岡崎朋美

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岡崎朋美
岡崎朋美
基本情報
国籍 日本の旗 日本
所属 富士急行
誕生日 (1971-09-07) 1971年9月7日(46歳)
出身地 北海道斜里郡清里町
身長 163cm
体重 57kg
 
獲得メダル
女子スピードスケート
オリンピック
1998 長野 500m
世界距離別選手権
1996 ハーマル 500m
1998 カルガリー 500m
1999 ヘーレンフェーン 500m

岡崎 朋美おかざき ともみ、本名:安武朋美【旧姓:岡崎】 1971年9月7日 - )は元スピードスケート選手。都留文科大学特任教授。

長野オリンピックスピードスケート女子500メートル銅メダリスト。1994年リレハンメルオリンピック1998年長野オリンピック2002年ソルトレイクシティオリンピック2006年トリノオリンピック2010年バンクーバーオリンピックと、5度の冬季オリンピックに出場。北京オリンピック日本代表(自転車トラックレース女子スプリント)の佃咲江選手(北海道網走郡美幌町出身)は、北海道釧路星園高等学校(スピードスケート部)の後輩である。

略歴[編集]

北海道斜里郡清里町生まれ。実家は酪農業。小学3年生でスケートを始め、清里中学校、釧路星園高校を経て、名門・富士急行へ。それまではインターハイでも4位と無名だったが、富士急スケート部の監督だった長田照正が高校2年の岡崎を見てその素質を見抜きスカウト。先輩である橋本聖子選手とともに練習を重ね、才能を開花させる。

1998年、長野五輪で日本女子短距離として初めてメダル(銅)を獲得し、「朋美スマイル」で全国的な人気者となった。その後は椎間板ヘルニアに悩まされるもカムバック。

2002年ソルトレイクシティオリンピック500メートルで当時の日本記録を樹立。2005年1月には通算7度目となる日本記録の更新(37秒73)を達成。社業でも長野オリンピック後に富士急行の課長代理に昇進。その後日本新記録を出して課長、記録更新で次長代理となり、最終的には宣伝部次長まで昇進している。

2006年のトリノオリンピックでは、日本選手団の主将を務める。風邪による体調不良のハンデを背負いながらも、500メートルでは1本目、2本目共に38秒46をマークし、4位入賞を果たした。同年12月の全日本スプリント選手権では年齢による体力の衰えを感じさせないスケーティングで9年振り3度目の総合優勝を達成。表彰式のプレゼンターは岡崎が尊敬する富士急の元先輩・橋本聖子(当時日本スケート連盟会長)で、表彰状授与式で橋本が「表彰状・・・優勝、岡崎朋美。35歳!」と、岡崎の当時の実年齢までアドリブで読み上げ、会場内の笑いを誘う一幕もあった。

2007年8月27日、元アスリートの安武宏倫氏との婚約を発表。11月24日、所属する富士急行系列のハイランドリゾートホテル&スパにて結婚式を執り行った。

2009年12月、長野市・エムウエーブで行なわれたバンクーバーオリンピック代表選考会で総合2位となり、冬季五輪の日本女子で最年長、最多の5大会連続出場を果たした。翌2010年の五輪開会式にて日本選手団の旗手を務め、競技では500メートル16位、1000メートル34位となる。スピードスケート人気の高いオランダでは岡崎朋美ファンクラブがあり、オランダ国外の大会にも遠征するほどの熱心なファンが存在した[1]

2010年8月、妊娠を発表。同年12月23日、第一子となる長女を出産。常に限界を考えずマイペースをモットーとしているため、現役中は年齢をさほど気にしていなかったといい、日本女子では通算最多記録となる6度目の冬季五輪で42歳となる2014年ソチオリンピック日本代表も目指していた[2]。しかし2013年12月28日、長野市エムウエーブで行われたソチ冬季五輪代表選考会の500メートルで6位に終わり、ソチ五輪が絶望的となったことで現役引退を表明した[3]

2015年10月31日付で宣伝部次長を最後に富士急行を退社、アドバイザーへの転任を発表。翌11月1日付より、よしもとクリエイティブ・エージェンシーとマネジメント契約を結び、活動の場を広げる意向を表明した[4]。なお橋本聖子参議院議員同様に、岡崎自身も「現役中も2回程(国政に)オファーがあった」と政界打診があったとし、「私はスケートがやりたいのでと(断った)。聖子さんには憧れていますが、私は議員というタイプではない。違う分野で頑張りたい」と政界転身は行わなかったと述べている[5]

主な成績[編集]

その他[編集]

  • 動物が大好きでミニチュアダックスフント、「ゴールド」を飼育していたが現役中に死去。その後は自身のスケート靴のブレードカバーには"Gold"というロゴを付けていた。
  • 子供のころ家にあったバイクを庭で乗りまわして遊んだこともあったという程の車、バイク好きで知られ、富士急行に入社時頃に読む雑誌は車関係のものが多かった。はじめて免許を取って購入したのが三菱・ギャラン。その後日産・スカイライン三菱・パジェロエボリューションという国内最高の馬力を誇るモデルに乗り換えている。1999年には大型自動二輪免許を取得し、ヤマハ発動機XJR1300に乗っていた時期もあったが、2006年現在は安全のため乗らないようにしているとのこと。
  • 2015年11月9日、吉本興業東京本部にて取材に応じた岡崎は「“滑る”、“スベリ芸人”…とかメールはくるけど、スポーツなので芸人ではないです!」と記者陣を笑わせた。

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メディア出演[編集]

現在の出演番組[編集]

レギュラー出演

過去の出演番組[編集]

レギュラー番組

単発番組

ラジオ

雑誌

  • Domani2016年1月号(小学館)著名人10人が自身の35歳前後を振り返って、今のアラサー女性たちにアドバイス企画。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]