップキック→ツームストーン・パイルドライバーのコンボから繰り出される事も多々ある。2013年10月14日のIWGP戦では、逆さ押さえ込みの導入部分の体勢から、右腕のフックを外し、相手と向かい合わせになったところを放っていく型を披露した。
2014年8月10日のG1 CLIMAX24優勝決定戦では正面から引き込む型を披露した。
さらに同年G1 CLIMAXの初戦であるA・J・スタイルズ戦でジャーマンスープレックスからクラッチを離さずレインメーカーというコンビネーションを披露。以降タイトルマッチ等のビックマッチで使用。
先述のG1優勝決定戦で中邑真輔相手にレインメーカー3連発でようやく勝利してG1優勝を成し遂げた。それ以来大舞台でオカダが強いと認めた相手に対しては3連発でフィニッシュにする事がある。

打撃技[編集]

ドロップキック
新人時代から愛用し続けているオカダを象徴する技の一つ。
身体能力を生かした高い打点とフォームの美しさが特徴で、走り込んできた相手に向かって放つカウンター式やトップコーナー上に座らせた相手に向けて放ち、場外へと転落させる型などを得意としている。
相手に向かって走り込み、腹部に向かって突き上げるように放つドロップキック「ジョン・ウー」も得意としている。
エルボー・スマッシュ
振り抜き式とかち上げ式を二種類に使い分けている。
フロントハイキック
蹴りを見舞おうとした相手の足を捕らえた後、一回転させて正面に向き直った相手に対して、間髪入れずに放っていく。ビックブーツと同等である。
スライディングキック
ロープ際に相手をフライングメイヤーでダウンさせた後、ロープに走り込んで側頭部に向かって放つ。

投げ技[編集]

ツームストーン・パイルドライバー
相手を逆さまにして持ち上げて抱え込み、そのまま相手を頭頂部からマットへ激突させる。ヒールターン後に首殺しの一環として使用し始めた技。タイトルマッチの際は場外で繰り出す荒技を敢行することもある。
ゴッチ式ツームストン・パイルドライバー
2013年5月、対鈴木みのるのIWGP戦では通常のツームストンの体制から股をクラッチするように持ち替えて落とすタイプを披露した。みのるのゴッチ式パイルドライバーを意識して繰り出した技なので便宜上ゴッチ式ツームストンパイルドライバーと呼称されている。オカダは2013年のIWGP防衛戦後のインタビューでは「もうあの技、やることはないでしょう」と答えていたが、2014年8月のG1でのみのる戦でも再び繰り出している[18]
旋回式ツームストーン・パイルドライバー
2017年1月4日、レッスルキングダム11のIWGP防衛戦のケニー・オメガ対して披露。 鈴木鼓太郎が使うエクスカリバーと同型。
リバースネックブリーカー
変型のリバースゴリースペシャルボム。こうもり吊りの要領で相手を抱え上げ相手の後頭部を右腿に密着させ、自らの左膝から勢いよくマットにつくように腰を下ろし、首にダメージを蓄積させる。1月4日のYOSHI-HASHI戦では抱え上げた状態から尻餅をつき、相手の後頭部を自らの右腿に叩きつける変形のシュバインという形で披露されている。
ヘビーレイン
ファイヤーマンズキャリーの要領で担ぎあげた後、相手の足を跳ね上げてからエメラルド・フロウジョンのような形で後頭部から背中にかけてマットに落とす。
太陽ケアのフィニッシュ・ホールドであるTKO34thと同形。主に大一番の試合の際に見かけられる技。
ジャーマン・スープレックス・ホールド
新人時代のフィニッシュ・ホールド。レインメーカー習得後は「体が固いから」[19]という理由で使用を控えていたが、2014年3月6日の飯伏幸太戦で久々に披露。近年はよく繰り出している。
DDT
前述のリバースネックブリーカーやDIDに並ぶ首殺しの一環に使用される技。大一番の際は、場外の鉄柵に相手の足を掛けて繰り出す、断崖式DDTもよく繰り出している。
フラップジャック
チェンジ・オブ・ペースとして使用。相手がロープへ走るのを見計らいながら放つ型を好んで使っている。主に、試合の前半に使用する。
変形大外刈り
柔道の大外刈りの応用で、カウンターで使用することもある。ヤングライオン時代には繰り出していたが、現在は全く見られなくなった。

締め技・関節技[編集]

DID (DEEP IN DEBT)
「借金で首が回らない」の意。相手の両腕を膝で絡めて封じこみ、自らはマットに背中をつき、四つん這いになるように引き起こされた相手の首を締め上げるサブミッション。
レッドインク
相手の足をクロスさせてから極める変型のキャメルクラッチ
赤字」の意で、そこから転じて「これで終わり」という意味が込められており、「鈴木軍を壊滅させる為につくった」とインタビューで語っている[20]

丸め込み技[編集]

ラ・マヒストラル
滅多に使わないフォール技。G1中、対中邑戦で繰り出した。

飛び技[編集]

クリス・セイビンにダイビング・エルボードロップを決めようとするオカダ
ダイビング・エルボードロップ
滞空時間と高さがある。この技から相手の背後に周り、「レインメーカー・ポーズ」を決め、レインメーカーを繰り出すなど主に布石として使用している。
セントーン・アトミコ
2013年から使用。通常はコーナートップから前方回転で浴びせる技だが、オカダはエプロンからトップロープを飛び越え放つ。
トペ・コン・ヒーロ
若手時代からの得意技。凱旋帰国後は、ごく稀に使用する。近年はよく繰り出している。[21]
ミサイルキック
コーナーポスト上から飛んで、相手を両足裏で蹴り飛ばす。長身のため、非常に高さがある。
凱旋試合ではさらに滞空時間が増したが、通常のドロップキックでも強烈なインパクトなためか以降大一番でしか使われていない。
フライングボディアタック
場外戦で時折使用する。鉄柵を飛び越えるほどの跳躍力を見せる。
スーパーフライ
棚橋との試合で1度だけ使用したため掟破りのハイフライフローと称されたが本人はあくまで外道の得意技であるスーパーフライであると断言している。

入場テーマ曲[編集]

  • RAIN MAKER
自身の必殺技、ニックネームと同名の凱旋帰国後のテーマ曲。2012年1月 - 現在まで使用。
前奏付きでアレンジが施されているテーマ曲は「RAIN MAKER-20130104-」の名称で知られており、2013年1月4日に初披露となっている。
  • Kick it, that makes funk me
2008年4月 - 2010年1月まで使用。
2007年8月まで使用。
最初期のテーマ曲。
  • 振られ気分でロックンロール
メキシコでのデビュー戦にて

タイトル[編集]

第57代王者時代
闘龍門
  • ヤングドラゴン杯 優勝(2004年)
新日本プロレス
プロレス大賞
  • 2012年度プロレス大賞 最優秀選手賞
  • 2012年度プロレス大賞 年間最高試合賞(6月16日大阪府立体育会館、IWGPヘビー級選手権試合、オカダ・カズチカ vs.棚橋弘至)
  • 2013年度 最優秀選手賞
  • 2014年度プロレス大賞 年間最高試合賞(8月10日西武ドーム、G1 CLIMAX 24 優勝決定戦、オカダ・カズチカ vs.中邑真輔)
  • 2015年度 最優秀選手賞
  • 2015年度プロレス大賞 年間最高試合賞(11月15日両国国技館、天龍源一郎 vs.オカダ・カズチカ)
  • 2016年度プロレス大賞 年間最高試合賞(7月18日北海きたえーる:G1 CLIMAX23 Aブロック公式リーグ戦、丸藤正道 vs.オカダ・カズチカ)
日刊バトル大賞 プロレス部門
  • 2012年度 最優秀選手賞
  • 2012年度 殊勲賞
  • 2012年度 最高試合賞(2月12日大阪府立体育会館、IWGPヘビー級選手権試合、棚橋弘至 vs.オカダ・カズチカ)

イメージキャラクター[編集]

メディア出演[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビアニメ[編集]

  • バディファイト 真夏の激熱SP!!ふなっしー VS オカダ・カズチカ (2014年8月16日、テレビ東京) - 実写パート主演・本人役[24]
  • フューチャーカード バディファイト100 (2016年1月30日 - 2月6日、テレビ東京) - 本人役

このほか、2016年のテレビアニメ『タイガーマスクW』では劇中のキャラクターとして「オカダ・カズチカ」が登場している。(声は森田成一

バラエティ[編集]

映画[編集]

ゲーム[編集]

ミュージックビデオ[編集]

  • 「GET READY」サイプレス上野とロベルト吉野(2016年12月1日)[26]

著書[編集]

  • 『人生に金の雨を降らせる黄金律(レインメーカールール)』(2014年9月、ベースボールマガジン社)ISBN 978-4-583-10757-8 C2075[27]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j ベースボールマガジン社『レスラーヒューマンストーリーII プロレスラー男の履歴書』p8-15
  2. ^ 参考文献「中日新聞」2014年8月25日付三河版収録のインタビュー記事
  3. ^ a b c d e f g h i j 選手名鑑”. 新日本プロレス公式サイト. 2013年8月21日閲覧。
  4. ^ 【1.4東京ドームまで7日!】YOSHI-HASHIが“CHAOS”入り宣言! オカダはふてぶてしく“頂上獲り”断言!! ダブル凱旋帰国インタビュー 新日本プロレス公式ウェブサイト
  5. ^ 新日本プロレス「NJPW 40th anniversary Tour.レッスルキングダムVI in 東京ドーム」 第11試合 スポーツナビ
  6. ^ オカダが次期挑戦者に正式決定!前回と同じフレーズで王者・棚橋を挑発!/勝利者セレモニー 新日本プロレス公式ウェブサイト
  7. ^ 「プロレス大賞」MVPにオカダ ベストバウトも受賞 東スポWeb - 東京スポーツ新聞社
  8. ^ オカダ3冠「普通のこと」/バトル大賞 nikkansports.com
  9. ^ a b c オカダ貯蓄ゼロ「無一文」で完全復活”. 東スポWeb - 東京スポーツ新聞社. 2013年8月21日閲覧。
  10. ^ BT04-002 第59代IWGPヘビー級王者 オカダ・カズチカ キング オブ プロレスリング トレーディングカードゲーム
  11. ^ オカダがスタイルズに襲撃され失神”. 2014年4月7日閲覧。
  12. ^ 高木裕美 (2014年5月4日). “オカダがAJに敗れまさかのIWGP転落 中邑がグレイシーと12年越しリベンジ戦へ”. スポーツナビ. 2014年5月4日閲覧。
  13. ^ 新日本プロレス「BACK TO THE YOKOHAMA ARENA」”. スポーツナビ. 2014年5月26日閲覧。
  14. ^ オカダ・カズチカ始球式で106キロ「200キロ出た?」 スポニチアネックス 2014年7月3日
  15. ^ オカダ・カズチカ完全復活 同門・中邑下しG1制覇 東スポWeb – 東京スポーツ新聞社 2014年8月12日閲覧。
  16. ^ ビートたけしのスポーツ大将 TV出た蔵 2015年3月22日
  17. ^ 参考文献「週刊プロレス」2012年3月14日号
  18. ^ 参考文献「週刊プロレス」2014年8月27日号 pp19
  19. ^ ニコプロ生放送2013年12月27日放送分より
  20. ^ 東京スポーツ 3/8より引用。
  21. ^ 同じくトペを使うプリンス・デヴィットやCMLL勢とのビッグマッチ等。
  22. ^ BIG今だけ最高10億円 カネの雨が降るぞ!!”. Yahoo! toto. 2015年6月14日閲覧。
  23. ^ オカダ・カズチカ、『民王』最終回に来店”. ORICON (2015年9月18日). 2015年9月18日閲覧。
  24. ^ アニメ「バディファイト」真夏の激熱SP!!ふなっしーVSオカダ・カズチカ字幕放送 : 週間番組表 : 番組情報”. テレビ東京 (2014年8月16日). 2014年9月27日閲覧。
  25. ^ 【セガフェス】「桐生会」を最強の組織に!大人数バトル&組織育成がアツい「龍が如く6」の「クランクリエイター」ゲームプレイが初公開”. Gamer (2016年11月22日). 2016年12月15日閲覧。
  26. ^ 人気レスラーのド迫力ファイト満載!サ上とロ吉の新日・東京ドーム大会テーマ曲MV”. 音楽ナタリー (2016年12月1日). 2016年12月15日閲覧。
  27. ^ “『オカダ・カズチカ 人生に金の雨を降らせる黄金律』刊行記念 オカダ・ カズチカ サイン本お渡し会&撮影会”. BBM-EVENT (ベースボールマガジン社). (2014年10月1日). http://bbm-event.com/event/311 2014年10月1日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]