山陽電気鉄道3000系電車

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山陽電気鉄道3000系電車
3030編成による普通車(西新町駅)
3030編成による普通車(西新町駅)
基本情報
運用者 山陽電気鉄道
製造所 川崎車輛→川崎重工業
製造年 1964年 - 1971年
製造数 70両
主要諸元
編成 3両または4両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高速度 110 km/h
起動加速度 2.4 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
車体 アルミニウム合金
普通鋼
主電動機 直流直巻自己通風形
三菱電機MB-3020S
主電動機出力 125kW 340V 410A
駆動方式 WNドライブ
歯車比 5.47=82/15
制御方式 直並列界磁制御(抵抗制御)総括制御方式発電制動応荷重ブレーキ付き
制御装置 川崎電機製造富士電機KMC-201
制動装置 電磁直通式HSC-D
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第5回(1965年
ローレル賞受賞車両

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山陽電気鉄道3000系電車(さんようでんきてつどう3000けいでんしゃ)は、1964年から導入された山陽電気鉄道通勤形電車である。

神戸高速鉄道開業に伴う車両所要数の増大に対応して、3次に分けて1971年までに70両が製造された。

なお、1972年から1985年にかけて冷房装置を搭載して製造された改良系列の3050系や、この3050系を基本に当初6両編成化実現のための増結用として計画された3100系、3000系の車体に2000系由来の主電動機を組み合わせた3200系といった派生系列・形式各種についても、本項にて記述する。

山陽電気鉄道では車両の形式称号について書類上は「クモハ」や「モハ」などの車種を示す記号を用いているが、現車では車内を含め一切表記しておらず、また車両番号が重複しないよう同一数字を用いる形式では奇数・偶数で車種を分けて管理している。このため、本記事の以下の記述では、車種構成の項以外についてはこれらの記号を基本的に省略し、必要に応じて (M'c) や (M) などの略記号を付して解説する。また、本項では解説の便宜上、神戸西代神戸三宮)方先頭車の車両番号を使用し、3030編成の様に表記する。

概要[編集]

山陽電鉄の神戸市内中心部への乗り入れを実現する神戸高速鉄道の建設と、これを介した阪神電気鉄道阪急電鉄との相互乗り入れ計画が具体化したことに応じて、乗り入れ規格に対応する新規設計車として計画・設計された。

神戸高速鉄道開業前の架線電圧は、山陽電鉄が直流1,500Vであったが、乗り入れ先となる阪神電気鉄道と阪急電鉄は600Vであったため、2000系では複電圧車として設計されていた[1]。しかし、阪神・阪急の両社とも神戸高速鉄道開業までに架線電圧を1,500Vに昇圧することが決定されたため、複電圧対応車両を用意する必要がなくなり、試行錯誤的に増備された2000系に代わる新たな標準車両を用意することとなった[2]

改良型である3050系や2000系機器流用車の3200形などを含めて合計133両が川崎車輛→川崎重工業兵庫工場で製造された。2000系や2300系から編入された付随車を含めると、のべ148両で系列を構成する。

車種構成[編集]

車種は以下の各形式で構成される。

3000系

  • クモハ3000形(偶数車)
  • モハ3000形(奇数車)
    • 中間電動車 (M)
  • クハ3600形 (Tc)
  • サハ3500形 (T)
    • 付随車
  • サハ3550形 (T)
    • 付随車

3050系

  • クモハ3050形(偶数車)
    • 西代(神戸三宮)方制御電動車 (Mc)
  • モハ3050形(奇数車)
    • 中間電動車 (M)
  • サハ3530形 (T)
    • 付随車
  • クハ3630形 (Tc)
    • 姫路方制御車 (Tc)

3100形

  • クモハ3100形(偶数車)
    • 西代(神戸三宮)方制御電動車 (Mc)
  • モハ3100形(奇数車)
    • 中間電動車 (M)

3200形

  • クモハ3200形(偶数車)
    • 西代(神戸三宮)方制御電動車 (Mc)
  • モハ3200形(奇数車)
    • 中間電動車 (M)

編成[編集]

編成は神戸方からM'c-M-Tcの3両編成を基本とする。4両編成を組成する場合は通常、MとTcの間にTを組み込んでM'c-M-T-Tcとするが、1980年代初頭まではT代用としてTcを挿入した編成も存在した。6両編成の場合は3両編成を2本組み合わせて神戸方からM'c-M-Tc+M'c-M-Tcで組成する[注 1]。なお、本系列の6両編成での営業運転は1993年に5000系6両編成の予備として3両編成の3050系3076・3078編成が選出され(後に3074編成も対応)、5000系6両編成の検査時に代走として充当されたケースに限られる[注 2]

なお、電動車ユニットのみが在籍する3100・3200形はともに姫路方に3600形を連結してM'c-M-Tcの3両で1編成を構成する。3100系は当初、3050系4両編成の神戸方に電動車ユニット2両を増結する目的で計画・製作されたが、営業運転では6両編成での運用実績がない。また、3200形は搭載する主電動機の定格出力が低いため、引退まで全て3両編成で使用されていた。

3000系3両編成
3000 3000 3600
M'c M Tc
3000系4両編成
3000 3000 3500 3600
M'c M T Tc
3000系4両編成(3600形組込)
3000 3000 3600 3600
M'c M Tc Tc
3000系4両編成(3550形組込)
3000 3000 3550 3600
M'c M T Tc
3000系6両編成(3両編成×2:映画撮影用試運転のみ)
3000 3001 3600 3002 3003 3601
M'c M Tc M'c M Tc
3050系3両編成
3050 3050 3630
M'c M Tc
3050系4両編成
3050 3050 3530 3630
M'c M T Tc
3050系4両編成(3500形組込)
3050 3050 3500 3630
M'c M T Tc
3050系6両編成(3両編成×2)
3050 3050 3630 3050 3050 3630
M'c M Tc M'c M Tc
3100系3両編成
3100 3100 3600
M'c M Tc
3050系・3100系6両編成(計画)
3100 3100 3050 3050 3500 3630
M'c M M'c M T Tc
3200系3両編成
3200 3200 3600
M'c M Tc


車体[編集]

3000号車の車内。肘掛けの形状が異なるほか運転台後部にも座席がある

19m級3扉通勤車で、客用扉として扉幅1,300mmの両開き扉を設置する。山陽電鉄で初の両開き扉となった[1]。窓配置は制御電動車 (M'c) と制御車 (Tc) の運転台寄り側面が1d (1) D3D3D2、車掌台寄り側面が2D3D3D1d、中間電動車 (M) と付随車 (T) のうち新製車の3500・3530形が2D3D3D2(d:乗務員扉、D:客用扉、 (1) :戸袋窓、数字:窓数)である。

乗務員室は運転席部分の奥行きが深くなっており、先頭車の側面窓配置が左右で異なっている。運転台寄りは乗務員扉前に下降式の小窓が、運転台直後に採光用として例外的に戸袋窓がそれぞれ設けられていて戸袋窓部が立席スペースとなっているのに対し、車掌台寄りには乗務員扉と客用扉の間に通常の上段下降・下段上昇式の2段窓が設けられ、また座席も2名分のロングシートが設置されている。

運転室は、1960年代中盤以降モータリゼーションの進展で踏切での自動車事故が増大したことを受け、衝突時の乗務員保護のために床面を300mm高めた高運転台式とし[3]、運転席側の前後奥行き寸法も大きく取っている。左右の前面窓は日本国有鉄道(国鉄)153系クハ153形500番台と同様な曲面ガラスを使用したパノラミックウィンドウとして運転士の視界を拡大した[3]。灯具については2000系アルミ車のレイアウトを踏襲してシールドビーム2灯式の前照灯貫通扉上部に横並びで配し、標識灯を妻面左右窓上部端に設置する配置とした。また、車体窓下から裾部にかけての絞りがなく、車体裾部には丸みが付けられている。このようなデザインのため、外観の印象は同寸の曲面ガラスを使用する国鉄153系113系などとは大きく異なっている。

戸袋窓は新製車については運転台直後の1枚を除き省略されており、側窓はアルミ合金製の3連ユニット窓を基本とするが、初期アルミ車の3000系3000・3002編成と3500・3501は各窓が独立した上段下降・下段上昇式のユニットサッシとなっている。

車内では、座席に270形以来の実績がある低座面のロングシートが設置されており、特急運用への充当にも配慮されているが、同時に袖仕切り部のパイプが荷棚まで立ち上がり、また荷棚にも握り棒となるバーが追加されるなど、ラッシュ対策も強く意識した構成となっている。第1次車と第2次車の3500・3501については握り棒のデザインが異なり、また蛍光灯にカバーが装着され、運転台直後にも2人掛けのロングシートが設置されていたが、これらは第2次車以降いずれも廃止されている。非冷房で登場した車両は、当初は扇風機を天井に設置していたが、冷房化の際に撤去されている。

構造面では、第1次車と第2次車の3500・3501が2000系アルミ車の改良発展型に当たるアルミ合金製車体を備えていたが、以後の増備では製造コストを最重要視して普通鋼製車体が採用されている[4]。その後1981年製造の3066・3067からは再びアルミ合金製車体を採用し、新たに川崎重工業が開発したアルミ合金大型押出し型材の自動溶接工法により製造されている。

主要機器[編集]

主制御器[編集]

1基で2両分8基の主電動機を制御する1C8M方式を採用、電動車 (M) に2基のパンタグラフと主制御器を、制御電動車 (M'c) に各種補機を、それぞれ集約分散搭載する。

主制御器川崎電機製造/富士電機[注 3]KMC-201(直列11段、並列9段、弱め界磁4段)をM車に搭載する。

主電動機[編集]

特急での4両編成運転を見据えて、2M2Tでも2000系3両編成と同等以上の性能を確保するため、主電動機は出力125kWの三菱電機MB-3020Sを採用した[2]。駆動装置は2000系と同様のWNドライブで、歯車比は82:15 (5.47) である。

従来、山陽電鉄線では軌道法に基づく併用軌道区間が存在したことから、編成長に制約[注 4]が存在していた。神戸高速鉄道乗り入れにより併用軌道が廃止され、制約が解消されることから4両編成での運行が計画された。

このため当面はMT比1:1で山陽電鉄線内での特急運用における想定最高速度(110キロ)をカバーでき変電所の負担増を最小限に抑制できるもので、後年乗り入れ先での性能要求(阪急線内での高速走行及び阪神線内での高加減速性能)にはMT比の変更で応える、という所要条件においてメーカーである三菱電機からの推奨に従い、近畿日本鉄道(近鉄)で使用実績を重ねていたMB-3020系電動機が採用された。

山陽向けはサフィックスとして末尾にSが付与され、ねじのISOねじ化などの改良・仕様変更ごとにS1・S2・S3・S4とその後ろに数字が付加して区分される。なお、現行モデルはMB-3020S4であり、高速運転への対応として最弱界磁率が35%まで拡大された。

台車[編集]

第1次車(アルミ車)では2000系の設計を踏襲し、軸梁式金属ばね台車OK-25B(電動車)・OK-21D(制御車)を採用した[2]。付随車ではウィングばね式金属ばね台車のKW-2Aを採用し、後年に電動車は新調したKW-1Aに、制御車は付随車との振り替えでKW-2Aに換装されている[5]

1967年以降に増備の鋼製車では、ウィングばね式金属ばね台車であるKW-1(電動車)・KW-12(制御車・付随車)を装備する[5]。3050系では冷房装備に伴う軸重増大に対応したKW-3・KW-4となった[6]。また、3200系については主電動機支持架をMB-3037対応としたKW-1Bが採用されている[7]

3600形のうち当初4両編成化に伴う中間車代用として製造された3619 - 3622の4両では、第1次アルミ車の台車交換で発生したOK-25Bを転用・装着されていたが、後に3619と3618の間で振り替えを行っている[5]

1973年の3050系第3次車では、2000系2010編成以来となるウィングばね式ダイレクトマウント空気ばね台車のKW-15・KW-16が採用され、以後、3050系についてはKW-15・KW-16のブレーキ系を通常仕様に変更したKW-27・KW-28、円筒案内式ダイレクトマウント空気ばね台車のKW-35・KW-36Aと製造時点で採用可能な設計の空気ばね台車を装着し、竣工している。

パンタグラフ[編集]

3000形および3200形については従来形式と同様のPK-55菱形パンタグラフが2基ずつ中間電動車に搭載されている。3050系では集約分散式冷房装置の搭載に伴い、投影面積の小さなPK-57下枠交差式パンタグラフが各2基ずつ中間電動車に搭載されている。PK-57は後にPK-60へ換装[6]、続いてPK-80に変更された。

ブレーキ[編集]

2000系までのARSE-D発電制動付き電磁自動空気ブレーキに代えて、セルフラップ弁の採用で応答性が良く、発電ブレーキをブレーキ弁側で指令可能で操作も良好な三菱電機HSC-D発電制動付き電磁直通ブレーキ(応荷重装置付き)が採用された。

系列別概説[編集]

3000系[編集]

1次車(アルミ車)[編集]

3000系1次車オールアルミ車(2006年3月28日、山陽垂水駅
前面の帯が登場時の姿に復刻された3000F(2015年12月 山陽垂水駅)
3078Fに組み込まれた3501号車。側窓の形態が異なる。

2000系2012Fの使用実績を受けて、以下の8両が製造された。全車ともアルミニウム合金製車体を備える。

  • 3000-3001-3600 (1964年12月24日竣工)
  • 3002-3003-3601 (1965年1月23日竣工)
  • 3500・3501 (1968年3月7日竣工)

設計面では2012編成のアルミ合金製車体を踏襲するが、耐摩耗性などの問題から貫通路の桟板など摩耗の多い部品についてはアルミ合金製部品の採用を取りやめてステンレスなどに変更し、骨組など主要部材の接合についても、2012編成では強度面の不安などからリベット接合による部分が存在したのに対して溶接が採用されるようになるなど、2年間のアルミ合金製車両の設計製造技術の進歩や運用経験を反映した改良が施されている。

他方、2012編成の設計をそのまま踏襲した部分も多く存在しており、側窓は同編成と共通の800mm幅2段上昇式ユニット窓を1組ずつ独立して配置するレイアウトを採用し、前照灯ケースも同様に2012編成のそれを踏襲した寸法・形状となっている。

また、車体表面の処理も2012編成に準じて全面電動サンダー仕上げを施した後、腰板部に鱗状の紋付け処理を行い、指紋防止のためのクリアラッカー塗装を行っている。なお、装飾として運転台妻面を含む腰板の上下に細い赤帯を配するが、これは青色の車両番号表記とともにエナルマイト処理によって着色されている。

オールアルミ合金製という技術が評価され、1965年6月に鉄道友の会よりローレル賞を受賞した[2]

神戸高速鉄道開業直前の1968年3月、増結用付随車として3500と3501が鋼製2次車と同時に製造されている[5]

溶接欠陥の評価が難しいアルミ製車体であるため、長らく冷房化対象から外されていたが、1989年の2次車3500・3501での試作的改造を経て、翌1990年に6両ともCU-71S集中式冷房装置を搭載して冷房化が実施されている。この際、Tcに120kVAの静止形インバータを搭載して冷房電源とし、前面窓下の色帯を撤去して3050系アルミ車に準じた着色フィルムによる太い色帯を貼付している。同時に、それまでは帯の下に表記していた車両番号表記を帯と車掌台寄りの手摺の間に移動した。

後年、3500・3501の2両は1989年にアルミ車体の冷房化改造試作の意味合いを込めて三菱電機CU-71S集中式冷房装置を搭載して3076・3078編成へ組み込み先が変更され、さらに3060・3062編成へ一時組み込まれた後、再度3000・3002編成へ戻され、そのあと再び3076・3078編成に組み込まれ現在に至る。この関係でこれら2両はエナルマイト処理による色帯を撤去して塗装→塗装剥離と着色フィルムによる色帯再貼付→下帯を車体色に似た色に変更し妻面の帯を撤去という過程を経ており、扉下には帯がない。

2017年11月23日に行われた3000編成のラストランイベント後は中間車サハ2両が残るのみとなった。

2次車(鋼製車)[編集]

3000系2次車 3602(1987年、須磨浦公園駅

1968年の神戸高速鉄道東西線乗り入れに備え、1967年から1968年にかけて、3両編成9本と付随車4両の計31両が量産された[5]

  • 3004-3005-3602 (1967年4月7日竣工)
  • 3006-3007-3603 (1967年4月7日竣工)
  • 3008-3009-3604 (1967年4月7日竣工)
  • 3010-3011-3605 (1967年9月20日竣工)
  • 3012-3013-3606 (1967年10月12日竣工)
  • 3014-3015-3607 (1967年10月12日竣工)
  • 3016-3017-3608 (1968年1月8日竣工)
  • 3018-3019-3609 (1968年1月18日竣工)
  • 3020-3021-3610 (1968年3月7日竣工)
  • 3502・3503・3504・3505 (1968年3月7日竣工)

神戸高速鉄道開業までの短期間の大量増備のため、車体は当時高価だったアルミ車体は採用されず、普通鋼製となっている[2]。外観は側窓は扉間3連・車端部2連の連窓構造となっている[5]。車内は先頭車の運転台直後の2人掛け座席を廃止し立席スペースに変更、室内灯のカバーも省略された[5]。このほか側出入口と座席間の立席スペースの拡張、出入口部への吊り革の設置も行われており、混雑緩和とメンテナンスフリーに努めた設計とされている[4]

台車はウィングばね式の川崎車輛KW-1 (M・M'c車) ・KW-2 (Tc・T車) となったが、その他の機器類等はアルミ車からの変更はない[5]

外観上は側窓レイアウト変更のほか、ヘッドライトベゼルの上の角が丸くなった点で1次車と相違する。また、鋼製車のため塗装が施され、当時の標準色であったネイビーブルーとクリームイエローの2色塗り分けとされた[2]。昭和62年ごろからクリームをベースに黒と赤のラインに変更されている。

3次車(鋼製車)[編集]

3000系 3次車 3024(2011年6月山陽姫路駅にて)
旧塗装に復刻された3030編成(2019年7月)、滝の茶屋駅にて

1968年12月にTc車の3611 - 3615が増備され、全編成が4両編成となった[4]。T車ではなくTc車が増備されたのは、後述する3550形への改造が既に計画されていたためである[5]

  • 3611 (1968年12月27日竣工)
  • 3612・3613・3614・3615 (1968年12月26日竣工)

このグループから前面に手動、側面に電動の行先表示幕が設けられ、車外スピーカーも両側面に片側2つずつ設置された[5]。方向幕は指令器をMc車に設ける計画のため、登場当初は不使用であった[8]。屋根はビニール張りから樹脂加工に変更されている[4]。床面高さが若干上がり、前面下部の処置が若干異なっている。

行先表示幕や車外スピーカーは1・2次車にも追加設置されたが、前面の方向幕部が突出しており、車外スピーカーも片側あたり1箇所のみであることが3次車との相違点である[5]

1969年には3両編成5本と3032-3033の1ユニットが製造された。電動車にも方向幕が設けられ[8]、M車の屋根はパンタグラフ設置部のみ110mm下げた低屋根とした[5]。この間、メーカーの川崎車輌は川崎航空機とともに1969年4月に川崎重工業に合併している[9]

  • 3022-3023-3616 (1969年3月26日竣工)
  • 3024-3025-3617 (1969年3月26日竣工)
  • 3026-3027-3618 (1969年3月26日竣工)
  • 3028-3029-3619 (1969年11月8日竣工)
  • 3030-3031-3620 (1969年11月8日竣工)
  • 3032-3033 (1969年11月8日竣工)

1970年には3034 - 3037と3621、1971年には3506 - 3508と3622が製造された[5]

  • 3034-3035 (1970年10月1日竣工)
  • 3036-3037 (1970年10月1日竣工)
  • 3621 (1970年10月1日竣工)
  • 3622 (1971年5月1日竣工)
  • 3506・3507・3508 (1971年5月4日竣工)

3050系[編集]

山陽電気鉄道3050系電車
3050系普通鋼製車 (2007年10月、舞子公園駅)
3050系普通鋼製車
(2007年10月、舞子公園駅
基本情報
運用者 山陽電気鉄道
製造所 川崎重工業
製造年 1972年 - 1985年
製造数 55両
主要諸元
編成 3・4両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
(架空電車線方式) 
最高速度 110 km/h
起動加速度 2.4 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
車体 アルミニウム合金
普通鋼
主電動機 直流直巻自己通風形
MB-3020S
主電動機出力 125kw
駆動方式 WNドライブ
制御方式 直並列界磁制御(抵抗制御)総括制御方式発電制動応荷重ブレーキ付き
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3000系の増備過程で、1972年の新造車からはサービス向上のため冷房装置を装備しての導入となった[10]。形式番号は電動車は50番台以降、付随車・制御車については30番台以降とされ、このグループは「3050系」と総称される。

冷房装置は集約分散式で、三菱電機CU-17形ユニットクーラー(8,500kcal/h)が1両あたり4基搭載される[7]。パンタグラフは冷房装置の搭載に伴うスペースの制約から下枠交差式となり、PK-57を奇数電動車に2基搭載する[11]

補助電源装置はM'c車に4両分の給電能力を有する120kVAの電動発電機 (MG) を搭載したほか、Tc車にも予備として従来の6kVAの小型MGを1台装備している[6][注 5]。制御器はKMC-201、電動機はMB-3020S、歯数比は82:15という基本的な機器仕様については3000系と同様である。電動空気圧縮機 (CP) は3000系と同様、制御電動車にC-1000が2基搭載されている。

前面の意匠は3000系に準じているが、幌枠が若干太くなり、釣り金具がなくなっているという相違点がある[注 6]。車内天井部には風洞を設置して、天井を平面構造とした[12]

1・2次車(鋼製車)[編集]

1972年に1次車として3050編成の1編成4両を導入、続けて1973年に2次車として3052・3054の2編成8両が増備された[10]

  • 3050-3051-3530-3630 (1972年7月5日竣工)
  • 3052-3053-3531-3631 (1973年4月6日竣工)
  • 3054-3055-3532-3632 (1973年4月6日竣工)

3052編成以降は車内の車両番号プレートの配色が変更され、それまでは白地に青文字であったが[注 7]、3052編成からは緑地に白文字という配色になり、以後5000系にも受け継がれた。

3次車(鋼製車)[編集]

1973年11月竣工の3056編成より、空気ばね台車のKW-15・KW-16が採用された[6]。空気ばね化によりCPはHB-2000をTcとMcに各1基ずつ搭載し、容量増を図っている[6]。ブレーキシリンダーは新開発のダイアフラム式に変更しており[6]、ブレーキ制御装置に仕様の変更が生じている。前照灯ケースが小型化され、2つの電球の設置間隔が狭くなったのがそれ以前の各車との外見上の相違点である。

  • 3056-3057-3533-3633 (1973年11月19日竣工)
  • 3058-3059-3534-3634 (1973年11月19日竣工)

その後、オイルショックの影響で1950年代以来続いていた乗客増が止まったことから車両増備が数年間途絶えた。景気が回復し始めた1977年以降、在来車の老朽化の進行もあって毎年1本ずつ増備が再開されたが、この時の増備車 (3060編成 - 3064編成) は4両編成増備の需要がなく、車体の老朽化が特に深刻であった820形の置換えと特急用編成の冷房化促進を図る目的で3両編成で新造された[13]。この新造編成3本には、3000系3次車4両編成3本から付随車サハ3500形3両 (3505 - 3507) を外して冷房化改造の上で組み込み[13]、4両編成として特急運用に充当され、3両編成化された3000系が820形等の置換えに充てられた。

  • 3060-3061-3635 (1977年5月31日竣工)
  • 3062-3063-3636 (1978年12月20日竣工)
  • 3064-3065-3637 (1979年12月20日竣工)

3062編成以降では、台車がKW-27・KW-28に変更され、通常のブレーキシリンダー式に戻った[6]。3060・3062編成の妻面貫通扉は1次車・2次車の3500・3501と同様の下半分が化粧板付き上半分が銀無地となったが、ノブを傾けずに開閉できるように改良された[注 8]

3060編成は窓ガラスが黒色Hゴム支持であったが、後に他車同様の灰色Hゴム支持に変更された。

3000系列で3058編成までの妻面貫通扉は下半分が化粧板が付き上半分はクリーム色に塗装されているだけ(1次車・2次車の3500と3501・3050系の3060・3062編成は金属むき出し)で、ガラスはHゴム支持であったが3064編成の妻面貫通扉は全面化粧板張りとされ、Hゴム支持も廃された。

4次車(試作アルミ車)[編集]

試作アルミ車の3066編成。鋼製車と同様に塗装されている(2007年9月、高速神戸駅)

1981年3月に製造された3066編成の電動車ユニット(3066・3067)は、川崎重工業による新工法のアルミ車体試作車となった[14]。Tc車の3638は普通鋼製車体である[6]

  • 3066-3067-3638 (1981年3月31日竣工)

この工法は多少の自重増を忍んでこの時期に実用化が進んでいた大形薄肉中空押し出し型材を積極的に採用し、これを自動溶接することで工数を激減、材料となるアルミニウム合金の高価さ[注 9]故にアルミ車製造の上でネックとなっていたイニシャルコストの低減[注 10]を図るものである。この工法においては床下機器のつり下げレールも一体で成型されるなど、艤装・保守面でのメリットも多い。また多少の自重増はあるといっても鋼製車と比較して公称4.5tの自重減となって電力消費の削減に大きな効果があり、さらに塗装費の節減も見込まれたことから、本系列1次車でアルミ車のメリットを知悉していた山陽電鉄首脳陣はこの新工法採用を決定したものであった。

3066編成以降の新工法アルミ車では、それまでメラミン樹脂化粧板を使用していた内装をFRP樹脂一体成型品へ変更することで、工法の簡易化を図った上で外観上も明るくすっきりした近代的な印象を持たせた。また、これらでは内装をFRP一体成形としたこともあってユニット窓の車内からの取り付け・取り外しが困難であり、保守上の都合から側窓と連結面の妻窓についてはユニット窓を車体外部からボルトオンする設計となっている。このため、車体を塗装されている3066Fでもアルミ製の各車はユニット窓の外枠が露出しているため、識別が容易に行える。

3066編成と組むTc車の3638は鋼製車体で製造されたため、アルミ車にも鋼製車と同様の塗装が施されている[6]。当初は冷房化改造した3000系T車の3508を組み込んで4両編成としたが、1984年にアルミ車の3538を新造して置き換えた。

台車は円筒案内式ダイレクトマウント空気ばね台車のKW-35となっており、普通鋼車体とされた3638についてもこれと同系のKW-36が採用されて乗り心地の改善が図られている。3068編成では制御車・付随車の台車は車体が軽いアルミ車用としてばね定数や強度設計の見直しが行われ、KW-36Aとなった。

5次車(新アルミ車)[編集]

3642 (3074F) (2013年5月、山陽姫路駅) 3075 (3074F) 車内 (2013年5月、大塩駅停車中)
3642 (3074F)
(2013年5月、山陽姫路駅)
3075 (3074F) 車内
(2013年5月、大塩駅停車中)

1981年6月には、3068編成が全車アルミ車体の4両編成で増備され、ヘアライン仕上げの無塗装が採用された[6]。続いて1982年から1984年にかけて4両編成3本 (3070編成 - 3074編成) と付随車1両 (3538) が製造された。

  • 3068-3069-3539-3639 (1981年6月23日竣工)
  • 3070-3071-3540-3640 (1982年6月25日竣工)
  • 3072-3073-3541-3641 (1983年6月17日竣工)
  • 3074-3075-3542-3642 (1984年6月21日竣工)
  • 3538 (1984年6月8日竣工)

側面窓下には幅100mmの赤帯を入れ、正面には左右窓下に太い赤帯を入れた[15]。客用扉と正面貫通扉はステンレス製の無塗装となり、赤色の飾帯は着色フィルムでの貼り付けとなった[6]。3538は3066編成の付随車3508号と組み替えられ、同編成に合わせて塗装されている[16]

3058編成の3534以来久々の新造となった3530形については3630形に合わせて車両番号が3539から付与されており、後に追加新造された3538を除く3535 - 3537については欠番となっている。

6次車(新アルミ車)[編集]

最終増備の3078編成(2008年)

1985年には3000系列最後の増備が行われ、3両編成2本(3076・3078編成)が製造された。この2編成は前面貫通扉と乗務員室扉がステンレス無塗装からアルミ製に変更されている[6][17]。このグループより優先座席のモケットの色分けがされ、従来の編成にも波及した。

  • 3076-3077-3643 (1985年6月14日竣工)
  • 3078-3079-3644 (1985年6月14日竣工)

3074・3076・3078編成の3編成については、一時期5000系6両編成の予備車として指定されており、予備運用時には3両編成を2本併結した6両編成で運用されていた[注 11]。6両対応改造の際合わせて、座席のクロスシート化と前面方向幕の電動化が行われた[16]。クロスシートは5000系の固定クロスシート転換クロスシートへ改造した際の発生品が転用されている[16]。3074編成は4両で落成したため、3542を編成から抜いた上でこの改造が施された[注 12]。2001年3月のダイヤ改正以降は3050系の予備運用は廃止され、2011年現在は座席未交換の付随車との4両編成を組成している。3074編成は製造当初の編成に戻り、3076F・3078Fは3000系初期アルミ車の3500・3501が組まれている。

3100形[編集]

3100形3100(2016年11月、山陽須磨駅) アルミ車に合わせた灰色塗装の3600形3619(2007年10月、舞子公園駅)
3100形3100(2016年11月、山陽須磨駅)
アルミ車に合わせた灰色塗装の3600形3619(2007年10月、舞子公園駅)

1983年に製造された3100・3101のユニットは、将来のラッシュ時の増結による5両・6両編成運転を想定した増結車として計画された[18]

  • 3100-3101 (1983年6月17日竣工)

3101の姫路方に簡易運転台の設置準備工事を実施、連結器は自動連結開放が可能な電気連結器付き密着式連結器を装備した[6]。補助電源装置はMGに代えて120kVAのGTOサイリスタによる静止形インバータ(SIV)が初採用され、以後の新造・冷房化改造車にも踏襲された[16]

当面は増結運用の予定がなかったため、普通鋼製の3600形3619との3両編成を組成した[18]。3619は非運転台側に電気連結器を装備、アルミ車に合わせた明灰色で塗装している[18]。その後の計画変更により2両単位での増結運用の計画は消滅し、連結器も棒連結器となった[17]

3200形[編集]

山陽電気鉄道3200形電車
3200系(手柄駅)
3200系(手柄駅
基本情報
運用者 山陽電気鉄道
製造所 川崎重工業
導入年 1969年 - 1970年(新造)
1990年、1998年(編入)
引退 2019年2月28日
廃車 2019年
主要諸元
編成 3両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
(架空電車線方式) 
最高速度 100 km/h
起動加速度 2.4 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
車体 普通鋼
主電動機 直流直巻自己通風形 MB-3037
主電動機出力 110 kW
駆動方式 WNドライブ
歯車比 4.39=79/18
制御方式 直並列界磁制御(抵抗制御)総括制御方式発電制動応荷重ブレーキ付き
制御装置 KMC-201
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2000系の主電動機と駆動装置を流用した車両群で、車体は同時期製造の3000系と同一である。主電動機は出力110kWのMB-3037で、駆動装置の歯数比も2000系と同じ4.39 (79:18) であり、走行性能は2000系と同等である[19]。編成は性能の関係から4両編成では運用できず、3600形Tc車との3両編成となっている[7]

本形式は当初より3200形として新造されたグループと、3000系の主電動機換装で3200形に編入されたグループに大別される。8編成が製造された2000系のうち、新造車3編成・編入車3編成の6編成12両分の主電動機・駆動装置が転用されたことになる[20]

1994年には網干線ワンマン運転開始に伴う対応改造が行われ、乗務員の視界確保のために運転席側前面ガラスの縦桟がなくなり、隅部と平面部を一体化したガラスに変更された[7]。同様の工事は3000系の3006・3010編成にも施工されている[21]

2019年2月28日をもって引退し、形式消滅した。

新造車[編集]

1969年から1970年にかけて、3000系3次車の新造と並行して、2000系の3550形への改造で発生した2002 - 2007の主電動機・駆動装置を転用して新造した[20]。車体や制御器・補機類等は3000系3次車と同仕様である[7]

  • 3200-3201 (1969年12月27日竣工)
  • 3202-3203 (1970年8月1日竣工)
  • 3204-3205 (1970年10月1日竣工)

制御車として3600形3620 - 3622を新造し、これらを組み合わせて運用されていたが、2018年2月の3204編成運用終了をもって消滅。

改造編入車[編集]

1988年に3000形3034-3035、1989年には3036-3037の計4両の主電動機・駆動装置を2000系の廃車発生品へ換装、3206-3207と3208-3209に改番された[7]1998年には3000形3010・3011の主電動機と駆動装置が2300系の電装解除に伴う発生品に換装され、3210・3211となった[7]。なお、改造で捻出したMB-3020S主電動機と駆動装置は、5000系の増備に流用されたほか、予備品確保に使用された[7]

3210編成は2017年に主電動機と駆動装置を再交換し、再び3010編成となった。これにより、3200形更新車及びこのグループの3200形は消滅、他のグループの編成が全車廃車されたこともあり3200形から3000系に編入された唯一の事例となる[22][注 13]。3206 - 3209の4両は3200形で最後まで残っていた車両である。

3550形[編集]

2000系編入車[編集]

1969年から翌年にかけて、複電圧車のため制御器が複雑で保守に手間が掛かっていた2000系のうち、2扉転換クロスシートの鋼製車3編成9両を3000系の付随車に編入する改造が実施された[21]。この改造で3550 - 3558の9両が登場[23]、改造元の車種と運転台の方向により3形態が存在する[9]

改造・車番対照[21]
方向
← 神戸
姫路 →
新車種
(旧車種)
T
(Mc)
T
(T)
T
(Mc)
新番号
(旧番号)
3551
(2004)
3550
(2503)
3552
(2005)
3554
(2006)
3553
(2502)
3555
(2007)
3557
(2002)
3556
(2504)
3558
(2003)

ブレーキ装置はHSCに変更、旧Mc車は電装解除、旧乗務員室は客室化された[21]。3扉化、座席はロングシート化、非貫通前面への貫通路設置、既存貫通路の狭幅化、連結器の棒連結器への交換などが実施され、側面には電動式行先表示器と車外スピーカーも設置された[21]。台車は元Mc車がOK-15、元T車がOK-21である。

その後、3553 - 3558の6両は1979年より冷房化改造が実施されたが、残る3両は改造が見送られ、3552は1985年に、3551は1989年にそれぞれ廃車、3550は1990年に救援車1500に改造された[24]。1998年には3553・3554・3558の3両が廃車となり、その後も3両が残っていたが[21]、2003年までに廃車となり形式消滅した[10]。救援車に改造された1500も2010年に廃車となっている。

2300系編入車[編集]

2300系編入車の旧先頭部(右)

1998年のダイヤ改正に伴う4両編成運用の増加に対応するため、2300系の3両編成2本が3000系の付随車として改造編入された[20]。この改造で3560 - 3565の6両が登場している[25][26]。車番は3560番台で、形式は同じ3550形となっている[25]が、3560形と分類する例もある[21][10]。冷房化は2300系時代に実施されている[10]

改造・車番対照[20]
方向
← 神戸
姫路 →
新車種
(旧車種)
T
(M'c)
T
(M)
T
(Tc)
新番号
(旧番号)
3560
(2300)
3562
(2301)
3564
(2600)
3561
(2302)
3563
(2303)
3565
(2601)

Mc・Tc車は中間車となったが、乗務員室の本格的な撤去・客室化は見送られ、運転台の一部機器類の撤去に留められており、妻面扉と仕切り扉により乗務員室を閉鎖して貫通路を確保している[20]。旧M車は2700系から2300系への高性能化改造の際に2700系時代の運転台を撤去、客室化済みである[20]

電装解除されたMc・M車の床下機器は主制御器と抵抗器が撤去され、付随車として必要なもののみが残された[20]。台車は元M'c・M車が種車のKW-1Bを付随車用に変更したしたKW-2B、元Tc車は種車のままのKW-2Bである[20]

これらは2003年以降、4連運用の大幅な削減によりすべて編成から外れ、2004年末までに全車廃車となった[27]

冷房化[編集]

非冷房で製造された車両については、旅客サービス改善のため冷房化改造が施工された。まず1979年(昭和54年)以降、特急列車の全冷房化を目的に4両編成を対象として工事が始められ、パンタグラフ付電動車は容量36,000kcal/hの集中式冷房装置1基を、その他の車種は容量8,500kcal/hの集約分散式冷房装置4基を屋根上に搭載する方法により、1983年(昭和58年)までに3000系3次車について改造を完了した[28]。以後は施工対象を3200形など普通列車用の3両編成にも拡大している[29]。このときの冷房装置の形式は、集約分散式がCU-17、集中式がCU-73であり[24]、電源として容量110kVAの交流電動発電機が制御電動車に搭載された[30]

その後の施工では1987年(昭和62年)から仕様が変更され、集約分散式をやめ各車種とも集中式冷房装置1基搭載となった[31]。冷房装置の形式もCU-71Sとなり[32]、電源装置も交流電動発電機から120kVA静止型インバータに変更となった。1987年に冷房化した3204編成は、全車が集中式冷房ながらSIVではなくMGを搭載していた[7]。更に、最後に冷房化改造が行われた1次車2編成では冷房電源装置の搭載位置も制御車3600形に変更された[24]。また、この時期に冷房改造を受けた一部の車両は、片側の妻面窓を2段窓から1枚固定窓に変更する工事も同時に施工されている。

1990年(平成2年)までに全車の冷房化を完了した[24]

なお、冷房化の際、引通し回路の改修も併せて行われ、改造前は各車浜(海)側に制御回路用として丸型断面のジャンパ連結器を3基配置していたが、改造後は3050系と同様に多芯化(96芯)した矩形断面のジャンパ連結器1基にまとめられている。一部の編成では先頭車前面のジャンパ連結器・空気管を撤去している。

阪神・淡路大震災[編集]

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、発生当時3050系3070編成4連が高速神戸駅に停車中で、大きな被害はなかったものの神戸高速東西線大開駅付近が崩壊し不通となったことから、同編成は不通区間の東側に取り残されてしまうこととなった[33]。また、上り普通列車として板宿駅 - 西代駅間を走行中だった3000系3026編成4連は、停電のため駅間に停止したが付近の地震動の揺れは大きく、激しく揺さぶられたため台車のオイルダンパ多数が破損し、床下機器の一部にも損傷を受けていた[33]

3026編成については、2月2日に保線用モーターカーで牽引し、東須磨車庫に収容された[33]。3070Fは、2月6日以降、同様に神戸高速線側に孤立した5000系5018編成[注 14]、5022F[注 15]阪神電鉄5131形2編成とともに再開した新開地駅 - 阪神三宮駅間の運行に使用されることとなった。孤立区間の山陽車3編成の列車検査は高速神戸で、月検査は新開地駅 - 高速神戸駅間の上り線に新設された簡易ピットで終電後の深夜に、それぞれ実施された[33]。乗務員、検車係員の派遣や交換部品の補給にも困難を伴いながらの対応となった[33][注 16]

その後、運行区間の東限は、2月20日岩屋駅3月1日西灘駅6月26日には大石駅まで延伸し、阪急六甲駅への乗入れも再開されたものの、神戸高速線大開駅付近の開通には8月13日までの期間を要したため、それまで山陽電鉄の3編成は車両基地に戻ることができず、約半年間にわたって孤立状態での運用が続けられた[33]

リニューアル[編集]

3000系リニューアル・集中冷房編成
3000系リニューアル・分散冷房編成
リニューアル車の車内

2004年から3000系のリニューアル工事が開始され、2015年までの11年間で13編成44両に施工された。

最初にリニューアルされたのは3210編成である。変更点は、前面列車種別・行先表示器箱の貫通扉への埋め込み[注 17]、連結面寄り車端部の側窓2枚分を1枚固定窓化[注 18]、サッシの黒色化、化粧板を白系のものに交換、車椅子スペースの新設、転落防止幌の取り付け[注 19]、客用扉の交換など多岐にわたり、新車並みのすっきりとした内装になった。また、これまで1両につき片側に3個ずつあった車側表示灯が2個に減っている[注 20]

2本目となった3006編成からは、乗務員室と客室間の仕切り扉のガラスがHゴム支持から金属支持に変更されている[注 21]

2008年に出場した3058編成からはテールライト・標識灯のLED[注 22]や車外スピーカーの小型化などのマイナーチェンジが施された。また、既にリニューアル済みの車両も後の定期検査でそれの追加改造が行われた。

このほか3012編成からは行先表示器の指令器が新型に更新され、前面行先表示器が手動式から電動式に変更された。また、3008編成はパンタグラフが下枠交差型に交換[注 23]されている。

2013年2月に営業運転を開始した3060編成以降のリニューアル編成は、車内照明灯が蛍光灯からLEDに交換されている。またその次の3064編成からは神戸方先頭のコンプレッサーがSL22型に更新された[注 24]

リニューアル工事は2016年施工の3050系3062編成まで行われ、以降は6000系が新造投入されている。

リニューアル終了後の2019年に、3062編成の座席が座面のみバケットシートに換装されている。

運用[編集]

ともに3両編成と4両編成の2種類があり、3両編成は普通(網干線のワンマン列車も含む)のみ、4両編成は普通とS特急で運用されている。運転区間は姫路駅 - 阪急神戸三宮駅・阪神神戸三宮駅(回送運転として阪神大石駅まで)間である。

4両編成は1998年に阪神電車との直通特急が運行開始されるまでは特急にも運用されていた。ただ、現在でも運行トラブル等で6両編成の車両が不足した場合は、車両交換の上で山陽線内-東二見駅・東須磨駅までの区間で「特急」の種別幕を表示して直通特急として代走することがある。また、4両編成は3両編成の予備車も兼ねており、6000系が直通特急運用に入った際は、4両編成を1本3両化し(付随車は検査入場または東二見車庫で留置)、3両編成の不足を防ぐことがある[34]

廃車[編集]

ラストランのヘッドマークを付けた3000F(山陽明石駅)

2003年(平成15年)以降、4連運用の減少により付随車の廃車が進められており、3550形は2004年度(平成16年度)までに全車廃車され、形式消滅した[27]。この廃車により、山陽電鉄の営業車両から片引き扉の車両は全廃となった[27]

その後2010年(平成22年)には2000系・2300系の編入車以外では初の廃車が発生し、同年6月に3500形3507・3508が廃車となっている[35]

2016年の6000系[36][37]の投入に伴い、3000系で初の編成単位の廃車が発生した[38]。2016年度の廃車は3両編成2本で、初期アルミ車3002編成と鋼製車3022編成が2017年1月1日付で廃車となった[39][38]。3022編成は廃車前に別編成の3600形と差し替えられた[38][注 25]

2017年5月、3004編成と3200系3200編成が引退記念ヘッドマークを掲出して5月31日まで運行し[40]、同年10月1日付で廃車となった[41]

トップナンバーの初期アルミ車3000編成は、11月22日で定期運行が終了となり[42]、定期運行終了翌日の11月23日に引退記念の団体専用列車として、姫路→明石→東二見で最終運行を行った。3000編成は2017年12月31日付で廃車[41]、現在運用中の初期アルミ車はかつて3000・3002編成に組み込まれていた3500形の2両 (3500、3501) を残すのみとなった[22]

2017年12月に6000系が3編成増備された[43]ことにより、3024編成と3202編成が2018年1月31日に[44]、3204編成が2018年2月28日に営業運転を終了した[45]。これら3編成は2018年3月31日付で廃車となっている[41][46]。3204編成の引退に伴い、3200形として新製された車両と、全車集中冷房かつリニューアル未施工の編成が消滅した。

2019年1月に6000系が2編成増備された[47]ことにより、3206編成と3208編成が2019年2月28日で営業運転を終了し、3200形が全車引退した[48]。同年3月2日には3206編成を使用した団体列車が運行されたが、これが3200形の最後の本線運用であった[49]

2019年7月5日をもって、3000系未更新車の定期検査(3030編成)を終え[注 26]、3052編成が引退した。同編成は3050系初の廃車となる見込み[50]

編成表[編集]

車番の*はアルミ車。

2016年[編集]

2016年4月1日現在[51]。編成単位の廃車開始前。

← 神戸
姫路 →
リニューアル 備考
Mc M T Tc
3022 3023 3502 3611
3030 3031 3505 3615
Mc M T Tc
3050 3051 3530 3630
3052 3053 3531 3631
3054 3055 3532 3632
3056 3057 3533 3633 2011年
3058 3059 3534 3634 2008年
3066* 3067* 3538* 3638
3068* 3069* 3539* 3639*
3070* 3071* 3540* 3640*
3072* 3073* 3541* 3641*
3074* 3075* 3542* 3642*
Mc M T Tc
3060 3061 3506 3635 2012年
3062 3063 3504 3636 2015年
3064 3065 3503 3637 2013年
3076* 3077* 3500* 3643*
3078* 3079* 3501* 3644*
← 神戸
姫路 →
リニューアル 備考
Mc M Tc
3000* 3001* 3600*
3002* 3003* 3601*
3004 3005 3602
3006 3007 3603 2005年
3008 3009 3604 2010年
3012 3013 3606 2008年
3014 3015 3607 2007年
3016 3017 3608 2006年
3018 3019 3609 2006年
3020 3021 3610 2006年
3024 3025 3612
3026 3027 3613
3028 3029 3614
3032 3033 3616
Mc M Tc
3100* 3101* 3619
Mc M Tc
3200 3201 3620
3202 3203 3621
3204 3205 3622
3206 3207 3617
3208 3209 3618
3210 3211 3605 2004年

2018年[編集]

2018年4月1日現在[52]

← 神戸
姫路 →
リニューアル 備考
Mc M T Tc
3030 3031 3505 3615
3032 3033 3502 3611 3502-3611は3022編成から編入
Mc M T Tc
3050 3051 3530 3630
3052 3053 3531 3631
3054 3055 3532 3632
3056 3057 3533 3633 2011年
3058 3059 3534 3634 2008年
3066* 3067* 3538* 3638
3068* 3069* 3539* 3639*
3070* 3071* 3540* 3640*
3072* 3073* 3541* 3641*
3074* 3075* 3542* 3642*
Mc M T Tc
3060 3061 3506 3635 2012年
3062 3063 3504 3636 2015年
3064 3065 3503 3637 2013年
3076* 3077* 3500* 3643*
3078* 3079* 3501* 3644*
← 神戸
姫路 →
リニューアル 備考
Mc M Tc
3006 3007 3603 2005年
3008 3009 3604 2010年
3010 3011 3605 2004年 2017年に3210編成から改番[52]
3012 3013 3606 2008年
3014 3015 3607 2007年
3016 3017 3608 2006年
3018 3019 3609 2006年
3020 3021 3610 2006年
3026 3027 3613
3028 3029 3614
Mc M Tc
3100* 3101* 3619
Mc M Tc
3206 3207 3617
3208 3209 3618

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 5000系6両編成と動力車・非動力車の配置は同じである。
  2. ^ 例外として、1965年1月26日に西代車庫から飾磨車庫まで、メーカーである川崎車輛によるアルミ製車両宣伝映画撮影のため、新造直後の3000系1次車を2編成連ねた6両編成が特別に運転されたことがある。
  3. ^ 川崎電機製造は1959年に川崎重工業から分社、1968年に富士電機に吸収合併。
  4. ^ 元々軌道法では1列車の編成長は30m以内と定められており、18m級車の3両編成化も監督官庁の特認までに長期間を費やす必要があったため、併用軌道が存在する状況のままでの4両編成化は困難であった。
  5. ^ これにより電動車のMGが故障停止となっても制御回路や車内灯の電力は供給可能となるため、運転そのものの続行が可能となる。
  6. ^ 3000系は登場初期は姫路方先頭車の前面に吊り幌式の貫通幌を常時装着していた。
  7. ^ ただし、3000系は紺色、3050編成は文字が緑色であるなど極わずかながら違う色のものが存在する。
  8. ^ 2011年現在の当該編成に挿入されているサハは3000系3次車以前の物で妻面貫通扉はノブを傾けないと開閉できないが、一部の車両は後の定期検査時にノブを固定する改造を行った
  9. ^ 地金1tの精錬に約16,000kWhの電力を消費する。
  10. ^ 従来工法では20m級車で鋼製車に比較してオールステンレス車で8%、アルミ車で25%のコスト増になると概算されていた。
  11. ^ 併結時の先頭車同士の連結部は貫通幌を通して行き来できるようになっていたが、貫通幌は必要時のみ装着する形をとっていた。
  12. ^ このときに抜かれていた3542は一時的に3100系に組み込まれていた。
  13. ^ この際3010・3011については、車両番号プレートがリニューアル時に設置された白地に灰色のものから、3000系時代に主電動機交換前に付けていた白地に青色のものへ交換(3605は未交換)され、リニューアル施工済でこのプレートを装着する車両がある編成は同編成が唯一である。
  14. ^ 地震発生時、新開地に停車中で、大きな被害なし。
  15. ^ 地震発生時、上り阪急三宮行き特急列車として走行中、大開駅東側で一部車輪が脱線、全パンタグラフが破損し停止。1月25日に復線作業を行い、新開地駅に収容。2月3日-5日に同駅構内で臨時検査・パンタグラフ交換を実施。
  16. ^ 現地での車両保守のため検車係員の派遣が必要となったことに加え、当時、神戸高速線を介する相互直通運転では車両の所属社の乗務員が乗り入れ先区間でも乗務をすべて担当する体制を採っており、乗務員も現地に派遣される必要があった。
  17. ^ 3000系2次車以前に由来する車両のみ施工。ただし一部の編成は更新後の定期検査で埋め込み。
  18. ^ これにより窓配置はM'cとTcの運転台寄り側面が1d (1) D3D3D1、車掌台寄り側面が1D3D3D1d、MとTが1D3D3D1となっている。
  19. ^ 転落防止幌は未更新車にも全車設置
  20. ^ リニューアル前は連結部に近い窓の横に縦に2個並んでいた
  21. ^ この変更は3210編成に反映されず、同編成の乗務員室仕切り扉のガラスは3010編成に改番後もHゴム支持のままである
  22. ^ これはリニューアル未施工車にも順次施工され、2017年4月現在はすべての編成において標識灯の白色LED化が完了している
  23. ^ すでにリニューアルされた車両も、後の定期検査時に下枠交差型に交換された編成や、前面表示器の電動式への換装が行われた編成が存在する。
  24. ^ 姫路方先頭のコンプレッサーを更新しなかったのは、容量が従来の毎分2000リットルだったものが毎分1600リットルに減少したため。のちに実施される5000系のリニューアルでも同様である。
  25. ^ 3022編成の4連から3502・3611を3032編成の3連の3616と差し替え3連化した。3032編成は元3022編成の3502・3611との4連を組成している。
  26. ^ ただし、3100編成3619と3076・3078編成の3500・3501は除く

出典[編集]

  1. ^ a b 東京工業大学鉄道研究部「山陽電気鉄道3000系」『鉄道ジャーナル』2005年7月号、116頁。
  2. ^ a b c d e f 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。65頁。
  3. ^ a b 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 pp.56-57
  4. ^ a b c d 東京工業大学鉄道研究部「山陽電気鉄道3000系」『鉄道ジャーナル』2005年7月号、118頁。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。66頁。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。70頁。
  7. ^ a b c d e f g h i 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。69頁。
  8. ^ a b 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』29頁。
  9. ^ a b 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』32頁。
  10. ^ a b c d e 東京工業大学鉄道研究部「山陽電気鉄道3000系」『鉄道ジャーナル』2005年7月号、119頁。
  11. ^ 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』24頁。
  12. ^ 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』25頁。
  13. ^ a b 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.72
  14. ^ 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』8頁。
  15. ^ 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』9頁。
  16. ^ a b c d 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。71頁。
  17. ^ a b 東京工業大学鉄道研究部「山陽電気鉄道3000系」『鉄道ジャーナル』2005年7月号、120頁。
  18. ^ a b c 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』20頁。
  19. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 pp.80-83,p.135,p.138
  20. ^ a b c d e f g h 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。68頁。
  21. ^ a b c d e f g 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。67頁。
  22. ^ a b 「2017年度 民鉄車両動向」『鉄道ピクトリアル』2018年10月号、電気車研究会、164頁。
  23. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.29
  24. ^ a b c d 「私鉄車両めぐり (144) 山陽電気鉄道(補遺)」
  25. ^ a b 「新車年鑑1998年版」pp.97-98
  26. ^ 「新車年鑑1999年版」p.104
  27. ^ a b c 「鉄道車両年鑑2005年版」pp.109-110
  28. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.64
  29. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.49,p.80
  30. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 pp.130-131,136-137
  31. ^ 「新車年鑑1988年版」p.130
  32. ^ 「新車年鑑1988年版」p.224
  33. ^ a b c d e f 「阪神大震災 被災と復旧の記録 4 山陽電鉄」
  34. ^ https://railf.jp/news/2018/08/16/203000.html
  35. ^ 「鉄道車両年鑑2011年版」p.151・p.221
  36. ^ 双葉社「都市鉄道完全ガイド 関西私鉄・地下鉄 キタ編」山陽電気鉄道記事内に掲載
  37. ^ http://www.sanyo-railway.co.jp/media/1432015565.pdf
  38. ^ a b c 「2016年度 民鉄車両動向」『鉄道ピクトリアル』2018年10月号、電気車研究会、146頁。
  39. ^ ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2017』交通新聞社、2017年、197頁。
  40. ^ 「Last Run」ヘッドマーク掲出について - 山陽電気鉄道、2017年5月16日
  41. ^ a b c ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2018』交通新聞社、2018年、197頁。
  42. ^ ローレル賞受賞車両「3000号」が引退します~「3000号さよなら記念イベント」を開催~ - 山陽電気鉄道、2017年10月19日
  43. ^ “山陽6000系6007編成が営業運転を実施|鉄道ニュース|2017年12月26日掲載|鉄道ファン・railf.jp” (日本語). 鉄道ファン・railf.jp. https://railf.jp/news/2017/12/26/120000.html 2018年6月26日閲覧。 
  44. ^ “山陽3202編成・3024編成に「Last Runヘッドマーク」|鉄道ニュース|2018年1月28日掲載|鉄道ファン・railf.jp” (日本語). 鉄道ファン・railf.jp. https://railf.jp/news/2018/01/28/200500.html 2018年6月26日閲覧。 
  45. ^ “山陽3204編成に「Last Runヘッドマーク」|鉄道ニュース|2018年2月17日掲載|鉄道ファン・railf.jp” (日本語). 鉄道ファン・railf.jp. https://railf.jp/news/2018/02/17/202000.html 2018年6月26日閲覧。 
  46. ^ ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2017』交通新聞社、2018年、198頁。
  47. ^ 山陽6000系増備車が試運転で阪神梅田へ|鉄道ニュース|2019年2月9日掲載|鉄道ファン・railf.jp” (日本語). 鉄道ファン・railf.jp. 2019年2月24日閲覧。
  48. ^ 山陽3200系に「Last Run」ヘッドマーク|鉄道ニュース|2019年2月24日掲載|鉄道ファン・railf.jp” (日本語). 鉄道ファン・railf.jp. 2019年2月24日閲覧。
  49. ^ https://railf.jp/news/2019/03/03/201000.html
  50. ^ 【山陽電鉄】3000系3052FにLastRunヘッドマーク
  51. ^ ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2016』交通新聞社、2016年、160頁。
  52. ^ a b ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2018』交通新聞社、2018年、164頁。

参考文献[編集]

  • 山陽電鉄車両部・小川金治 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』、保育社、1983年6月
  • 企画 飯島巌 解説 藤井信夫 写真 小川金治『私鉄の車両 7 山陽電気鉄道』、保育社、1985年8月
  • 鉄道ピクトリアル』 No.528 1990年5月臨時増刊号 特集「山陽電気鉄道/神戸電鉄」、電気車研究会、1990年5月
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.711 2001年12月臨時増刊号 特集「山陽電気鉄道/神戸電鉄」、電気車研究会、2001年12月
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.496 1988年5月臨時増刊号 「新車年鑑1988年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.660 1998年10月臨時増刊号 「新車年鑑1998年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.676 1999年10月臨時増刊号 「新車年鑑1999年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.767 2005年10月臨時増刊号 「鉄道車両年鑑2005年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.855 2011年10月臨時増刊号 「鉄道車両年鑑2011年版」、電気車研究会
  • 堀田和弘「私鉄車両めぐり (144) 山陽電気鉄道(補遺)」(『鉄道ピクトリアル』 No.545 1991年7月号 pp.34 - 35, 63 - 69掲載)
  • 山陽電機鉄道(株)「阪神大震災 被災と復旧の記録 4 山陽電鉄」(『鉄道ファン』No.427 1996年11月号 pp.82 - 87掲載)
  • 東京工業大学鉄道研究部「電鉄 往年の名車をクローズアップ 16 山陽電気鉄道3000系」『鉄道ジャーナル』2005年7月号、鉄道ジャーナル社、114-120頁。