山陽電気鉄道3000系電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
山陽電気鉄道3000系電車
東二見車庫(一般公開時に撮影)
東二見車庫(一般公開時に撮影)
基本情報
運用者 山陽電気鉄道
製造所 川崎車輛→川崎重工業
製造年 1964年 - 1971年
製造数 64両
主要諸元
編成 3両または4両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高速度 110 km/h
起動加速度 2.4 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
車体材質 アルミニウム合金
普通鋼
主電動機 直流直巻自己通風形
三菱電機MB-3020S
主電動機出力 125kW 340V 410A
駆動方式 WNドライブ
歯車比 5.47=82/15
制御方式 直並列界磁制御(抵抗制御)総括制御方式発電制動応荷重ブレーキ付き
制御装置 川崎電機製造富士電機KMC-201
制動装置 HSC-D
Wikipedia laurier W.png
第5回(1965年
ローレル賞受賞車両

カテゴリ / テンプレート

テンプレートを表示

山陽電気鉄道3000系電車(さんようでんきてつどう3000けいでんしゃ)は、1964年から導入された山陽電気鉄道通勤形電車である。

神戸高速鉄道開業に伴う車両所要数の増大に対応して、3次に分けて1971年までに64両が製造された。

なお、1972年から1985年にかけて冷房装置を搭載して製造された改良系列の3050系や、この3050系を基本に当初6両編成化実現のための増結用として計画された3100系、3000系の車体に2000系由来の主電動機を組み合わせた3200系といった派生系列・形式各種についても、本項にて記述する。

山陽電気鉄道では車両の形式称号について書類上は「クモハ」や「モハ」などの車種を示す記号を用いているが、現車では車内を含め一切表記しておらず、また車両番号が重複しないよう同一数字を用いる形式では奇数・偶数で車種を分けて管理している。このため、本記事の以下の記述では、車種構成の項以外についてはこれらの記号を基本的に省略し、必要に応じて (M'c) や (M) などの略記号を付して解説する。また、本項では解説の便宜上、神戸西代神戸三宮)方先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として記述(例:3066以下4両編成=3066F)する。

概要[編集]

山陽電鉄の神戸市内中心部への乗り入れを実現する神戸高速鉄道の建設と、これを介した阪神電気鉄道阪急電鉄との相互乗り入れ計画が具体化したことに応じて、乗り入れ規格に対応する新規設計車として計画・設計された。

改良型である3050系や2000系機器流用車の3200形などを含めて合計133両が川崎車輛→川崎重工業兵庫工場で製造され、2000系や2300系から編入された付随車を含めると、のべ148両で系列を構成する。

車種構成[編集]

車種は以下の各形式で構成される。

3000系

  • クモハ3000形(偶数車)
  • モハ3000形(奇数車)
    • 中間電動車 (M)
  • クハ3600形 (Tc)
  • サハ3500形 (T)
    • 付随車
  • サハ3550形 (T)
    • 付随車

3050系

  • クモハ3050形(偶数車)
    • 西代(神戸三宮)方制御電動車 (Mc)
  • モハ3050形(奇数車)
    • 中間電動車 (M)
  • サハ3530形 (T) [1]
    • 付随車
  • クハ3630形 (Tc)
    • 姫路方制御車 (Tc)

3100形

  • クモハ3100形(偶数車)
    • 西代(神戸三宮)方制御電動車 (Mc)
  • モハ3100形(奇数車)
    • 中間電動車 (M)

3200形

  • クモハ3200形(偶数車)
    • 西代(神戸三宮)方制御電動車 (Mc)
  • モハ3200形(奇数車)
    • 中間電動車 (M)

編成[編集]

編成は神戸方からM'c-M-Tcの3両編成を基本とする。4両編成を組成する場合は通常、MとTcの間にTを組み込んでM'c-M-T-Tcとするが、1980年代初頭まではT代用としてTcを挿入した編成も存在した。6両編成の場合は3両編成を2本組み合わせて神戸方からM'c-M-Tc+M'c-M-Tcで組成する[2]。なお、本系列の6両編成での営業運転は1993年に5000系6両編成の予備として3076F・3078Fと3050系の最終製造グループから3両編成2編成[3]が選出され、5000系6両編成の検査時に代走として充当されたケースに限られる[4]

なお、電動車ユニットのみが在籍する3100・3200形はともに姫路方に3600形を連結してM'c-M-Tcの3両で1編成を構成する。3100系は当初、3050系4両編成の神戸方に電動車ユニット2両を増結する目的で計画・製作されたが、営業運転では6両編成での運用実績がない。また、3200形は搭載する主電動機の定格出力が低く、4両編成は組成できない。

3000系3両編成
3000 3000 3600
M'c M Tc
3000系4両編成
3000 3000 3500 3600
M'c M T Tc
3000系4両編成(3600形組込)
3000 3000 3600 3600
M'c M Tc Tc
3000系4両編成(3550形組込)
3000 3000 3550 3600
M'c M T Tc
3000系6両編成(3両編成×2:映画撮影用試運転のみ)
3000 3001 3600 3002 3003 3601
M'c M Tc M'c M Tc
3050系3両編成
3050 3050 3630
M'c M Tc
3050系4両編成
3050 3050 3530 3630
M'c M T Tc
3050系4両編成(3500形組込)
3050 3050 3500 3630
M'c M T Tc
3050系6両編成(3両編成×2)
3050 3050 3630 3050 3050 3630
M'c M Tc M'c M Tc
3100系3両編成
3100 3100 3600
M'c M Tc
3050系・3100系6両編成(計画)
3100 3100 3050 3050 3500 3630
M'c M M'c M T Tc
3200系3両編成
3200 3200 3600
M'c M Tc


車体[編集]

窓配置は制御電動車 (M'c) と制御車 (Tc) の運転台寄り側面が1d (1) D3D3D2、車掌台寄り側面が2D3D3D1d、中間電動車 (M) と付随車 (T) のうち新製車の3500・3530形が2D3D3D2(d:乗務員扉、D:客用扉、 (1) :戸袋窓、数字:窓数)で、客用扉として扉幅1,300mmの両開き扉を設置する、関西では一般的な19m級3扉通勤車である。

なお、運転台を備えるM'cとTcの窓配置が左右で異なっているが、これは高床式運転台を採用したことにより運転席部分の奥行きを確保する必要が生じたためであり、運転台寄りは乗務員扉前に下降式の小窓が、運転台直後に採光用として例外的に戸袋窓がそれぞれ設けられていて戸袋窓部が立席スペースとなっているのに対し、車掌台寄りには乗務員扉と客用扉の間に通常の上段下降・下段上昇式の2段窓が設けられ、また座席も2名分のロングシートが設置されている。

運転室は、1960年代中盤以降モータリゼーションの進展で踏切での自動車事故が増大したことを受け、衝突時の乗務員保護のために床面を300mm高めた高運転台式とし[5]、運転席側の前後奥行き寸法も大きく取っている。左右の前面窓は日本国有鉄道(国鉄)153系クハ153形500番台と同様な曲面ガラスを使用したパノラミックウィンドウとして運転士の視界を拡大した[5]。灯具については2000系アルミ車のレイアウトを踏襲してシールドビーム2灯式の前照灯貫通扉上部に横並びで配し、標識灯を妻面左右窓上部端に設置する配置とした。また、車体窓下から裾部にかけての絞りがなく、車体裾部には丸みが付けられている。このようなデザインのため、外観の印象は同寸の曲面ガラスを使用する国鉄153系113系などとは大きく異なっている。

戸袋窓は新製車については運転台直後の1枚を除き省略されており、側窓はアルミ合金製の3連ユニット窓を基本とするが、2000系アルミ車の設計を継承したアルミ製車体を備える第1次車と第2次車の3500・3501のみは各窓が独立した上段下降・下段上昇式のユニットサッシとなっている。

車内では、座席に270形以来の実績がある低座面のロングシートが設置されており、特急運用への充当にも配慮されているが、同時に袖仕切り部のパイプが荷棚まで立ち上がり、また荷棚にも握り棒となるバーが追加されるなど、ラッシュ対策も強く意識した構成となっている。第1次車と第2次車の3500・3501については握り棒のデザインが異なり、また蛍光灯にカバーが装着され、運転台直後にも2人掛けのロングシートが設置されていたが、これらは第2次車以降いずれも廃止されている。非冷房で登場した車両は、当初は扇風機を天井に設置していたが、冷房化の際に撤去されている。

構造面では、第1次車と第2次車の3500・3501が2000系アルミ車の改良発展型に当たるアルミ合金製車体を備えていたが、以後の増備では製造コストを最重要視して普通鋼製車体が採用されている。その後1981年製造の3066・3067[6]からは再びアルミ合金製車体を採用し、新たに川崎重工業が開発したアルミ合金大型押出し型材の自動溶接工法により製造されている。

主要機器[編集]

主制御器[編集]

1基で2両分8基の主電動機を制御する1C8M方式の川崎電機製造/富士電機[7]KMC-201(直列11段、並列9段、弱め界磁4段)主制御器をM車に搭載する。

第二次世界大戦後の国鉄モハ63形導入に伴う規格統一以降、山陽電鉄が全線直流1,500V電化となっていたのに対し、1950年代中盤の神戸高速鉄道建設計画が具体化し始めた段階においては、乗り入れ先となる阪神電気鉄道と阪急電鉄の両社線の架線電圧は、山陽電鉄線よりも低い直流600V電化となっていた。そのため、この時期に設計製造された2000系では、直流1,500V区間で2両の電動車の主制御器を直列接続して同期動作させる親子方式を採用、2両の主制御器を直並列切り替えすることで直流600V区間への直通運転を可能とする設計(複電圧車)となっていた。だが、この方式は山陽電鉄線内のみで使用するには複雑に過ぎ、保守上も2基の主制御器を同調動作させるためにそれぞれの個体差を調整して動作タイミングを揃える必要があるなど、さまざまな問題を抱えていた。

しかも、阪神・阪急の両社線については乗り入れ開始までに架線電圧を直流1,500Vに昇圧することが決定されたことで、2000系で採用されたこの複雑な複電圧機構は不要のものとなった。そのため、本系列は主回路を直流1,500V専用として設計され、加えて電動車 (M) に2基のパンタグラフと主制御器を、制御電動車 (M'c) に各種補機を、それぞれ集約分散搭載する1C8M制御方式とすることで機器製作コストや保守コストの大幅な低減と軽量化を実現している。

主電動機[編集]

従来、山陽電鉄線では軌道法に基づく併用軌道区間が存在したことから、編成長に制約[8]が存在していた。神戸高速鉄道乗り入れにより併用軌道が廃止され、制約が解消されることから4両編成での運行が計画された。このため、MT比1:1で山陽電鉄線内での特急運用における高速性能と乗り入れ先の阪神・阪急線内での高加減速性能の両立を図り、かつ変電所の負担増を最小限に抑制すべく、メーカーである三菱電機の推奨に従い主電動機として当時同じ1,435mm軌間の近畿日本鉄道(近鉄)の大阪線奈良線特急車や通勤車に使用実績を重ねていたMB-3020系電動機[9]が採用された。駆動装置は2000系と同様、WNドライブを採用している。

台車[編集]

第1次車では2000系の設計を踏襲し、軸梁式金属ばね台車OK-25B(電動車)・OK-21D(制御車)を採用した[10]

これに対し、神戸高速鉄道開業に対応する量産車となった第2次車[11]ではウィングばね式金属ばね台車であるKW-1(電動車)・2(制御車・付随車)が新たに設計され、この系統の台車は3050系第2次車まで採用された[12]

1973年の3050系第3次車では、2000系2010F以来となるウィングばね式ダイレクトマウント空気ばね台車のKW-15・KW-16が採用され、以後、3050系についてはオイルショックの影響による増備中断を挟んで、KW-15・KW-16のブレーキ系を通常仕様に変更したKW-27・KW-28、円筒案内式ダイレクトマウント空気ばね台車のKW-35・KW-36Aと製造時点で採用可能な設計の空気ばね台車を装着し、竣工している。

パンタグラフ[編集]

3000形および3200形については従来形式と同様のPK-55菱形パンタグラフが2基ずつ中間電動車に搭載されているが、3050形と3100形については集約分散式冷房装置の搭載スペースを捻出するため、投影面積の小さなPK-57下枠交差式パンタグラフ[13]が各2基ずつ中間電動車に搭載されている。

ブレーキ[編集]

2000系までのARSE-D発電制動付き電磁自動空気ブレーキに代えて、セルフラップ弁の採用で応答性が良く、発電ブレーキをブレーキ弁側で指令可能で操作も良好な三菱電機HSC-D発電制動付き電磁直通ブレーキ(応荷重装置付き)が採用された。

系列別概説[編集]

3000系[編集]

1次車[編集]

3000系1次車オールアルミ車(2006年3月28日、山陽垂水駅
前面の帯が登場時の姿に復刻された3000F(2015年12月 山陽垂水駅)

2000系2012Fの使用実績を受けて、以下の6両が製造された。全車ともアルミニウム合金製車体を備える。

  • 1964年12月24日竣工
    • 3000形3000
    • 3000形3001
    • 3600形3600
  • 1965年1月23日竣工
    • 3000形3002
    • 3000形3003
    • 3600形3601

設計面では2012Fのアルミ合金製車体を踏襲するが、耐摩耗性などの問題から貫通路の桟板など摩耗の多い部品についてはアルミ合金製部品の採用を取りやめてステンレスなどに変更し、骨組など主要部材の接合についても、2012Fでは強度面の不安などからリベット接合による部分が存在したのに対して溶接が採用されるようになるなど、2年間のアルミ合金製車両の設計製造技術の進歩や運用経験を反映した改良が施されている。

他方、2012Fの設計をそのまま踏襲した部分も多く存在しており、側窓は同編成と共通の800mm幅2段上昇式ユニット窓を1組ずつ独立して配置するレイアウトを採用し、前照灯ケースも同様に2012Fのそれを踏襲した寸法・形状となっている。

また、車体表面の処理も2012Fに準じて全面電動サンダー仕上げを施した後、腰板部に鱗状の紋付け処理を行い、指紋防止のためのクリアラッカー塗装を行っている。なお、装飾として運転台妻面を含む腰板の上下に細い赤帯を配するが、これは青色の車両番号表記とともにエナルマイト処理によって着色されている。

オールアルミ合金製という技術が評価され、1965年6月に鉄道友の会からローレル賞が贈られた。

溶接欠陥の評価が難しいアルミ製車体であるため、長らく冷房化対象から外されていたが、1989年の2次車3500・3501での試作的改造を経て、翌1990年に6両ともCU-71S集中式冷房装置を搭載して冷房化が実施されている[14]

2次車[編集]

3000系2次車 3602(1987年、須磨浦公園駅

1968年の神戸高速鉄道東西線乗り入れに備え1967年から1968年にかけて、以下の31両が製造された。

  • 1967年4月7日竣工
    • 3000形3004・3006・3008
    • 3000形3005・3007・3009
    • 3600形3602 - 3604
  • 1967年9月20日竣工
    • 3000形3010
    • 3000形3011
    • 3600形3605
  • 1967年10月12日竣工
    • 3000形3012・3014
    • 3000形3013・3015
    • 3600形3606・3607
  • 1968年1月8日竣工
    • 3000形3016
    • 3000形3017
    • 3600形3608
  • 1968年1月18日竣工
    • 3000形3018
    • 3000形3019
    • 3600形3609
  • 1968年3月7日竣工
    • 3000形3020
    • 3000形3021
    • 3600形3610
    • 3500形3500 - 3505

1次車への増結用付随車として、それらと同一構造として製造された3500と3501[15][16]を除き、製造費が安価な普通鋼製となっている[17]

普通鋼製車については、設計当時こちらも神戸高速鉄道への乗り入れ対応として車体更新が急ピッチで進められていた2700系の設計が踏襲されている。大量増備に伴い低コスト化が特に強く要請されたため、側窓ユニットサッシを隣接する2枚ないしは3枚単位で一体とした連窓構造とし、車内の装具や荷物棚・スタンションポールなども近代的ながらシンプルな形状のものに変更されるなど、製造・保守コストの低減に努めた設計とされている。

主要機器については基本的に1次車のそれを踏襲するが、台車についてはコストダウンが優先された結果簡素なウィングばね式の川崎車輛KW-1 (M・M'c) ・2 (Tc) ・2A (T) に変更されている。

行先表示器や車外スピーカーは1次車ともども1969年以降3次車の増備に合わせて設置されたが、前面貫通扉の列車種別・行先表示器は他の機器と干渉するため、一段張り出した箱に収められる形状となっている[18][19]。外観上は前述の通り側窓のレイアウトが変更され、また塗装が当時の標準色であったネイビーブルーとクリームイエローの2色塗り分けとされ、ヘッドライトベゼルの上の角が丸くなった点で1次車と相違する。

3次車[編集]

3000系 3次車 3024(2011年6月山陽姫路駅にて)

神戸高速鉄道開業に伴う旅客増で、特急・急行の4両編成化や列車運用の増加に対応すべく以下の25両が製造された。

  • 1968年12月26日竣工
    • 3600形3612 - 3615
  • 1968年12月27日竣工
    • 3600形3611
  • 1969年3月26日竣工
    • 3000形3022・3024・3026
    • 3000形3023・3025・3027
    • 3600形3616 - 3618
  • 1969年11月8日竣工
    • 3000形3028・3030・3032
    • 3000形3029・3031・3033
    • 3600形3619・3620
  • 1970年10月1日竣工
    • 3000形3034・3036
    • 3000形3035・3037
    • 3600形3621
  • 1971年5月1日竣工
    • 3600形3622
  • 1971年5月4日竣工
    • 3500形3506 - 3508

これらは基本的には2次車の設計を踏襲するが、製造時より列車種別・行先表示器と各車片側面あたり2か所ずつの車外スピーカーが設置された[20]ほか、床面高さが若干上がったことから、前面下部の処置が若干異なっており、パンタグラフ部が110mm下げられた低屋根構造とされたのが大きな違いとなっている。

なお、本グループでは制御車が先行製造されてやや変則的な増備スケジュールとなっているが、これは乗り入れ運用の都合で2次車3両編成の4両編成化を優先する必要があったことと、後述する2000系の電装解除による3550形への改造、およびそこで捻出された電装品の流用による3200系新造が既に計画されていたことによるものである。

3050系[編集]

山陽電気鉄道3050系電車
3050系普通鋼製車(2007年10月、舞子公園駅)
3050系普通鋼製車
(2007年10月、舞子公園駅
基本情報
運用者 山陽電気鉄道
製造所 川崎重工業
製造年 1972年 - 1985年
主要諸元
編成 3・4両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
(架空電車線方式) 
最高速度 110 km/h
起動加速度 2.4 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
車体材質 アルミニウム合金
普通鋼
主電動機 直流直巻自己通風形
MB-3020S
主電動機出力 125kw
駆動方式 WNドライブ
制御方式 直並列界磁制御(抵抗制御)総括制御方式発電制動応荷重ブレーキ付き
テンプレートを表示

3000系の増備過程で、1972年の新造車からは冷房装置を装備しての導入となった。一部の機器構成や車体構造が変更となったことなどから形式番号は電動車は50番台以降、付随車・制御車については30番台以降とされ、このグループは「3050系」として別系列扱いとなった。

制御器はKMC-201、電動機はMB-3020S、歯数比は82:15という基本的な機器仕様については3000系と同様である。

最大の変更点は、三菱電機CU-17集約分散式冷房装置を各車両に4基搭載したことと、それに伴い車内天井部に風洞を設置して天井を平面構造としたことで、M'c車に4両分の給電能力を有する120kVAの電動発電機 (MG) を搭載したほか、制御車には予備として従来と同様の6kVA級MG[21]を搭載した。屋根上に大きな投影面積を必要とする集約分散式冷房装置を搭載したことに伴い、通常の菱形パンタグラフを設置できない状況でも設置が可能な、投影面積の小さな下枠交差式パンタグラフであるPK-57を2基、電動車に搭載する。電動空気圧縮機 (CP) は3000系と同様、制御電動車にC-1000が2基搭載されている。前面の意匠は3000系に準じているが、幌枠が若干太くなり、釣り金具がなくなっているという相違点がある[22]

1972年に4両編成が1編成 (3050F) 、1973年に同じく4両編成が4編成 (3052F - 3058F) 、それぞれ導入された。3050Fは試作冷房車のような存在で、この編成のみ一部の冷房吹き出し口の周囲に金属板を装着しており、天井を見ると判別が容易である。3052F以降は車内の車両番号プレートの配色が変更され、それまでは白地に青文字であったが[23]、3052Fからは緑地に白文字という配色になり、以後5000系にも受け継がれた。

1973年11月竣工の3056F以降は台車を空気ばね式でブレーキシリンダーを新開発のダイアフラム式に変更したKW-15・KW-16に変更され、CPについても空気ばねに対する空気圧供給の必要性から、容量増を図って大容量のHB-2000をTcとMcに各1基ずつ搭載するように改められた。3056・3633以降は前照灯ケースが小型化され、2つの電球の設置間隔が狭くなったのがそれ以前の各車との外見上の相違点である。

その後、オイルショックの影響で1950年代以来続いていた乗客増が止まったことから車両増備が数年間途絶えた。景気が回復し始めた1977年以降、在来車の老朽化の進行もあって毎年1本ずつ増備が再開されたが、この時の増備車 (3060F - 3064F) は4両編成増備の需要がなく、車体の老朽化が特に深刻であった820形の置換えと特急用編成の冷房化促進を図る目的で3両編成で新造された[24]。この新造編成3本には、3000系3次車4両編成3本から付随車サハ3500形3両 (3505 - 3507) を外して冷房化改造の上で組み込み[24][25]、4両編成として特急運用に充当され、3両編成化された3000系が820形等の置換えに充てられた。3062F以降では、台車がKW-15・KW-16と同系ながら通常のブレーキシリンダー装備とした空気ばね式ウィングばね台車のKW-27・KW-28に変更された。 3060F・3062Fの妻面貫通扉は1次車・2次車の3500・3501と同様の下半分が化粧板付き上半分が銀無地となったが、ノブを傾けずに開閉できるように改良された[26]

3060Fは、前面窓・行先表示器・戸袋窓・妻面貫通扉の窓ガラスを黒色Hゴムで支持するという独特の外観であったが、3635は踏切事故の修復時に他車と同様に灰色Hゴム支持に変更され、のちに3060の前面窓も2002年に灰色Hゴム支持に変更された。そのあと3060の乗務員室後方の戸袋窓のHゴムもグレーに変更されたものの、妻面の貫通扉・戸袋窓、側面の方向幕と3635の乗務員室後方の戸袋窓は黒Hゴム支持のままであったが、後述のリニューアル工事に伴いすべてのHゴムが灰色になった。

3000系列で3058Fまでの妻面貫通扉は下半分が化粧板が付き上半分はクリーム色に塗装されているだけ(1次車・2次車の3500と3501・3050系の3060F・3062Fは金属むき出し)で、ガラスはHゴム支持であったが3064F以降の妻面貫通扉は全面化粧板張りとされ、Hゴム支持も廃された。

3050系アルミ車。鋼製車と同様に塗装されているが、側面ユニット窓の外枠で識別可能(2007年9月、高速神戸駅)

1981年3月に製造された3066Fの電動車ユニット(3066・3067)は、川崎重工業による新工法のアルミ車体試作車となった。

この工法は多少の自重増を忍んでこの時期に実用化が進んでいた大形薄肉中空押し出し型材を積極的に採用し、これを自動溶接することで工数を激減、材料となるアルミニウム合金の高価さ[27]故にアルミ車製造の上でネックとなっていたイニシャルコストの低減[28]を図るものである。この工法においては床下機器のつり下げレールも一体で成型されるなど、艤装・保守面でのメリットも多い。また多少の自重増はあるといっても鋼製車と比較して公称4.5tの自重減となって電力消費の削減に大きな効果があり、さらに塗装費の節減も見込まれたことから、本系列1次車でアルミ車のメリットを知悉していた山陽電鉄首脳陣はこの新工法採用を決定したものであった。

もっとも、この新工法の第1陣となった3066FではTcの3638については従来通りの鋼製車体で製造され、さらに当初は4両編成化のためにTに冷房化改造を施工した3508を組み込んでおり[29]、アルミ車体の電動車ユニットも鋼製車と同様の塗装が施されている。

また、この3066・3067では新設計は車体のみにとどまらず、台車についても新設計の円筒案内式ダイレクトマウント空気ばね台車のKW-35となっており、普通鋼車体とされた3638についてもこれと同系のKW-36が採用されて乗り心地の改善が図られている。

3066以降の新工法アルミ車では、それまでメラミン樹脂化粧板を使用していた内装をFRP樹脂一体成型品へ変更することで、工法の簡易化を図った上で外観上も明るくすっきりした近代的な印象を持たせた。また、これらでは内装をFRP一体成形としたこともあってユニット窓の車内からの取り付け・取り外しが困難であり、保守上の都合から側窓と連結面の妻窓についてはユニット窓を車体外部からボルトオンする設計となっている。このため、車体を塗装されている3066Fでもアルミ製の各車はユニット窓の外枠が露出しているため、識別が容易に行える。

1981年6月に製造された3068Fでは1編成4両全車が新工法によるアルミ車体となった。本編成からは、アルミ車体の表地をヘアライン仕上げの無塗装とし、側面窓下には幅100mmの赤帯を入れ、正面には警戒色として左右窓下に太い赤帯を入れた。客用扉と正面貫通扉はステンレス製の無塗装とした。

制御車および付随車の台車は車体が軽いアルミ車用としてばね定数や強度設計の見直しが行われ、KW-36Aとなった。なお、3058Fの3534以来久々の新造となった3530形については3630形に合わせて車両番号が3539から付与されており、後に追加新造された3538を除く3535 - 3537については欠番となっている。

3642 (3074F) (2013年5月、山陽姫路駅) 3075 (3074F) 車内(2013年5月、大塩駅停車中)
3642 (3074F)
(2013年5月、山陽姫路駅)
3075 (3074F) 車内
(2013年5月、大塩駅停車中)

その後は全車無塗装アルミ車体での増備となり、1982年から1984年にかけて4両編成3本 (3070F - 3074F) と付随車1両 (3538) が製造された。3538は3066Fに組み込まれていた3508を置き換えるための車両で、3066・3067と同様に鋼製車と同様の塗装が施されている。

3070Fからは乗務員室と客室間の仕切り扉のガラスがHゴム押さえから金属支持に変更された。

1985年には3両編成2本(3076F・3078F)が製造された。なお、3076F・3078Fの2本については前面貫通扉と乗務員室扉が従来のステンレス製からアルミ製に変更されている。 当初より優先座席のモケットの色分けがされていた。

なお、3074F・3076F・3078Fの3編成については、一時期5000系6両編成の予備車として指定されていたため[30]、5000系1次車の座席の転換クロスシートへの交換で捻出された固定クロスシートを流用し、客用扉間の座席をこれに交換しているが、捻出した座席数の関係上、中扉の周辺はロングシートで名鉄6500系に似た座席配置になっている。3074Fは4両で落成したため、3542を編成から抜いた上でこの改造が施された[31]。2001年3月のダイヤ改正以降は、5000系5000Fと5002Fを5000系6両編成の予備車としているため、3050系の予備運用は廃止され、2011年現在は座席交換されていないTが増結されて4両編成を組成している。3074Fは製造当初の編成に戻されただけであるが、3076F・3078Fは3000系2次車の3500・3501が組まれているため、窓配置などが異なる。

3100形[編集]

3100形神戸方先頭車3100(2016年11月、山陽須磨駅) 3100形のアルミ無塗装車体に似せて灰色に塗られた姫路方先頭車3619(2007年10月、舞子公園駅)
3100形神戸方先頭車3100(2016年11月、山陽須磨駅)
3100形のアルミ無塗装車体に似せて灰色に塗られた姫路方先頭車3619(2007年10月、舞子公園駅)

将来、ラッシュ時に3000系4両編成へ増結して6両編成化を行うことを想定して製造された、3050系の派生形となるアルミ製車両である。3072Fと同時期の製造であり、増解結時の作業の簡略化のために3101の姫路方に簡易運転台の設置準備工事を実施、電気連結器付き密着式連結器を採用、さらに補助電源装置にMGに代えて山陽では初採用となる大容量GTOサイリスタによる静止形インバータが搭載された以外は3050系新工法アルミ車に準じた設計である。

当面は増結運用の予定がなかったため、暫定的に当時予備車となっていた鋼製先頭車である3619の塗装をアルミ車に似せた明灰色に朱帯としたほか、乗降扉もアルミ車とあわせたステンレス無地ものに変更し、神戸方連結器を電気連結器付き密着連結器に交換の上で連結して3両編成で運行を開始した。

もっとも、その後の計画変更により2両単位での増結運用の計画は消滅し、製造も3100・3101の1ユニット2両のみで打ち切られた。特急の長編成化も6両固定編成あるいは3両編成2組の併結として対処することとなり、また阪神への乗り入れ仕様の関係から3000系6両編成は運用上のネックとなることもあり、2016年現在もなお3619との3両編成を組み続けている。しかし、2002年に3070Fが踏切事故で離脱した際には、急遽3074Fの中間車3542を組み込んで、4連で運転されたこともある。

その後、電気連結器付き密着連結器が撤去され、3000系1次車からの発生品であるOK-25を装着していた3619の台車を3618[32]のKW-2と振り替えた上で、3006Fをのぞく3000系3両編成[33]と共通の運用に充当されている。

3200形[編集]

山陽電気鉄道3200形電車
3200系(手柄駅)
3200系(手柄駅
基本情報
運用者 山陽電気鉄道
製造所 川崎重工業
導入年 1969年 - 1970年(新造)
1990年、1998年(編入)
主要諸元
編成 3両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
(架空電車線方式) 
最高速度 100 km/h
起動加速度 2.4 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
車体材質 普通鋼
主電動機 直流直巻自己通風形 MB-3037
主電動機出力 110 kW
駆動方式 WNドライブ
歯車比 4.39=79/18
制御方式 直並列界磁制御(抵抗制御)総括制御方式発電制動応荷重ブレーキ付き
制御装置 KMC-201
テンプレートを表示

2000系の主電動機であるMB-3037[34]を流用した車両群で、車体は同時期製造の3000系と同一である。この主電動機は、3000系のMB-3020Sと比較して低回転・高トルク特性で、定格出力は1ランク落ちる。駆動装置の歯数比も2000系と同じ4.39 (79:18) であり、走行性能は2000系と同等である[35]。編成は電動車2両1ユニットに制御車を連結した3両編成のみとなっている。

本形式は当初より3200形として新造されたグループと、当初3000形として竣工し、その後主電動機換装で3200形に編入されたグループに大別される。

なお、本形式の制御電動車および本形式と編成を組む3600形は、網干線ワンマン運転化の際に改造され、乗務員の視界確保のために運転席寄りの窓ガラスが大型の一体成形曲面ガラスへ交換され、隅部の曲面ガラスと平面ガラスを継ぐ縦桟がない構造に変更されている[36]

1969年から1970年にかけて新造された車両[編集]

1969年から1970年にかけて、3000系3次車と同一設計の車体に、3550形化された2000系から発生した主電動機(三菱電機MB-3037:定格出力110kW)および駆動装置を組み合わせて新造したもので、3200 - 3205の6両がこれに該当する。パンタグラフ部が低屋根構造となっている。

制御車として3600形3620 - 3622を新造し、これらを組み合わせて運用されている。

1990年に編入された車両[編集]

3000形の主電動機を従来のMB-3020S4から、1990年の2000系の廃車により捻出されたMB-3037へ取り替え、本系列に編入したもの。駆動装置も2000系同等品に交換されている。3206 - 3209(旧3034 - 3037)の4両である。なお、この改造に伴って捻出されたMB-3020S4とその駆動装置は5000系新造車に流用されている。車内の車番プレートは、もともと白地に青文字だったが、編入改造時に緑地に白文字に変更されている。

1998年に編入された車両[編集]

3000形の主電動機と駆動装置を、1998年の2300系の電装解除・3550形への改造編入により捻出されたMB-3037[37]とその駆動装置へ取り替えて本系列に編入したもの。3210・3211(旧3010・3011)の2両である。なお、種車が3000系2次車で前面の列車種別・行先表示器が後日追加設置されたものであったため、貫通扉から飛び出した箱に収められていた。 また、パンタグラフ周りの屋根が低屋根になっていない3200系はこの編成のみである。

3550形[編集]

3000系の4両編成化のため、2000系と2300系を電装解除の上で改造編入した車両である。なお、2300系からの編入車は車番を3560番台とされたが、形式は同じ3550形となっている[38]

  • 2000系からの改造編入車[39]
    • 3551・3552・3554・3555・3557・3558
      • 2000形 (Mc) を改造したグループ。旧番号は順に2004・2005・2006・2007・2002・2003。神戸方Mcであった2002・2004・2006と姫路方Mcであった2003・2005・2007を種車とするため、各グループで旧運転台室跡である小窓部分の位置が異なっており、窓配置は1 1 (1) D2 (1) D3D (1) 2あるいは2 (1) D3D (1) 2D (1) 1 1。台車は軸梁式のOK-15であったが、後に廃車発生品のOK-21Cへ交換した例も存在する。
    • 3550・3553・3556
      • 2500形 (T) を改造したグループ。旧番号は順に2503・2502・2504[40]。窓配置は2 (1) D2 (1) D3D (1) 2あるいは2 (1) D3D (1) 2D (1) 2。台車は軸梁式のOK-21であるが、廃車発生品のOK-25へ交換した例が存在する。
なお、種車は2扉セミクロスシート車であったことから、電装解除、3扉ロングシート化、2000形運転台寄り妻面への貫通路設置、既存貫通路の狭幅化、連結器の棒連結器への交換[41]、車内放送設備や側面への電動式行先表示器の設置、それにブレーキ装置のARSE電磁自動直通ブレーキからHSC電磁直通ブレーキへの交換など編入時に大改造が実施されている。さらに3553 - 3558については1979年以降組み込み先編成の各車とともに冷房化工事が実施され、各車とも構体を補強の上でCU17ユニットクーラー4基を屋根上に搭載し、車内天井部に風洞を設置するという大改造を再び施工されている。
  • 2300系からの改造編入車[38][42]
    • 3560・3561
      • 2300形 (M'c) を電装解除した。旧番号は順に2300・2302。窓配置は乗務員扉 (d) を固定状態で残したままのd1D (1) 2 (1) D3 (1) D2あるいは2D (1) 2 (1) D3 (1) D1。台車はKW-1Bを電装解除したKW-2B。
    • 3562・3563
      • 2300形 (M) を電装解除した。旧番号は順に2301・2303。窓配置は1 1D (1) 2 (1) D3 (1) D2あるいは2D (1) 2 (1) D3 (1) D1 1。台車はKW-2B。
    • 3564・3565
      • 2600形を改造した。旧番号は順に2600・2601。窓配置は乗務員扉 (d) を固定状態で残したままのd1D (1) 2 (1) D3 (1) D2あるいは2D (1) 2 (1) D3 (1) D1d。台車は種車のままのKW-4。
    2300系については改造時点で既にCU71S集中式冷房装置を搭載して冷房化されていたため、改造は電装解除と運転台の機器撤去程度にとどめられた。

これらは2003年以降、4連運用の大幅な削減によりすべて編成から外れ、2004年末までに全車廃車となった[43]

3550は1990年に救援車1500に改造されたが[44]、その後2010年に廃車となっている。

2000系からの改造編入車については2000系の、2300系からの改造編入車については2300系の項をそれぞれ参照のこと。

冷房化[編集]

非冷房で製造された車両については、旅客サービス改善のため冷房化改造が施工された。まず1979年(昭和54年)以降、特急列車の全冷房化を目的に4両編成を対象として工事が始められ、パンタグラフ付電動車は容量36,000kcal/hの集中式冷房装置1基を、その他の車種は容量8,500kcal/hの集約分散式冷房装置4基を屋根上に搭載する方法により、1983年(昭和58年)までに3000系3次車について改造を完了した[45]。以後は施工対象を3200形など普通列車用の3両編成にも拡大している[46]。このときの冷房装置の形式は、集約分散式がCU-17、集中式がCU-73であり[44]、電源として容量110kVAの交流電動発電機が制御電動車に搭載された[47]

その後の施工では1987年(昭和62年)から仕様が変更され、集約分散式をやめ各車種とも集中式冷房装置1基搭載となり[48]、冷房装置の形式もCU-71Sとなっている[49]。電源装置も、交流電動発電機から120kVA静止型インバータに変更となり、更に、最後に冷房化改造が行われた1次車2編成では冷房電源装置の搭載位置も制御車3600形に変更された[44]。また、この時期に冷房改造を受けた一部の車両は、片側の妻面窓を2段窓から1枚固定窓に変更する工事も同時に施工されている。

1990年(平成2年)までに全車の冷房化を完了した[44]

なお、冷房化の際、引通し回路の改修も併せて行われ、改造前は各車浜(海)側に制御回路用として丸型断面のジャンパ連結器を3基配置していたが、改造後は3050系と同様に多芯化(96芯)した矩形断面のジャンパ連結器1基にまとめられている。一部の編成では先頭車前面のジャンパ連結器・空気管を撤去している。

阪神・淡路大震災[編集]

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、発生当時3050系3070F4連が高速神戸駅に停車中で、大きな被害はなかったものの神戸高速東西線大開駅付近が崩壊し不通となったことから、同編成は不通区間の東側に取り残されてしまうこととなった[50]。また、上り普通列車として板宿駅 - 西代駅間を走行中だった3000系3026F4連は、停電のため駅間に停止したが付近の地震動の揺れは大きく、激しく揺さぶられたため台車のオイルダンパ多数が破損し、床下機器の一部にも損傷を受けていた[50]

3026Fについては、2月2日に保線用モーターカーで牽引し、東須磨車庫に収容された[50]。3070Fは、2月6日以降、同様に神戸高速線側に孤立した5000系5018F[51]、5022F[52]阪神電鉄5131形2編成とともに再開した新開地駅 - 阪神三宮駅間の運行に使用されることとなった。孤立区間の山陽車3編成の列車検査は高速神戸で、月検査は新開地駅 - 高速神戸駅間の上り線に新設された簡易ピットで終電後の深夜に、それぞれ実施された[50]。乗務員、検車係員の派遣や交換部品の補給にも困難を伴いながらの対応となった[50][53]

その後、運行区間の東限は、2月20日岩屋駅3月1日西灘駅6月26日には大石駅まで延伸し、阪急六甲駅への乗入れも再開されたものの、神戸高速線大開駅付近の開通には8月13日までの期間を要したため、それまで山陽電鉄の3編成は車両基地に戻ることができず、約半年間にわたって孤立状態での運用が続けられた[50]

リニューアル[編集]

3000系リニューアル車(2007年8月、山陽明石駅)
リニューアル車の車内

 2004年12月に3210Fが本系列で初の車体更新を施工した。改造は阪神電気鉄道のグループ会社阪神車両メンテナンスで行われた[54]

 変更点は、前面列車種別・行先表示器箱の貫通扉への埋め込み[55]、連結面寄り車端部の側窓2枚分を1枚固定窓化[56]、サッシの黒色化、車椅子スペースの新設、転落防止幌の取り付け、客用扉の交換など多岐にわたり、新車並みのすっきりとした内装になった。車内の化粧板も白に変更され、リニューアル前に比べて明るい印象になった。また、これまで1両につき片側に3個ずつあった車側表示灯が2個に減っている(リニューアル前は連結部に近い窓の横に縦に2個並んでいた)。

 2本目となった3006Fからは、乗務員室と客室間の仕切り扉のガラスがHゴム支持から金属支持に変更されている。

 2008年に出場した3058Fからはテールライト・標識灯のLED[57]や車外スピーカーの小型化などのマイナーチェンジが施された。また、既にリニューアル済みの車両も後の定期検査でそれの追加改造が行われた。

 このほか3012Fからは前面行先表示器が手動式から電動式に変更されている。

 2013年2月に営業運転を開始した3060F以降のリニューアル編成は、車内照明灯が蛍光灯からLEDに交換されている。またその次の3064F、3062Fにおいては神戸方先頭の3064、3062のコンプレッサーが更新された。

 リニューアルに関しては現時点で3050系3062Fが最新であるが、その一方で3000系3024F~3032F、3050系3050F~3054Fは手つかずのままである。

運用[編集]

ともに3両編成と4両編成の2種類があり、3両編成は普通(網干線のワンマン列車も含む)のみ、4両編成は普通とS特急で運用されている。運転区間は姫路駅 - 阪急神戸三宮駅・阪神神戸三宮駅(回送運転として阪神大石駅まで)間である。

4両編成は2001年に阪神電車との直通特急が運行されるまでは特急にも運用されていた。ただ、現在でも運行トラブル等で6両編成の車両が不足した場合は、車両交換の上で山陽線内-東須磨駅までの区間で「特急」の種別幕を表示して直通特急として代走することがある。

廃車[編集]

 2003年(平成15年)以降、4連運用の減少により付随車の廃車が進められており、3550形は2004年度(平成16年度)までに全車廃車され、形式消滅した[43][58]。その後2010年(平成22年)には3500形からも廃車が発生し、同年6月に3507・3508が廃車となっている[59]

 2016年からは新型車両6000系による置き換えが本格化し、編成単位として初めて3002Fと3022・3023・3616の計6両が運用を離脱、倉庫に転用となった3003と入れ替えられた2506と共に2017年1月下旬に解体工場へ運ばれた。これは山陽初となるアルミカー解体であり、また最後のステンレスカー解体となった。 その後、3032Fの3032・3033と、元3022Fの3502・3611で4連を組成し、4月より新3032Fとして運用に就いている。

また、3004Fと3200系3200Fが、2017年5月17日~31日の間引退記念ヘッドマークを取り付けて運行し[60]、5月31日付けで運行を終了し休車となった。

今後[編集]

3000系第1次車の竣工から50年以上が経過し、老朽化が進行しているため、その代替として2016年4月27日、新型車両6000系が営業運転を開始した[61][62]。6000系は続々と増備中である。 また3030Fが3連化されており、6000系を2編成繋いで6両の直通特急運用をする際には、4連の中間車を1両抜いて3連とし、予備車を確保するものと思われる。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ ただし、本形式に代えて3000系のサハ3500形(冷房改造車)を連結した編成が存在する。
  2. ^ 5000系6両編成と動力車・非動力車の配置は同じである。
  3. ^ 後に同じく3両編成であった3074Fも追加で指定。これらは扉間のロングシートを5000系の座席交換で捻出された固定クロスシートに交換するなど、極力5000系に準じた接客設備となるよう整備された。
  4. ^ 例外として、1965年1月26日に西代車庫から飾磨車庫まで、メーカーである川崎車輛によるアルミ製車両宣伝映画撮影のため、新造直後の3000系1次車を2編成連ねた6両編成が特別に運転されたことがある。
  5. ^ a b 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 pp.56-57
  6. ^ 川崎重工業のアルミ合金大型押出し型材の自動溶接工法の試験車となった。
  7. ^ 本系列第1次車竣工の時点では1959年に川崎重工業から分社した川崎電機製造が2000系のKMC-101に引き続き、本系列の制御器を担当していたが、同社は1968年に富士電機に吸収合併され、KMC-201の製作納入事業は同社に承継された。
  8. ^ 元々軌道法では1列車の編成長は30m以内と定められており、18m級車の3両編成化でさえ、監督官庁の特認までに長期間を費やす必要があった。このため、併用軌道が存在する状況のままでの4両編成化は事実上不可能であった。
  9. ^ 端子電圧340V時1時間定格出力125kW。山陽向けはサフィックスとして末尾にSが付与され、ねじのISOねじ化などの改良・仕様変更ごとにS1・S2・S3・S4とその後ろに数字が付加して区分される。なお、現行モデルはMB-3020S4であり、高速運転への対応として最弱界磁率が35%まで拡大された。
  10. ^ 双方ともに後年ウィングばね式金属ばね台車のKW-1A・KW-2Aに交換された。
  11. ^ アルミ車体のため鋼製車用から最大荷重を引き下げた、専用設計のKW-2A付きで新造され、3600・3601のOK-21Dと振り替えた3500・3501を除く。
  12. ^ 3050系では冷房装備に伴う軸重増大に対応したKW-3・KW-4となった。また、3200系については主電動機支持架をMB-3037対応としたKW-1Bが採用されている。さらに3600形のうち当初4両編成化に伴う中間車代用として製造された3619 - 3622の4両については、第1次車の台車交換で発生した余剰のOK-25Bが転用され、装着されていた。なお、3619 - 3622は普通鋼製車体であるが、自重の軽い制御車であるため、アルミ製電動車用のOK-25Bがほぼそのまま転用可能であった。
  13. ^ 後にすべてPK-60に変更された。
  14. ^ この際、Tcに120kVAの静止形インバータを搭載して冷房電源とし、前面窓下の色帯を撤去して3050系アルミ車に準じた、着色フィルムによる太い色帯を貼付している。同時に車両番号表記を帯と車掌台寄りの手摺の間に移動。それまでは帯の下に表記していた。
  15. ^ 内装構成は2次車に準拠しているため、肘置きなどの形状が1次車と異なっている
  16. ^ ただし後年、これら2両は1989年にアルミ車体の冷房化改造試作の意味合いを込めて三菱電機CU-71S集中式冷房装置を搭載して3076F・3078Fへ組み込み先が変更され、さらに3060F・3062Fへ一時組み込まれた後、再度3000F・3002Fへ戻され、そのあと再び3076F・3078Fに組み込まれ現在に至る。この関係でこれら2両はエナルマイト処理による色帯を撤去して塗装→塗装剥離と着色フィルムによる色帯再貼付→下帯を車体色に似た色に変更し妻面の帯を撤去という過程を経ており、1次車とは外観が異なったものとなっている。
  17. ^ 当時アルミ車体製造のコストが高価であったこと、および神戸高速鉄道への乗り入れに際して短期間に30両以上の増備が急務となったことによる。なお、従来の山陽電鉄では年平均4両程度のペースで車両新製が実施されており、車体更新車をあわせても、単年度予算で一度に31両もの新造車を投入した例は他にない。
  18. ^ 種別・行先表示器が設置されるまでは先頭車の貫通扉に車両番号が表記されていた。
  19. ^ 側面行先表示器については、前面行先表示器よりも遅れて設置された。
  20. ^ ただし、当グループのクハ3600形については、1968年製造分には、側面のサボ受けが従来通り取り付けられていた。
  21. ^ これにより電動車のMGが故障停止となっても制御回路や車内灯の電力は供給可能となるため、運転そのものの続行が可能となる。
  22. ^ 3000系は登場初期は姫路方先頭車に常時前面につり幌式の貫通幌を装着していた(2014年現在、近畿地方でこのタイプの幌を前面に装着している現役の電車は京阪2600系0番台のみである)ため、その名残として2017年現在もリニューアルの有無にも関わらず幌つり金具が残っている。
  23. ^ ただし、3000Fは紺色、3050Fは文字が緑色であるなど極わずかながら違う色のものが存在する。
  24. ^ a b 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.72
  25. ^ このためこれら3編成では付随車のみ金属ばね台車装着となっている。
  26. ^ 2011年現在の当該編成に挿入されているサハは3000系3次車以前の物で妻面貫通扉はノブを傾けないと開閉できないが、一部の車両は後の定期検査時にノブを固定する改造を行った
  27. ^ 地金1tの精錬に約16,000kWhの電力を消費する。
  28. ^ 従来工法では20m級車で鋼製車に比較してオールステンレス車で8%、アルミ車で25%のコスト増になると概算されていた。ちなみに、アルミ車のコスト増は組み立て加工と材料の双方によるもので、材料費の低減が困難であるため、組み立てコストの低減が特に強く求められたものであった。
  29. ^ 1984年に3538を新工法アルミ車体で新造して置き換えた。
  30. ^ 予備運用時には3両編成を2本併結して運用されていた。併結時の先頭車同士の連結部は貫通幌を通して行き来できるようになっていたが、貫通幌は常に前面に装着しているわけではなく、必要なときに装着する形をとっていた。
  31. ^ このときに抜かれていた3542は一時的に3100系に組み込まれていた。
  32. ^ 3618は台車振り替えの時点でコンビを組む3036・3037が3200形に編入され、網干線ワンマン運用に充当されるようになっていた。
  33. ^ 3000系は本線専用だが、3006Fは網干線の運用も受け持っている
  34. ^ 端子電圧340V時1時間定格出力110kW。
  35. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 pp.80-83,p.135,p.138
  36. ^ 3006Fにも網干線で運行されることがあるため同様の改造が施されている。
  37. ^ 2300系は2700形からの改造時にMB-3020Sを新製して搭載したが、そのうち2300号・2301号の主電動機は1990年に2000系の廃車で捻出されたMB-3037へ交換されていた。
  38. ^ a b 「新車年鑑1998年版」pp.97-98
  39. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.29
  40. ^ 2500形は2000系の3両編成化時に編成中間に挿入され、また検査周期などの関係から必要に応じて適宜組み替えが実施されたため、2000形と2500形の番号の組み合わせには法則性は存在しない。そのため、3両編成単位で改造工事が施工された関係もあって、3550形の番号と形態、それに旧番号の間にも法則性が存在しない。
  41. ^ 本来、2000系では連結面間に三菱電機K-2-Bウェスティングハウス式電気連結器内蔵密着連結器を、運転台寄りには日本製鋼所NB-2密着自動連結器をそれぞれ搭載していた。
  42. ^ 「新車年鑑1999年版」p.104
  43. ^ a b 「鉄道車両年鑑2005年版」pp.109-110
  44. ^ a b c d 「私鉄車両めぐり (144) 山陽電気鉄道(補遺)」
  45. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.64
  46. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.49,p.80
  47. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 pp.130-131,136-137
  48. ^ 「新車年鑑1988年版」p.130
  49. ^ 「新車年鑑1988年版」p.224
  50. ^ a b c d e f 「阪神大震災 被災と復旧の記録 4 山陽電鉄」
  51. ^ 地震発生時、新開地に停車中で、大きな被害なし。
  52. ^ 地震発生時、上り阪急三宮行き特急列車として走行中、大開駅東側で一部車輪が脱線、全パンタグラフが破損し停止。1月25日に復線作業を行い、新開地駅に収容。2月3日-5日に同駅構内で臨時検査・パンタグラフ交換を実施。
  53. ^ 現地での車両保守のため検車係員の派遣が必要となったことに加え、当時、神戸高速線を介する相互直通運転では車両の所属社の乗務員が乗り入れ先区間でも乗務をすべて担当する体制を採っており、乗務員も現地に派遣される必要があった。
  54. ^ 業務の様子 阪神車両メンテナンス
  55. ^ 3000系2次車以前に由来する車両のみ施工。ただし3016Fは更新後2か月ほどの間は突き出たままであった。
  56. ^ これにより窓配置はM'cとTcの運転台寄り側面が1d (1) D3D3D1、車掌台寄り側面が1D3D3D1d、MとTが1D3D3D1となっている。
  57. ^ これはリニューアル未施工車にも順次施工され、2017年4月現在はすべての編成において標識灯の白色LED化が完了している
  58. ^ この廃車により、山陽電鉄の営業車両から片引き扉の車両は全廃となった(「鉄道車両年鑑2005年版」pp.109-110)。
  59. ^ 「鉄道車両年鑑2011年版」p.151・p.221
  60. ^ 「Last Run」ヘッドマーク掲出について - 山陽電気鉄道、2017年5月16日
  61. ^ 双葉社「都市鉄道完全ガイド 関西私鉄・地下鉄 キタ編」山陽電気鉄道記事内に掲載
  62. ^ http://www.sanyo-railway.co.jp/media/1432015565.pdf

参考文献[編集]

  • 山陽電鉄車両部・小川金治 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』、保育社、1983年6月
  • 企画 飯島巌 解説 藤井信夫 写真 小川金治『私鉄の車両 7 山陽電気鉄道』、保育社、1985年8月
  • 鉄道ピクトリアル』 No.528 1990年5月臨時増刊号 特集「山陽電気鉄道/神戸電鉄」、電気車研究会、1990年5月
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.711 2001年12月臨時増刊号 特集「山陽電気鉄道/神戸電鉄」、電気車研究会、2001年12月
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.496 1988年5月臨時増刊号 「新車年鑑1988年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.660 1998年10月臨時増刊号 「新車年鑑1998年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.676 1999年10月臨時増刊号 「新車年鑑1999年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.767 2005年10月臨時増刊号 「鉄道車両年鑑2005年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.855 2011年10月臨時増刊号 「鉄道車両年鑑2011年版」、電気車研究会
  • 堀田和弘「私鉄車両めぐり (144) 山陽電気鉄道(補遺)」(『鉄道ピクトリアル』 No.545 1991年7月号 pp.34 - 35, 63 - 69掲載)
  • 山陽電機鉄道(株)「阪神大震災 被災と復旧の記録 4 山陽電鉄」(『鉄道ファン』No.427 1996年11月号 pp.82 - 87掲載)