山陽電気鉄道3000系電車

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山陽電気鉄道3000系電車
Sanyo 3030F at Nishi-shimmachi station.JPG
3030編成による普通車(西新町駅)
基本情報
運用者 山陽電気鉄道
製造所 川崎車輛→川崎重工業
製造年 1964年 - 1985年
製造数 133両[1]
主要諸元
編成 3両・4両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高速度 110 km/h
起動加速度 2.4 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
全長 19,000 mm
車体 アルミニウム合金
普通鋼
主電動機 MB-3020S
主電動機出力 125kW × 4
駆動方式 WNドライブ
歯車比 5.47=82/15
制御方式 抵抗制御
制御装置 KMC-201
制動装置 HSC-D
Wikipedia laurier W.png
第5回(1965年
ローレル賞受賞車両

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山陽電気鉄道3000系電車(さんようでんきてつどう3000けいでんしゃ)は、1964年から導入された山陽電気鉄道通勤形電車である。

原型の3000系(3000形)、2000系主電動機などを転用した3200系(3200形)、新造時より冷房装置を搭載する3050系(3050形)に大別される[1]。合計133両が川崎車輛→川崎重工業兵庫工場で製造されたほか、かつては2000系や2300系から改造編入した付随車が15両在籍していた[1]

山陽電気鉄道では車両の形式称号について書類上は「クモハ」や「モハ」などの車種を示す記号を用いているが、車両番号で車種が判別可能なため、通常は車体表記を含めて省略されている[2]。このため、本記事の以下の記述では、車種構成の項以外についてはこれらの記号を基本的に省略し、必要に応じて (M'c) や (M) などの略記号を付して解説する。また、編成表記については神戸西代神戸三宮)方先頭車の車両番号で代表し、3030編成の様に表記する。

概要[編集]

神戸高速鉄道開業前の架線電圧は、山陽電鉄が直流1,500Vであったが、乗り入れ先となる阪神電気鉄道阪急電鉄は600Vであったため、2000系では複電圧車として設計されていた[3]。しかし、阪神・阪急の両社とも神戸高速鉄道開業までに架線電圧を1,500Vに昇圧することが決定されたため、複電圧対応車両を用意する必要がなくなり、試行錯誤的に増備された2000系に代わる新たな標準車両を用意することとなった[1]

また、2000系は3両8編成が増備されたが、営業政策や運用上の様々な方針が変化した影響で同一仕様の編成が僅か3編成であり、台車などの機器に関しても複数種類存在し保守上扱いも難しい状況となったことから、仕様の統一と汎用性を重視した標準型車両として[4]、神戸高速鉄道の開業と阪急・阪神との相互乗り入れを踏まえて1964年に登場したのが3000系である[3]

車体[編集]

3000号車の車内。肘掛けの形状が異なるほか運転台後部にも座席がある

車体は2000系3扉アルミ車を基本としつつ、各車の全長を神戸高速乗入れ各社に合わせて19mに統一[5]、側扉は山陽電鉄で初の両開き扉(扉幅1,300mm)を採用した[1]。当初の2編成はアルミ合金製であったが、以後の増備車では普通鋼製車体を採用、1981年には3050系で新工法のアルミ合金製車体を採用し、以後は新工法アルミ車が増備された。

乗務員室は運転席部分の奥行きが深くなっており、先頭車の側面窓配置が左右で異なっている[5]運転台側の側面には乗務員室の小窓と客室の戸袋窓が、車掌台側の側面には客室の2段窓が設けられている。

運転室は床面を300mm高めた高運転台式とし、前面両隅に曲面ガラスを使用したパノラミックウィンドウを採用して視界を拡大した[1][6]。当時はモータリゼーションの進展による自動車の急増で踏切障害事故が増大した時期であり、乗務員の安全確保の観点から高運転台となった[1]日本国有鉄道(国鉄)の153系クハ153形500番台と同様の配慮であるが、前面形状は2000系に合わせた設計となっており、153系とは異なる印象となった[6]。なお、153系との共通箇所は曲面ガラスの寸法のみである[7]

車内では、座席に270形以来の実績がある低座面のロングシートを採用、座席端にスタンションポールが設置されており、特急運用とラッシュ対策の両立を図った構成となっている。

主要機器[編集]

主制御器[編集]

1基で2両分8基の主電動機を制御する1C8M方式を採用、電動車 (M) に2基のパンタグラフと主制御器を、制御電動車 (M'c) に各種補機を、それぞれ集約分散搭載する。

主制御器川崎電機製造/富士電機[注 1]KMC-201(直列11段、並列9段、弱め界磁4段)をM車に搭載する[7]

主電動機[編集]

併用軌道区間廃止に伴う特急での4両編成運転を見据えて、MT比1:1でも2000系3両編成と同等以上の性能を確保するため、主電動機は出力125kWの三菱電機MB-3020Sを採用した[1]。駆動装置は2000系のWNドライブを踏襲したが、歯車比は82:15 (5.47) に変更された。

MB-3020系主電動機は、1954年に登場した奈良電気鉄道(後の近鉄京都線)のデハボ1200形で最初に採用され、近畿日本鉄道(近鉄)でも一時期の標準電動機となった[8]。山陽の3000系においても乗り入れ先の阪急・阪神両線での走行性能確保を考慮し、近鉄で多数の採用実績のあるMB-3020系が採用された[9]。この主電動機は山陽の標準電動機として、1986年登場の回生ブレーキ5000系まで使用されるロングセラーとなった[10]

台車[編集]

台車は3000系アルミ車では軸梁式金属ばね台車を搭載したが、鋼製車からはウイングばね金属ばね台車が採用された。3050系の1973年以降の増備車より空気ばね台車が採用されている[11]

パンタグラフ[編集]

パンタグラフは中間電動車(M車)に2基を搭載する。3000形・3200形では菱形パンタグラフのPK-55であるが、3050系では集約分散式冷房装置の搭載に伴い、投影面積の小さなPK-57下枠交差式パンタグラフが搭載されている[12]。PK-57は後にPK-60へ換装[13]、続いてPK-80に変更された。

ブレーキ[編集]

2000系までのARSE-D発電制動付き電磁自動空気ブレーキに代えて、HSC-D電磁直通ブレーキ(発電制動・応荷重装置付き)が採用された[1][14]

編成[編集]

基本編成は神戸方からM'c-M-T-Tcの4両編成で、T車を外した3両編成での運用も可能である[1]。1980年代初頭まではT代用としてTcを挿入した4両編成も存在した。6両編成の場合は3両編成を2本併結して神戸方からM'c-M-Tc+M'c-M-Tcで組成するが、6両編成での営業運転は5000系6両編成の予備編成に限られており、2001年まで対応していた。

なお、電動車ユニットのみが在籍する3100・3200形はともに姫路方に3600形を連結してM'c-M-Tcの3両で1編成を構成する。3100系は当初、3050系4両編成の神戸方に電動車ユニット2両を増結する目的で計画・製作されたが、営業運転では6両編成での運用実績がない。また、3200形は搭載する主電動機の定格出力が低いため、引退まで全て3両編成で使用されていた。

3000系3両編成
3000 3000 3600
M'c M Tc
3000系4両編成
3000 3000 3500 3600
M'c M T Tc
3000系4両編成(3600形組込)
3000 3000 3600 3600
M'c M Tc Tc
3000系4両編成(3550形組込)
3000 3000 3550 3600
M'c M T Tc
3000系6両編成(3両編成×2:映画撮影用試運転のみ)
3000 3001 3600 3002 3003 3601
M'c M Tc M'c M Tc
3050系3両編成
3050 3050 3630
M'c M Tc
3050系4両編成
3050 3050 3530 3630
M'c M T Tc
3050系4両編成(3500形組込)
3050 3050 3500 3630
M'c M T Tc
3050系6両編成(3両編成×2)
3050 3050 3630 3050 3050 3630
M'c M Tc M'c M Tc
3100系3両編成
3100 3100 3600
M'c M Tc
3050系・3100系6両編成(計画)
3100 3100 3050 3050 3500 3630
M'c M M'c M T Tc
3200系3両編成
3200 3200 3600
M'c M Tc


系列別概説[編集]

3000系[編集]

3000系
Sanyo 3000 series 3601 2006-03-28.jpg
3000系1次車アルミ車
(2006年3月28日、山陽垂水駅
基本情報
製造年 1964年 - 1971年
製造数 70両
主要諸元
編成 3両・4両編成
車体 アルミニウム合金
普通鋼
主電動機 MB-3020S
主電動機出力 125kW × 4
歯車比 5.47=82/15
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神戸高速鉄道開業に伴う車両所要数の増大に対応して、3次に分けて1971年までに70両が製造された。

クモハ3000形 (M'c)
神戸方制御電動車(偶数車)
モハ3000形 (M)
中間電動車(奇数車)
クハ3600形 (Tc)
姫路方制御車
サハ3500形 (T)
付随車
サハ3550形 (T)
2000系等から編入の付随車

M車には主制御器と主抵抗器を装備、集電装置は菱形のPK-55形パンタグラフを2基搭載する[5][1]。M'c車には補助電源は6kVAの小型電動発電機(MG)を2台、空気圧縮機(CP)はC-1000LAを2台搭載し[15]、1台が故障しても機能を保持可能とした[5]

1次車(アルミ車)[編集]

前面細帯復刻後の3000編成(2015年12月、山陽垂水駅)
1968年増備のアルミ付随車3501(2018年)

2000系のアルミ車2012編成とステンレス車2014編成の運用実績を比較検討した結果、以降は軽量かつ保守に有利なアルミ車体を採用する方針となり、1964年12月に3000編成、1965年1月に3002編成がアルミ車体で製造された[1]。当初は西代駅 - 兵庫駅間に併用軌道が存在したため、3両編成で運用されていた[15]

  • 3000-3001-3600 (1964年12月24日竣工)
  • 3002-3003-3601 (1965年1月23日竣工)

神戸高速鉄道開業直前の1968年3月には、鋼製2次車と同時に3500と3501がアルミ車体で製造され、4両編成化されている[15]

  • 3500・3501 (1968年3月7日竣工)

2000系では可能な限りの各部にアルミ合金を採用したが、貫通路の桟板など摩耗が多くアルミ合金製は不向きと判断された部品は元に戻されるなど、2000系での実用の経験が3000系で反映されている[16]

側窓の見付も2000系アルミ車に準じており、独立した2段窓が扉間に3個、車端部に2個配置されている[1]。2段窓は上段下降・下段上昇で、上段の上下寸法が大きく、保護棒が設置された[5]。前照灯ケースの形状も2012編成を踏襲している。

運転台妻面を含む腰板の上下に細い赤帯を配するが、前面窓下の帯は1986年に着色フィルムによる太い色帯に変更された。2015年に3000編成で1986年以前の前面スタイルに復元されている[17]

当初は2000系アルミ車と同様、車体にクリアラッカー塗装を行っていた[16]。パンタグラフ摺板やブレーキシューからの異種金属粉付着による腐食、沿岸部の重工業地帯からの大気による化学的腐食の懸念があったためである[16]。しかし、クリア塗装は年数の経過による褪色が発生したことや、車体の腐食も洗浄によりほとんど問題にならないと確認されたこともあり[16]、1972年に塗装は剥離された[3]。以後のアルミ車も一部の例外を除き無塗装とされている[4]

台車は2000系の設計を踏襲し、軸梁式金属ばね台車OK-25B(電動車)・OK-21D(制御車)を採用した[1]。付随車ではウィングばね式金属ばね台車のKW-2Aを採用し、後年に電動車は新調したKW-1Aに、制御車は付随車との振り替えでKW-2Aに換装されている[15]

1965年1月26日、メーカーの川崎車輛によるアルミ製車両宣伝映画撮影のため、新造間もない3000系アルミ車の3両編成2本を併結した6両編成(3000-3001-3600+3002-3003-3601)が組成され、西代から飾磨まで片道のみ運転された[18]

オールアルミ合金製という技術が評価され、1965年6月に鉄道友の会よりローレル賞を受賞した[1]

アルミ車の冷房化改造は1989年に3500・3501の2両で最初に実施され、3076・3078編成へ組み込み両編成が4両編成化された[15]。続いて、3両編成に戻った3000・3002の両編成も翌1990年に冷房化が実施されている[15]。冷房装置は集中式のCU-71Sで、補助電源装置はTcに120kVAの静止形インバータ(SIV)を搭載し、Mc車には6kVAのMGが予備として1台存置された[15]

後年、3500・3501の2両は塗装されて3060・3062編成へ一時組み込まれた後、塗装を剥離して再度3000・3002編成へ戻った[15]。その後再び3076・3078編成に組み込まれている。

2017年11月の3000編成の運用終了後は、中間車3500・3501の2両が残るのみとなった。

2次車(鋼製車)[編集]

3000系2次車 3602(1987年、須磨浦公園駅

1968年の神戸高速鉄道東西線乗り入れに備え、1967年から1968年にかけて、3両編成9本と付随車4両の計31両が量産された[15]

  • 3004-3005-3602 (1967年4月7日竣工)
  • 3006-3007-3603 (1967年4月7日竣工)
  • 3008-3009-3604 (1967年4月7日竣工)
  • 3010-3011-3605 (1967年9月20日竣工)
  • 3012-3013-3606 (1967年10月12日竣工)
  • 3014-3015-3607 (1967年10月12日竣工)
  • 3016-3017-3608 (1968年1月8日竣工)
  • 3018-3019-3609 (1968年1月18日竣工)
  • 3020-3021-3610 (1968年3月7日竣工)
  • 3502・3503・3504・3505 (1968年3月7日竣工)

神戸高速鉄道開業までの短期間の大量増備のため、車体はコストダウンのため普通鋼製となっている[19][1]。外観は側窓は扉間3連・車端部2連のユニット連窓構造となっており[15]、窓幅は800mmである[20]。車内は先頭車の運転台直後の2人掛け座席を廃止し立席スペースに変更、室内灯のグローブも省略された[15]。このほか側出入口と座席間の立席スペースの拡張、出入口部への吊り革の設置も行われており、混雑緩和とメンテナンスフリーに努めた設計とされている[19]

台車はウィングばね式金属ばね台車の川崎車輛KW-1 (M・M'c車) ・KW-2 (Tc・T車) となったが、その他の機器類等はアルミ車からの変更はない[15]

鋼製車のため塗装が施され、当時の標準色であったネイビーブルーとクリームイエローの2色塗り分けとされた[1]

3次車(鋼製車)[編集]

3000系 3次車 3026(2019年2月、藤江~中八木にて)
旧塗装に復刻された3030編成(2019年10月)、東二見車庫にて(一般公開時に撮影)

1968年12月にTc車の3611 - 3615が増備され、全編成が4両編成となった[19]。T車ではなくTc車が増備されたのは、後述する3550形の改造編入が既に計画されていたためである[15]

  • 3611 (1968年12月27日竣工)
  • 3612・3613・3614・3615 (1968年12月26日竣工)

このグループから前面に手動、側面に電動の行先表示幕が設けられ、車外スピーカーも両側面に片側2つずつ設置された[15]。方向幕は指令器をMc車に設ける計画のため、登場当初は不使用であった[20]。屋根はビニール張りから樹脂加工に変更されている[19]。床面高さが若干上がり、前面下部の処置が若干異なっている。

行先表示幕や車外スピーカーは1・2次車にも追加設置されたが、前面の方向幕部が突出しており、車外スピーカーも片側あたり1箇所のみであることが3次車との相違点である[15]。方向幕が突出しているのは、貫通扉を開いた際に乗務員室の車掌台側の機器と競合するのを防ぐためである[21]

1969年には3両編成5本と3032-3033の1ユニットが製造された。電動車にも方向幕が設けられ[20]、M車の屋根はパンタグラフ設置部のみ110mm下げた低屋根とした[15]。この間、メーカーの川崎車輌は川崎航空機とともに1969年4月に川崎重工業に合併している[22]

  • 3022-3023-3616 (1969年3月26日竣工)
  • 3024-3025-3617 (1969年3月26日竣工)
  • 3026-3027-3618 (1969年3月26日竣工)
  • 3028-3029-3619 (1969年11月8日竣工)
  • 3030-3031-3620 (1969年11月8日竣工)
  • 3032-3033 (1969年11月8日竣工)

1970年には3034 - 3037と3621、1971年には3506 - 3508と3622が製造された[15]

  • 3034-3035 (1970年10月1日竣工)
  • 3036-3037 (1970年10月1日竣工)
  • 3621 (1970年10月1日竣工)
  • 3622 (1971年5月1日竣工)
  • 3506・3507・3508 (1971年5月4日竣工)

3600形のうち3619 - 3622の4両では、第1次アルミ車の台車交換で発生したOK-25Bを転用・装着されていたが、後に3619と3618の間で振り替えを行っている[15]

3550形[編集]

2000系編入車[編集]

1969年から翌年にかけて、複電圧車のため制御器が複雑で保守に手間が掛かっていた2000系のうち、2扉転換クロスシートの鋼製車3編成9両を3000系の付随車に編入する改造が実施された[23]。この改造で3550 - 3558の9両が登場[24]、改造元の車種と運転台の方向により3形態が存在する[22]

改造・車番対照[23]
方向
← 神戸
姫路 →
新車種
(旧車種)
T
(Mc)
T
(T)
T
(Mc)
新番号
(旧番号)
3551
(2004)
3550
(2503)
3552
(2005)
3554
(2006)
3553
(2502)
3555
(2007)
3557
(2002)
3556
(2504)
3558
(2003)

ブレーキ装置はHSCに変更、旧Mc車は電装解除、旧乗務員室は客室化された[23]。3扉化、座席はロングシート化、非貫通前面への貫通路設置、既存貫通路の狭幅化などが実施され、側面には電動式行先表示器と車外スピーカーも設置された[23]。台車は元Mc車がOK-15、元T車がOK-21である。

3553 - 3558の6両は1979年より冷房化改造が実施されたが、残る3両は改造が見送られた[23]。3550は1990年に救援車1500に改造された[25]。2000系改造の3550形は、2003年までに全廃となった[26]

2300系編入車[編集]
2300系編入車の旧先頭部(右)

1998年のダイヤ改正に伴う4両編成運用の増加に対応するため、2300系の3両編成2本が3000系の付随車として改造編入された[27]。この改造で3560 - 3565の6両が登場している[28][29]。車番は3560番台で、形式は同じ3550形となっている[28]が、3560形と分類する例もある[23][26]。冷房化は2300系時代に実施されている[26]

改造・車番対照[27]
方向
← 神戸
姫路 →
新車種
(旧車種)
T
(M'c)
T
(M)
T
(Tc)
新番号
(旧番号)
3560
(2300)
3562
(2301)
3564
(2600)
3561
(2302)
3563
(2303)
3565
(2601)

Mc・Tc車は中間車となったが、乗務員室の本格的な撤去・客室化は見送られ、運転台の一部機器類の撤去に留められており、妻面扉と仕切り扉により乗務員室を閉鎖して貫通路を確保している[27]。旧M車は2700系から2300系への高性能化改造の際に2700系時代の運転台を撤去、客室化済みである[27]

電装解除されたMc・M車の床下機器は主制御器と抵抗器が撤去され、付随車として必要なもののみが残された[27]。台車は元M'c・M車が種車のKW-1Bを付随車用に変更したKW-2B、元Tc車は種車のままのKW-2Bである[27]

これらは2003年以降、4連運用の大幅な削減によりすべて編成から外れ、2004年末までに全車廃車となった[30]

3200系[編集]

3200系
Sanyo-3200Series.jpg
3200系(手柄駅
基本情報
導入年 1969年 - 1970年(新造)
1990年、1998年(編入)
総数 新造6両・改造6両
引退 2019年2月28日
廃車 2019年
主要諸元
編成 3両編成
最高速度 100 km/h
車体 普通鋼
主電動機 MB-3037
主電動機出力 110 kW × 4
歯車比 4.39=79/18
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2000系の主電動機と駆動装置を流用した車両群で、車体は同時期製造の3000系と同一である。当初より3200形として新造されたグループと、3000系の主電動機換装で3200形に編入されたグループに大別される。8編成が製造された2000系のうち、新造車3編成・編入車3編成の6編成12両分の主電動機・駆動装置が転用されたことになる[27]。なお、4両編成では加速性能不足になることから、3600形Tc車との3両編成のみで使用されていた[31]

クモハ3200形 (Mc)
神戸方制御電動車(偶数車)
モハ3200形 (M)
中間電動車(奇数車)

2019年2月28日をもって引退し、形式消滅した。

新造車[編集]

1969年から1970年にかけて、3000系3次車の新造と並行して、2000系の3550形への改造で発生した2002 - 2007の主電動機・駆動装置を転用して新造した[27]。車体や制御器・補機類等は3000系3次車と同仕様である[31]。台車は主電動機支持架をMB-3037対応としたKW-1Bが採用されている[31]

  • 3200-3201 (1969年12月27日竣工)
  • 3202-3203 (1970年8月1日竣工)
  • 3204-3205 (1970年10月1日竣工)

制御車として3600形3620 - 3622を新造し、これらを組み合わせて運用されていたが、2018年2月の3204編成運用終了をもって消滅。

改造編入車[編集]

1988年に3000形3034-3035、1989年には3036-3037の計4両の主電動機・駆動装置を2000系の廃車発生品へ換装、3206-3207と3208-3209に改番された[31]1998年には3000形3010・3011の主電動機と駆動装置が2300系の電装解除に伴う発生品に換装され、3210・3211となった[31]。なお、改造で捻出したMB-3020S主電動機と駆動装置は、5000系の増備に流用されたほか、予備品確保に使用された[31]

3210編成は2017年に主電動機と駆動装置を再交換し、再び3010編成となった[32]。これにより、3200形更新車及びこのグループの3200形は消滅、他のグループの編成が全車廃車されたこともあり3200形から3000系に編入された唯一の事例となる。また、3206 - 3209の4両は3200形で最後まで残っていた車両である。

3050系[編集]

3050系
Sanyo 3633.jpg
3050系普通鋼製車
(2007年10月、舞子公園駅
基本情報
製造年 1972年 - 1985年
製造数 55両
主要諸元
編成 3・4両編成
車体 アルミニウム合金
普通鋼
主電動機 MB-3020S
主電動機出力 125 kW × 4
歯車比 5.47=82/15
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1972年の新造車からは、サービス向上のため冷房装置を装備しての導入となった[26]。形式番号は電動車は50番台以降、付随車・制御車については30番台以降とされ、このグループは「3050系」と総称される。

クモハ3050形 (Mc)
神戸方制御電動車(偶数車)
モハ3050形 (M)
中間電動車(奇数車)
サハ3530形 (T)
付随車
クハ3630形 (Tc)
姫路方制御車

冷房装置は集約分散式で、三菱電機CU-17形ユニットクーラー(8,500kcal/h)が1両あたり4基搭載される[31]。パンタグラフは冷房装置の搭載に伴うスペースの制約から下枠交差式となり、PK-57を奇数電動車に2基搭載[12]、取付部の低屋根は廃止された[13]。PK-57は後にPK-60へ換装[13]、続いてPK-80に変更された。

補助電源装置はM'c車に4両分の給電能力を有する120kVAの電動発電機 (MG) を搭載したほか、Tc車にも予備として従来の6kVAの小型MGを1台装備している[13][注 2]。制御器はKMC-201、電動機はMB-3020S、歯数比は82:15という基本的な機器仕様については3000系と同様である。

前面の意匠は3000系に準じているが、幌枠が若干太くなり、釣り金具がないという相違点がある[注 3]。車内天井部には風洞を設置して、天井を平面構造とした[33]

1・2次車(鋼製車)[編集]

1972年に1次車として3050編成の1編成4両を導入、続けて1973年に2次車として3052・3054の2編成8両が増備された[26]。冷房関係を除く基本的な電装品は3000系3次車に準じており、電動空気圧縮機 (CP) も3000系と同様、制御電動車にC-1000LAを2基搭載する。台車は冷房装備に伴う軸重増大に対応して車軸やばね定数を変更したKW-3・KW-4を装備する[13]が、3054編成は山陽電鉄最後の金属ばね台車を装備する車両となった。

  • 3050-3051-3530-3630 (1972年7月5日竣工)
  • 3052-3053-3531-3631 (1973年4月6日竣工)
  • 3054-3055-3532-3632 (1973年4月6日竣工)

3次車(鋼製車)[編集]

1973年11月竣工の3056編成より、2000系2010編成以来となる空気ばね台車を採用、KW-15(電動車)・KW-16(付随車)が装備された[13]。空気ばね台車の採用によりCPはHB-2000をTcとMcに各1基ずつ搭載し、容量増を図っている[13]。基礎ブレーキはブレーキシリンダー式ではなくダイアフラム式を採用している[13]。ブレーキ制御装置も仕様変更され、ブレーキ緩解時の空気排出音は従来よりも静かになった。また、前照灯ケースが小型化され、2つの電球の設置間隔が狭くなった。

  • 3056-3057-3533-3633 (1973年11月19日竣工)
  • 3058-3059-3534-3634 (1973年11月19日竣工)

その後も旧型車の代替として3050系を量産する計画であったが、1973年に勃発したオイルショックの影響で旅客数が減少に転じ、車両増備が数年間中断した[31]。この間、1976年に2700系のうち6両が高性能化改造を受け、2300系となっている[11]。主電動機・駆動装置・制動装置等の主要機器は3000系と同一品で揃えられた[27]

1977年より増備が再開されたが、1年に1編成ずつの新造に留まった[31]。この時の増備車 (3060編成 - 3064編成) は4両編成増備の需要がなく、車体の老朽化が特に深刻であった820形の置換えと特急用編成の冷房化促進を図る目的で3両編成で新造された[34]

  • 3060-3061-3635 (1977年5月31日竣工)
  • 3062-3063-3636 (1978年12月20日竣工)
  • 3064-3065-3637 (1979年12月20日竣工)

この新造編成3本には、3000系3次車4両編成3本から付随車サハ3500形3両 (3505 - 3507) を外して冷房化改造の上で組み込み[34]、4両編成として特急運用に充当され、3両編成化された3000系が820形等の置換えに充てられた[注 4]

3062編成以降では、台車がKW-27・KW-28に変更され、基礎ブレーキは通常のブレーキシリンダー式に戻った[13]。1977年製の3060編成は窓ガラスが黒色Hゴム支持であった[35]が、後に他車同様の灰色Hゴム支持に変更された。

4次車(試作アルミ車)[編集]

試作アルミ車の3066編成。鋼製車と同様に塗装されている(2007年9月、高速神戸駅)

1981年3月に製造された3066編成の電動車ユニット(3066・3067)は、新工法のアルミ車体試作車となった[36]。Tc車の3638は普通鋼製車体である[13]

  • 3066-3067-3638 (1981年3月31日竣工)

アルミ車は車体の軽量化と塗装費の節減という利点があるが、素材が鋼鉄よりも高価であり、アルミ地金の精錬に多量の電力を消費[注 5]するなど、イニシャルコストが高い欠点があった[37]。新工法のアルミ車では大型薄肉押出形材を多用して構造を簡略化、自動溶接で組み立てることでコストを抑制した[13]。床下機器は、床材の下部に押出しで整形されたカーテンレール状の溝に取付けボルトを掛けて吊り下げている[13]

側窓と妻窓は外付けのユニットサッシとなり、内装はメラミン樹脂化粧板に代わってクリーム色のFRP樹脂一体成型品を採用、工法の簡易化と保守性の向上が図られた[13]

新工法のアルミ車は、従来の3050系と比較して、Mc車で38.9tから34.4tに、M車で37.8tから33.3tに、T車は28.7tから24.2tに、Tc車は31.2tから26.7tに、それぞれ4.5tの軽量化がなされている[38]

3066編成と組むTc車の3638は鋼製車体で製造されたため、アルミ車も鋼製車と同様に塗装されている[13]。当初は冷房化改造した3000系T車の3508を組み込んで4両編成としたが、1984年にアルミ車の3538を新造して置き換えた[38]

台車は円筒案内式ダイレクトマウント空気ばね台車で、M'c・M車はKW-35、鋼製Tc車の3638はKW-36となった[13]

5次車(新アルミ車)[編集]

3642 (3074編成)
(2013年5月、山陽姫路駅)
3100(2016年11月、山陽須磨駅) アルミ車に合わせた灰色塗装の3600形3619(2007年10月、舞子公園駅)
3100(2016年11月、山陽須磨駅)
アルミ車に合わせた灰色塗装の3600形3619(2007年10月、舞子公園駅)

1981年6月には、3068編成が全車アルミ車体の4両編成で増備され、ヘアライン仕上げの無塗装が採用された[13]。続いて1982年から1984年にかけて4両編成3本 (3070編成 - 3074編成) と付随車1両 (3538) が製造された。

  • 3068-3069-3539-3639 (1981年6月23日竣工)
  • 3070-3071-3540-3640 (1982年6月25日竣工)
  • 3072-3073-3541-3641 (1983年6月17日竣工)
  • 3074-3075-3542-3642 (1984年6月21日竣工)
  • 3100-3101 (1983年6月17日竣工)
  • 3538 (1984年6月8日竣工)

側面窓下には幅100mmの赤帯を入れ[39]、正面には左右窓下に幅450mmの赤帯を入れた[35]。客用扉と正面貫通扉はステンレス製の無塗装となり、赤色の飾帯は着色フィルムでの貼り付けとなった[13]。3538は3066編成の付随車3508号と組み替えられ、同編成に合わせて塗装されている[40]

3534以来久々の新造となった付随車は、3630形に合わせて車両番号が3539から付与されており、後に追加新造された3538を除く3535 - 3537については欠番となっている。台車はM'c・M車はアルミ試作車と同じKW-35、Tc・T車はKW-36Aである[35][13]

1983年に製造された3100・3101のユニットは、将来のラッシュ時の増結による5両・6両編成運転を想定した増結車として計画された[41]。3101の姫路方に簡易運転台の設置準備工事を実施、連結器は自動連結開放が可能な電気連結器付き密着式連結器を装備した[13]

当面は増結運用の予定がなかったため、鋼製車の3600形3619との3両編成(3100-3101+3619)を組成した[41]。3619は非運転台側に電気連結器を装備、アルミ車に合わせた明灰色で塗装している[41]ほか、客用扉もステンレス無塗装仕様に交換された。その後の増結運用の実績はなく、連結器も棒連結器となった[42]

3100の補助電源装置はMGに代えて120kVAのGTOサイリスタによる静止形インバータ(SIV)が初採用され、以後の新造・冷房化改造車にも踏襲された[40]

6次車(新アルミ車)[編集]

3050系6次車・3078編成(2008年)

1985年には3000系列最後の増備が行われ、3両編成2本(3076・3078編成)が製造された。この2編成は前面貫通扉と乗務員室扉がステンレス無塗装からアルミ製に変更されている[13][42]。車内では優先座席のモケットがグレーに区分された[40]

  • 3076-3077-3643 (1985年6月14日竣工)
  • 3078-3079-3644 (1985年6月14日竣工)

この2編成の新製をもって3000系列の製造は終了し、翌1986年からの新製は5000系に移行した[2]

改造工事[編集]

冷房化改造[編集]

1972年からの冷房車3050系の新造に続いて、非冷房の3000系の冷房化改造が1977年(昭和52年)より開始された[43]。当初は特急の全列車冷房化を目標に4両編成より着手され[44]、1983年からは3200形など普通列車用の3両編成にも拡大された[45]1990年(平成2年)までに全車の冷房化を完了した[25]

冷房改造は1977年に3050系の付随車として組み込むサハより開始、3508を皮切りに1981年4月までに3507・3506・3505の順で4両に施工された[35]。編成単位では1979年(昭和54年)より4両編成の3036編成から実施され[44]、1981年6月の3026編成まで各年2編成ずつ、計6編成で実施された[35]

冷房装置は、パンタグラフ付きのM車は集中式のCU-73(36,000kcal/h)を1台、パンタグラフのないMc・T・Tc車が3050系と同じ集約分散式のCU-17(8,500kcal/h)を4台搭載した[35]。パンタグラフ付き車両は小型パンタグラフへの交換を避けるため集中式となり[43]、パンタグラフなし車両は屋根構造の大幅変更を避けるため分散式となった[43]。パンタグラフは菱形のPK-55が存置され[44]、補助電源は容量110kVAの交流電動発電機が制御電動車に搭載された[15]

1983年には3200系3両編成の3200・3202の各編成、3100・3101のユニットと組む3619に施工され、3両編成で初の冷房車が登場した[35]。1984年以降の冷房改造車からは、補助電源にGTOインバーターのSIVが本格採用された[35][46]

1986年は5000系の増備のため3000系の冷房化は行われず[47]1987年(昭和62年)からの改造車は全車とも5000系と同じ集中式のCU-71Sを1基搭載となった[47][48]。1987年に冷房化した3204編成は、全車が集中式冷房ながらSIVではなくMGを搭載していた[31]。更に、最後に冷房化改造が行われた1次車(初期アルミ車)2編成では冷房電源装置の搭載位置も制御車3600形に変更された[25]

初期アルミ車は構造上冷房化が困難として最後まで残されたが、溶接技術や施工技術の向上により冷房化が可能となり、3000・3002の3連2編成の施工をもって冷房化改造を完了、山陽電鉄の旅客車は全て冷房車になった[49]

塗装変更[編集]

鋼製車とアルミ車の登場時塗色

山陽では1949年登場の820形以来のクリームとブルーの2色塗装が採用されていたが、1986年(昭和61年)の5000系導入と同時期より鋼製車両の塗装変更が開始[43]され、クリーム地に赤と黒の色の帯を配する塗装となった[50][51]

作業工数短縮のため単色塗装とし[52]、赤と黒の帯はステッカーで配された[43]。塗装変更の最初の編成は3024編成で、1986年7月15日に竣工した[43]

救援車への改造[編集]

2000系より編入の付随車3550は、1990年11月に救援車に改造され、1500に改番された[49]。自力走行は不可能なため、万が一の出動の際は3000系と併結、牽引される[53]

1500は2010年6月30日付で廃車となっている[54]

6両編成予備対応[編集]

クロスシート改造車3075 (3074編成) の車内(2013年、大塩駅)

3060・3062編成の3両編成2本は、予備として必要な際に3+3の6両編成の組成を可能とするため、1992年に6両編成対応工事が行われた[13]。5000系と同じく2両分のドアカットに対応可能なよう戸閉回路が変更された[13]。後に3076・3078編成が6両予備となったため、3060・3062編成による6両編成での営業運転の実績はない[13]

1993年、5000系3両編成の最後の2本が4両編成となったため、6両運用予備の後継車に3076・3078の3両編成2本が指定された[13]。3060・3062編成と同様の6両対応改造と同時に座席のセミクロスシート化が施工され、前面方向幕の電動化も行われた[40]。クロスシートは5000系の固定クロスシート転換クロスシートへ改造した際の発生品が転用されている[40]。1995年には3074編成にも同様の改造が施工されている[40]

3050系による予備運用は2001年3月のダイヤ改正まで行われ、3編成のうち2編成で3両編成2本併結の6両編成を組成し、5000系6両編成の予備編成として使用されていた[40]

ワンマン化改造[編集]

1994年、3200系の全車と3000系の3006・3010編成[23]を対象に、網干線ワンマン運転開始に伴う対応改造が行われた[53]

乗務員の視界確保のために運転席側前面ガラスの縦桟がなくなり、隅部と平面部を一体化したガラスに変更された[31]。車内では、自動放送装置の設置、ドア開閉予告チャイムの設備、デッドマン装置の強化などが行われている[31]。本線のツーマン運転も可能なよう、切替スイッチも設置されている[53]

リニューアル[編集]

3000系リニューアル・集中冷房編成
3000系リニューアル・分散冷房編成
リニューアル車の車内

2004年度より3000系のリニューアル工事(リフレッシュ工事[55])が開始された。最初の編成となる3210編成は2005年3月25日に竣工[56]、2015年までの11年間で13編成44両に施工された。

客室のリニューアル工事として、側出入口間の側面窓の一体型ユニットサッシへの交換、車端部の側面窓の大型1枚ガラスへの変更、化粧板とカーテンの新柄への交換、妻引戸の窓の大型化を実施した[55]。バリアフリーへの対応としては、車椅子スペースの新設、連結面間への転落防止幌の新設、車内の表記類のピクトグラム化を行い、優先座席前の吊り革は5cm低くされた[55]

保安度向上のため、構体と屋根の修繕、扉と上下レールの更新、運転室床下の空気配管の更新、車体高圧配線の更新、ATSの新型への更新を行った[55]

2008年には3058編成が出場し、3050系で最初のリニューアルとなった。2013年出場の3060編成以降の施工車では、客室灯がLEDに交換されている[57]。3064編成からは神戸方先頭のコンプレッサーがSL22型に更新された[注 6]

各編成のリニューアル竣工日は以下の通り[57]。車両番号は施工当時、掲載順序は施工順。

  • 3210編成 - 2005年3月25日[56]
  • 3006編成 - 2005年8月26日
  • 3016編成 - 2006年9月11日
  • 3018編成 - 2006年12月19日
  • 3014編成 - 2007年9月11日
  • 3058編成 - 2008年5月9日
  • 3012編成[注 7] - 2008年10月21日
  • 3008編成[注 8] - 2010年10月19日
  • 3056編成 - 2012年3月9日
  • 3060編成 - 2013年2月8日
  • 3064編成 - 2014年2月5日
  • 3062編成 - 2016年3月8日[58]

阪神・淡路大震災[編集]

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、3000系は3026編成が板宿 - 西代間で被災した[59]。また、神戸高速線内では大開駅が崩壊し、高速神戸駅に停車中の3070編成4連[60]が取り残されたが、大きな被害はなかった[61]。神戸高速線では他に大開駅東方で5000系の5022編成6連が脱線したが被害は小さく[61]新開地駅に取り残された5018編成4連にも大きな被害はなかった[60]

3000系3026編成の4連は、上り普通列車として板宿駅 - 西代駅間を走行中に停電のため駅間に停止したが、激しい上下動のため台車のオイルダンパ多数が伸び切った状態で破損し、床下機器の一部にも損傷を受けていた[62]。3026編成は2月2日に保線用モーターカーで牽引し、東須磨車庫に収容された[59]。西代駅 - 東須磨駅間は地下線で復旧したため、この列車が旧地上線を走った最後の列車となった[59]

2月6日新開地駅 - 阪神三宮駅間が運行を再開し、山陽は3070編成の4連1本、5000系5018・5022編成の6連2本の計3編成、阪神は4連2編成を充当[61]、その後運転区間は西灘駅まで延長された[61]。孤立区間の山陽車3編成の列車検査・月検査は、新開地駅 - 高速神戸駅間の上り線に仮設した簡易ピットで実施された[62]

阪神・阪急は6月に全線復旧したが、山陽の3編成は自社の車両基地へ入庫できないまま、8月13日の神戸高速線全線復旧まで新開地 - 阪急六甲阪神大石間の運用が続いた[61]。洗車が出来ず車体に汚れが目立ったため、化学ぞうきんによる外板清掃が8月の復旧までの間に4度実施された[62]

運用[編集]

特急から普通まで幅広く運用されていたが、2001年のダイヤ改正以降は普通(3両・4両編成)を主体にS特急(4両編成)でも運用されている[1]。運転区間は姫路駅 - 阪急神戸三宮駅・阪神神戸三宮駅(回送運転として阪神大石駅まで)間である。網干線では1995年よりワンマン運転を行っている[1]

特急運用終了後も、運行トラブル等の場合は車両交換の上で直通特急として代走することがある[63]。また、4両編成は付随車1両を外した3両編成で運用する例もある[64]

廃車[編集]

ラストランのヘッドマークを付けた3000F(山陽明石駅)

3550形の2000系編入車のうち、3552は1985年に、3551は1989年にそれぞれ廃車となった。1998年には3553・3554・3558の3両が冷房車で初の廃車となり、その後も3両が残っていた[23]が、2003年までに廃車となった[26]。2003年(平成15年)以降、4連運用の減少により2300系編入車も2004年度(平成16年度)までに全車廃車され、3550形は形式消滅した[30]。この廃車により、山陽電鉄の営業車両から片引き扉の車両は全廃となった[30]

その後2010年(平成22年)には新造車では初の廃車が発生し、同年6月30日付で3500形3507・3508が廃車となっている[54][65]

3000系は2016年に登場した6000系による代替対象となり[66][67]、2016年度には3000系で初の編成単位の廃車が発生した[68]。初期アルミ車3002編成と鋼製車3022編成の3両編成2本が2017年1月1日付で廃車となった[69][68]が、3022編成は廃車前に別編成の3600形と差し替えられた[68][注 9]

2017年5月、3004編成と3200系3200編成が引退記念ヘッドマークを掲出して5月31日まで運行し[70]、同年10月1日付で廃車となった[71]

トップナンバーの初期アルミ車3000編成は、11月22日で定期運行が終了となり[72]、定期運行終了翌日の11月23日に引退記念の団体専用列車として、姫路→明石→東二見で最終運行を行った。3000編成は2017年12月31日付で廃車[71]、されたが、神戸方先頭車3000は2019年10月現在東二見車両基地で静態保存されている。なお、初期アルミ車は3500形の2両 (3500、3501) を残すのみとなった[32]

2017年12月に6000系が3編成増備された[73]ことにより、3024編成と3202編成が2018年1月31日に[74]、3204編成が2018年2月28日に営業運転を終了した[75]。これら3編成は2018年3月31日付で廃車となっている[71][76]。3204編成の引退に伴い、3200形新造車と、全車集中冷房かつリニューアル未施工の編成が消滅した。

2019年、6000系の6008・6009編成の2編成の導入に伴い、3200系の3206・3208編成が2019年2月28日で営業運転を終了し、3200系が全車引退した[77][78]。3200系の本線運用は、3206編成により同年3月2日に運行された団体列車が最後となった[79]

3000系未更新車で最後の定期検査は3030編成となり、同時に旧塗装へ復刻された。この編成は2021年春まで運行される予定[80]

6000系4両編成の投入に伴い、3050系3052編成は2019年7月5日を以って営業運転を終了した[81]。同編成は3050系初の廃車となる見込み。続いて、3050・3054の2編成も同年12月16日に引退する[82]

編成表[編集]

車番の*はアルミ車。

2016年[編集]

2016年4月1日現在[57]。編成単位の廃車開始前。

← 神戸
姫路 →
備考
Mc M T Tc
3022 3023 3502 3611
3030 3031 3505 3615
Mc M T Tc
3050 3051 3530 3630
3052 3053 3531 3631
3054 3055 3532 3632
3056 3057 3533 3633 リニューアル車
3058 3059 3534 3634 リニューアル車
3066* 3067* 3538* 3638
3068* 3069* 3539* 3639*
3070* 3071* 3540* 3640*
3072* 3073* 3541* 3641*
3074* 3075* 3542* 3642*
Mc M T Tc
3060 3061 3506 3635 リニューアル車
3062 3063 3504 3636 リニューアル車
3064 3065 3503 3637 リニューアル車
3076* 3077* 3500* 3643*
3078* 3079* 3501* 3644*
← 神戸
姫路 →
備考
Mc M Tc
3000* 3001* 3600*
3002* 3003* 3601*
3004 3005 3602
3006 3007 3603 リニューアル車
3008 3009 3604 リニューアル車
3012 3013 3606 リニューアル車
3014 3015 3607 リニューアル車
3016 3017 3608 リニューアル車
3018 3019 3609 リニューアル車
3020 3021 3610 リニューアル車
3024 3025 3612
3026 3027 3613
3028 3029 3614
3032 3033 3616
Mc M Tc
3100* 3101* 3619
Mc M Tc
3200 3201 3620
3202 3203 3621
3204 3205 3622
3206 3207 3617
3208 3209 3618
3210 3211 3605 リニューアル車

2018年[編集]

2018年4月1日現在[83]。3502-3611は3022編成から編入、3010編成は2017年に3210編成から編入、改番[83]

← 神戸
姫路 →
備考
Mc M T Tc
3030 3031 3505 3615
3032 3033 3502 3611
Mc M T Tc
3050 3051 3530 3630
3052 3053 3531 3631
3054 3055 3532 3632
3056 3057 3533 3633 リニューアル車
3058 3059 3534 3634 リニューアル車
3066* 3067* 3538* 3638
3068* 3069* 3539* 3639*
3070* 3071* 3540* 3640*
3072* 3073* 3541* 3641*
3074* 3075* 3542* 3642*
Mc M T Tc
3060 3061 3506 3635 リニューアル車
3062 3063 3504 3636 リニューアル車
3064 3065 3503 3637 リニューアル車
3076* 3077* 3500* 3643*
3078* 3079* 3501* 3644*
← 神戸
姫路 →
備考
Mc M Tc
3006 3007 3603 リニューアル車
3008 3009 3604 リニューアル車
3010 3011 3605 リニューアル車
3012 3013 3606 リニューアル車
3014 3015 3607 リニューアル車
3016 3017 3608 リニューアル車
3018 3019 3609 リニューアル車
3020 3021 3610 リニューアル車
3026 3027 3613
3028 3029 3614
Mc M Tc
3100* 3101* 3619
Mc M Tc
3206 3207 3617
3208 3209 3618

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 川崎電機製造は1959年に川崎重工業から分社、1968年に富士電機に吸収合併。
  2. ^ これにより電動車のMGが故障停止となっても制御回路や車内灯の電力は供給可能となるため、運転そのものの続行が可能となる。
  3. ^ 3000系は登場初期は姫路方先頭車の前面に吊り幌式の貫通幌を常時装着していた。
  4. ^ このような経緯から、これら3編成は付随車が金属ばね台車となっている。また、3062・3064編成はのちの編成組み換えでサハがそれぞれ3504・3503に差し替えられた。
  5. ^ 地金1tの精錬に約16,000kWhの電力を消費する。
  6. ^ 姫路方先頭のコンプレッサーを更新しなかったのは、容量が従来の毎分2000リットルだったものが毎分1600リットルに減少したため。のちに実施される5000系のリニューアルでも同様である。
  7. ^ この編成より、方向幕指令器を交換し、前面行先表示器を自動化している。また、それ以前にリニューアルされた編成も方向幕指令器を交換した編成が存在する。
  8. ^ リニューアル時に架線検測装置を設置し、パンタグラフを交換している。
  9. ^ 3022編成の4連から3502・3611を3032編成の3連の3616と差し替え3連化した。3032編成は元3022編成の3502・3611との4連を組成している。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、65頁。
  2. ^ a b 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、64頁。
  3. ^ a b c 東京工業大学鉄道研究部「山陽電気鉄道3000系」『鉄道ジャーナル』2005年7月号、116頁。
  4. ^ a b 『山陽電気鉄道百年史』142頁。
  5. ^ a b c d e 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』37頁。
  6. ^ a b 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 pp.56-57
  7. ^ a b 堀田和弘「私鉄車両めぐり〔140〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』1990年5月臨時増刊号、67頁。
  8. ^ 真鍋裕司「カルダン電動機のロングセラーMB-3020」『鉄道ピクトリアル』1990年5月臨時増刊号、62頁。
  9. ^ 真鍋裕司「カルダン電動機のロングセラーMB-3020」『鉄道ピクトリアル』1990年5月臨時増刊号、63頁。
  10. ^ 真鍋裕司「カルダン電動機のロングセラーMB-3020」『鉄道ピクトリアル』1990年5月臨時増刊号、61頁。
  11. ^ a b 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、63頁。
  12. ^ a b 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』24頁。
  13. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、70頁。
  14. ^ 『山陽電気鉄道百年史』143頁。
  15. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、66頁。
  16. ^ a b c d 渡辺寿男「山陽電車の車両高性能化の頃」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。48頁。
  17. ^ 『山陽 鉄道フェスティバル2015』開催 鉄道ニュース(railf.jp)、2015年10月25日。
  18. ^ 阪神電車鉄道同好会「阪神〜山陽直通特急の運転をめぐって」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。56頁。
  19. ^ a b c d 東京工業大学鉄道研究部「山陽電気鉄道3000系」『鉄道ジャーナル』2005年7月号、118頁。
  20. ^ a b c 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』29頁。
  21. ^ 山陽電鉄車両部・小川金治『日本の私鉄27 山陽電鉄』61頁。
  22. ^ a b 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』32頁。
  23. ^ a b c d e f g h 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、67頁。
  24. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.29
  25. ^ a b c 「私鉄車両めぐり (144) 山陽電気鉄道(補遺)」
  26. ^ a b c d e f 東京工業大学鉄道研究部「山陽電気鉄道3000系」『鉄道ジャーナル』2005年7月号、119頁。
  27. ^ a b c d e f g h i 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、68頁。
  28. ^ a b 「新車年鑑1998年版」pp.97-98
  29. ^ 「新車年鑑1999年版」p.104
  30. ^ a b c 「鉄道車両年鑑2005年版」pp.109-110
  31. ^ a b c d e f g h i j k l 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、69頁。
  32. ^ a b 「2017年度 民鉄車両動向」『鉄道ピクトリアル』2018年10月号、電気車研究会、164頁。
  33. ^ 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』25頁。
  34. ^ a b 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.72
  35. ^ a b c d e f g h 堀田和弘「私鉄車両めぐり〔140〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』1990年5月臨時増刊号、69頁。
  36. ^ 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』8頁。
  37. ^ 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』13頁。
  38. ^ a b 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』16頁。
  39. ^ 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』9頁。
  40. ^ a b c d e f g 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、71頁。
  41. ^ a b c 飯島・藤井・小川『私鉄の車両7 山陽電気鉄道』20頁。
  42. ^ a b 東京工業大学鉄道研究部「山陽電気鉄道3000系」『鉄道ジャーナル』2005年7月号、120頁。
  43. ^ a b c d e f 『山陽電気鉄道百年史』216頁。
  44. ^ a b c 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.64
  45. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 p.49,p.80
  46. ^ 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』 pp.130-131,136-137
  47. ^ a b 堀田和弘「私鉄車両めぐり〔140〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』1990年5月臨時増刊号、70頁。
  48. ^ 「新車年鑑1988年版」p.224
  49. ^ a b 森重和・峯田雅実「車両の技術と検修設備」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。27頁。
  50. ^ 山電、昭和期のツートンカラー車両復刻 6日から運用 神戸新聞NEXT、2019年7月5日。
  51. ^ 山陽電気鉄道(株) 総務本部総務・広報グループ「総説:山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。11頁。
  52. ^ 山陽電気鉄道(株)車両部「車両政策と検修設備の概要」『鉄道ピクトリアル』1990年5月臨時増刊号、電気車研究会。11頁。
  53. ^ a b c 森重和・峯田雅実「車両の技術と検修設備」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、電気車研究会。28頁。
  54. ^ a b ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2011』交通新聞社、2011年、187頁。
  55. ^ a b c d 森重和・峯田雅実「山陽電気鉄道 3000系 リフレッシュ工事」『鉄道ピクトリアル』2005年10月臨時増刊号(鉄道車両年鑑2005年版)、電気車研究会。176-177頁。
  56. ^ a b 「各社別新造・改造・廃車一覧」『鉄道ピクトリアル』2005年10月臨時増刊号(鉄道車両年鑑2005年版)、電気車研究会。228頁。
  57. ^ a b c ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2016』交通新聞社、2016年、160頁。
  58. ^ ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2016』交通新聞社、2016年、203頁。
  59. ^ a b c 山陽電気鉄道「阪神大震災 被災と復旧の記録 4 山陽電鉄」『鉄道ファン』1996年11月号、83頁。
  60. ^ a b 山陽電気鉄道「阪神大震災 被災と復旧の記録 4 山陽電鉄」『鉄道ファン』1996年11月号、82頁。
  61. ^ a b c d e 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2001年12月臨時増刊号、73頁。
  62. ^ a b c 山陽電気鉄道「阪神大震災 被災と復旧の記録 4 山陽電鉄」『鉄道ファン』1996年11月号、84頁。
  63. ^ 山陽3050系が直通特急を代走 鉄道ニュース(railf.jp)、2019年3月25日。
  64. ^ 山陽3050系3076編成が3連化される 鉄道ニュース(railf.jp)、2018年8月16日。
  65. ^ 「鉄道車両年鑑2011年版」p.151・p.221
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  67. ^ 新型車両「6000系」を導入します 山陽電気鉄道、2015年5月19日
  68. ^ a b c 「2016年度 民鉄車両動向」『鉄道ピクトリアル』2018年10月号、電気車研究会、146頁。
  69. ^ ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2017』交通新聞社、2017年、197頁。
  70. ^ 「Last Run」ヘッドマーク掲出について - 山陽電気鉄道、2017年5月16日
  71. ^ a b c ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2018』交通新聞社、2018年、197頁。
  72. ^ ローレル賞受賞車両「3000号」が引退します~「3000号さよなら記念イベント」を開催~ - 山陽電気鉄道、2017年10月19日
  73. ^ “山陽6000系6007編成が営業運転を実施|鉄道ニュース|2017年12月26日掲載|鉄道ファン・railf.jp” (日本語). 鉄道ファン・railf.jp. https://railf.jp/news/2017/12/26/120000.html 2018年6月26日閲覧。 
  74. ^ “山陽3202編成・3024編成に「Last Runヘッドマーク」|鉄道ニュース|2018年1月28日掲載|鉄道ファン・railf.jp” (日本語). 鉄道ファン・railf.jp. https://railf.jp/news/2018/01/28/200500.html 2018年6月26日閲覧。 
  75. ^ “山陽3204編成に「Last Runヘッドマーク」|鉄道ニュース|2018年2月17日掲載|鉄道ファン・railf.jp” (日本語). 鉄道ファン・railf.jp. https://railf.jp/news/2018/02/17/202000.html 2018年6月26日閲覧。 
  76. ^ ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2017』交通新聞社、2018年、198頁。
  77. ^ 【山陽】3200系 ラストランヘッドマークを掲出 RMニュース(鉄道ホビダス)、2019年2月26日。
  78. ^ 山陽3200系に「Last Run」ヘッドマーク|鉄道ニュース|2019年2月24日掲載|鉄道ファン・railf.jp” (日本語). 鉄道ファン・railf.jp. 2019年2月24日閲覧。
  79. ^ 山陽電鉄で『播磨の新酒列車』運転 鉄道ニュース(railf.jp)、2019年3月3日
  80. ^ 山陽電気鉄道3000系、オリジナル鋼製車3030号に懐かしの塗装を復刻 マイナビニュース、2019年7月5日。
  81. ^ 【山陽】3052号が7月5日にラストラン RMニュース(鉄道ホビダス)、2019年7月1日。
  82. ^ http://rail.hobidas.com/rmn/archives/2019/12/30503054f.html
  83. ^ a b ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2018』交通新聞社、2018年、164頁。

参考文献[編集]

  • 山陽電気鉄道(株)『山陽電気鉄道百年史』2007年。
  • 山陽電鉄車両部・小川金治 『日本の私鉄 27 山陽電鉄』、保育社、1983年6月
  • 企画 飯島巌 解説 藤井信夫 写真 小川金治『私鉄の車両 7 山陽電気鉄道』、保育社、1985年8月
  • 鉄道ピクトリアル』 No.528 1990年5月臨時増刊号 特集「山陽電気鉄道/神戸電鉄」、電気車研究会、1990年5月
    • 真鍋裕司「カルダン電動機のロングセラーMB-3020」61-63頁。
    • 堀田和弘「私鉄車両めぐり〔140〕 山陽電気鉄道」64-80頁。
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.711 2001年12月臨時増刊号 特集「山陽電気鉄道/神戸電鉄」、電気車研究会、2001年12月
    • 井上俊行「私鉄車両めぐり〔167〕 山陽電気鉄道」61-75頁。
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.496 1988年5月臨時増刊号 「新車年鑑1988年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.660 1998年10月臨時増刊号 「新車年鑑1998年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.676 1999年10月臨時増刊号 「新車年鑑1999年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.767 2005年10月臨時増刊号 「鉄道車両年鑑2005年版」、電気車研究会
  • 『鉄道ピクトリアル』 No.855 2011年10月臨時増刊号 「鉄道車両年鑑2011年版」、電気車研究会
  • 堀田和弘「私鉄車両めぐり (144) 山陽電気鉄道(補遺)」(『鉄道ピクトリアル』 No.545 1991年7月号 pp.34 - 35, 63 - 69掲載)
  • 山陽電気鉄道(株)「阪神大震災 被災と復旧の記録 4 山陽電鉄」(『鉄道ファン』No.427 1996年11月号 pp.82 - 87掲載)
  • 東京工業大学鉄道研究部「電鉄 往年の名車をクローズアップ 16 山陽電気鉄道3000系」『鉄道ジャーナル』2005年7月号、鉄道ジャーナル社、114-120頁。