山辺郡

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奈良県山辺郡の範囲(緑:山添村 薄緑:後に他郡から編入した区域 薄黄:後に他郡に編入された区域)

山辺郡(やまべぐん)は、奈良県大和国)の

人口3,094人、面積66.52km²、人口密度46.5人/km²。(2022年6月1日、推計人口

下記の1村を含む。

郡域[編集]

1880年明治13年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。

  • 奈良市の一部(都祁馬場町、荻町以南[1]および月ヶ瀬嵩)
  • 大和郡山市の一部(新庄町)
  • 天理市の大部分(櫟本町・和爾町・楢町・森本町・蔵之庄町・中之庄町・柳本町・渋谷町・檜垣町・遠田町・海知町・武蔵町を除く)
  • 桜井市の一部(修理枝)
  • 宇陀市の一部(室生三本松、室生大野、室生向淵以北)
  • 山添村の大部分(室津・松尾・桐山・峰寺・的野・北野[2]を除く)

歴史[編集]

古代[編集]

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和名類聚抄』に記される郡内の

  • 都介
  • 星川(保之加波)
  • 服部(波止利)
  • 長屋(奈加也)
  • 石成(以之奈利)
  • 石上(伊曽乃加美)

式内社[編集]

延喜式神名帳に記される郡内の式内社

神名帳 比定社 集成
社名 読み 付記 社名 所在地 備考
山辺郡 13座(大7座・小6座)
大和坐大国魂神社 三座 オホヤマト- 並名神大 月次相嘗新嘗 大和神社 奈良県天理市新泉町 [1]
石上坐布留御魂神社 イソノカミノ-フツノミタマノ 名神大 月次相嘗新嘗 石上神宮 奈良県天理市布留町 [2]
都祁水分神社 ツケノミコマリノ 月次新嘗 都祁水分神社 奈良県奈良市都祁友田町 [3]
山辺御県坐神社 ヤマヘノミアカタノ- 月次新嘗 (論)山邊御縣神社 奈良県天理市別所町 [4]
(論)山邊御縣神社 奈良県天理市西井戸堂町
白堤神社 シラツツミノ 白堤神社 奈良県天理市長柄町
夜都伎神社 ヤフキノ (論)夜都伎神社 奈良県天理市乙木町
(論)十二神社 奈良県天理市竹之内町
(論)八剣神社 奈良県天理市田井庄町
都祁山口神社 ツケノヤマクチノ 月次新嘗 (論)都祁山口神社 奈良県奈良市都祁小山戸町 [5]
(論)都祁山口神社 奈良県天理市杣之内町
祝田神社 ハフリタノ 祝田神社 奈良県天理市田部町
石上市神社 イハカミイチノ
イソノカミ-
石上市神社 奈良県天理市石上町
下部神社 シモベノ 下部神社 奈良県奈良市都祁吐山町
出雲建雄神社 イツモタケヲノ (論)出雲建雄神社 奈良県天理市布留町 石上神宮境内摂社
(論)葛神社 奈良県奈良市藺生町
凡例を表示

近世[編集]

旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での支配は以下の通り。幕府領奈良奉行が管轄。●は村内に寺社領が、○は村内に寺社除地[3]が存在。(147村)

近現代[編集]

町村制以前[編集]

  • 慶応4年
  • 明治4年
  • 明治8年(1875年)(124村)
    • 上津村・下津村が合併して西波多村となる。
    • 長瀬下村・長瀬中村・長瀬上村・髭無村・古大野村が合併して三本松村となる。
    • 大野上村・大野下村・緑川村が合併して大野村となる。
    • 北白石村・南白石村が合併して白石村となる。
    • 下山田村・福路寺村・上山田村が合併して山田村となる[14]
    • 中定村・浄土村・別所村・下入田村・上入田村・南田村・井ノ市村・小野味村が合併して福住村となる。
    • 西針村・東針村が合併して針村となる。
    • 上荻村・中荻村・下荻村が合併して荻村となる。
    • 中豊前村が中峯山村に、獺瀬村が遅瀬村にそれぞれ合併[15]
    • 清水村が吐山村に合併。
  • 明治9年(1876年)(121村)
    • 4月18日 - 第2次府県統合により堺県の管轄となる。
    • 杉原村が添上郡北野奥村・北野西村と合併して添上郡北野村となる。
    • 桃ノ尾村・針ノ尾村・熊橋村が合併して滝本村となる。
  • 明治10年(1877年5月30日 - 庄屋敷村が三島村に合併。(120村)
  • 明治12年(1879年) - 木堂村・山口村・内山村が合併して杣之内村となる。(118村)
  • 明治13年(1880年4月15日 - 郡区町村編制法の堺県での施行により、行政区画としての山辺郡が発足。添上郡奈良町に「奈良郡役所」が設置され、同郡および添下郡広瀬郡平群郡とともに管轄したが、まもなく「添上添下山辺広瀬平群郡役所」に改称。
  • 明治14年(1881年2月7日 - 大阪府の管轄となる。
  • 明治15年(1882年) - 筑紫村が九条村に合併。(117村)
  • 明治20年(1887年11月4日 - 奈良県(第2次)の管轄となる。

町村制以降[編集]

1.山辺村 2.朝和村 3.二階堂村 4.福住村 5.都介野村 6.東里村 7.波多野村 8.豊原村 9.針ヶ別所村(紫:奈良市 桃:宇陀市 赤:天理市 橙:山添村)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(9村)
    • 山辺村 ← 滝本村、苣原村上仁興村下仁興村、藤井村、内馬場村布留村勾田村川原城村、三島村、丹波市村御経野村、田村、守目堂村石上村田部村、別所村、豊井村、豊田村、岩屋ヶ谷村(現・天理市)
    • 二階堂村 ← 上ノ庄村、荒蒔村、稲葉村、合場村、小島村、嘉幡村、庵治村、備前村、吉田村、九条村、東井戸堂村、西井戸堂村、富堂村、岩室村、田井庄村、前栽村、指柳村、小田中村、杉本村、平等坊村、小路村、喜殿村、上総村、南柳生村、中村、六条村、平群郡北菅田村、南菅田村(現・天理市)
    • 朝和村 ← 杣之内村、園原村、乙木村、竹之内村、佐保庄村、成願寺村、萱生村、中山村、岸田村、新泉村、兵庫村、三昧田村、長柄村、永原村、福知堂村(現・天理市)
    • 福住村 ← 福住村、長滝村、山田村(現・天理市)
    • 都介野村 ← 藺生村、小山戸村、相河村、南之庄村、甲岡村、来迎寺村、友田村、白石村、吐山村、針村(現・奈良市)
    • 東里村 ← 小原村、上笠間村、下笠間村、深野村、染田村、多田村、無山村(現・宇陀市)
    • 波多野村 ← 春日村、大西村、菅生村、西波多村、遅瀬村、中峯山村、広代村、中之庄村、吉田村、鵜山村、片平村、葛尾村、広瀬村(現・山添村)、嵩村(現・奈良市)
    • 豊原村 ← 三ヶ谷村、勝原村、岩屋村、毛原村、切幡村、助命村、伏拝村、堂前村、箕輪村、大塩村(現・山添村)
    • 針ヶ別所村 ← 針ヶ別所村、小倉村、上深川村、下深川村、荻村、馬場村(現・奈良市)
    • 三本松村・大野村・古向淵村・新向淵村が宇陀郡三本松村の一部となる。
    • 新庄村が添上郡治道村の一部となる。
    • 修理枝村が式上郡上之郷村の一部となる。
  • 明治26年(1893年9月26日 - 山辺村が町制施行・改称して丹波市町となる。(1町8村)
  • 明治30年(1897年
  • 明治35年(1902年4月23日 - 朝和村の一部(杣之内)が丹波市町に編入。
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和29年(1954年1月1日 - 丹波市町・朝和村・福住村・二階堂村が磯城郡柳本町・添上郡櫟本町と合併して天理市が発足し、郡より離脱。(5村)
  • 昭和30年(1955年
    • 1月1日 - 都介野村・針ヶ別所村が合併して都祁村が発足。(4村)
    • 2月11日 - 東里村が宇陀郡三本松村・室生村と合併し、改めて宇陀郡室生村が発足。(3村)
  • 昭和31年(1956年9月30日 - 波多野村・豊原村が添上郡東山村と合併して山添村が発足。(2村)
  • 昭和32年(1957年8月31日 - 山添村の一部(水間・別所)が添上郡田原村に編入。
  • 平成17年(2005年)4月1日 - 都祁村が奈良市に編入。(1村)

変遷表[編集]

自治体の変遷
明治22年以前 明治22年4月1日 明治22年 - 昭和20年 昭和21年 - 昭和30年 昭和31年 - 昭和63年 平成1年 - 現在 現在
山辺村 明治26年9月26日
町制改称
丹波市町
昭和29年4月1日
天理市
天理市 天理市 天理市
二階堂村 二階堂村
朝和村 朝和村
福住村 福住村
針ヶ別所村 針ヶ別所村 昭和30年1月1日
都祁村
都祁村 平成17年4月1日
奈良市に編入
奈良市
都介野村 都介野村
豊原村 豊原村 豊原村 昭和31年9月30日
山添村
山添村 山添村
波多野村 波多野村 波多野村
添上郡
東山村
添上郡
東山村
添上郡
東山村
東里村 東里村 昭和30年2月11日
宇陀郡
室生村の一部
平成18年1月1日
合併市制
宇陀市

行政[編集]

奈良郡長→堺県添上・添下・山辺・広瀬・平群郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治13年(1880年)4月15日
明治14年(1881年)2月6日 大阪府に移管
大阪府添上・添下・山辺・広瀬・平群郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治14年(1881年)2月7日
明治20年(1887年)11月3日 奈良県へ移管
奈良県添上・添下・山辺・広瀬・平群郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治20年(1887年)11月4日
明治30年(1897年)3月31日 廃官
山辺郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治30年(1897年)8月1日
大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 旧・都祁村の区域。
  2. ^ 一旦、1876年まで当郡所属だった部分を除く
  3. ^ 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。
  4. ^ ○古向淵村・古向淵村之内馬場出方に分かれて記載。
  5. ^ 記載は北葛尾村。
  6. ^ 記載は福住別所村。
  7. ^ 井ノ市村・長谷村に分かれて記載。長谷村については詳細不明。
  8. ^ ○勝原上村・勝原下村に分かれて記載。
  9. ^ 記載は寺社領が石上村、津藩領が磯上村。
  10. ^ 後に一部を津県が管轄。
  11. ^ 後に全域を柳生県が管轄。
  12. ^ 寺社除地は後に芝村県が管轄。
  13. ^ 同年4月27日(1868年5月19日)にかけて移管。
  14. ^ 上山田村が山田村を称したとする史料や、もともと山田村が3村の総称だったとする史料もあり。
  15. ^ いずれも元は同一村で、領主を区別するために表記のみ変更していたとする史料もあり。

参考文献[編集]

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編 『角川日本地名大辞典』 29 奈良県、角川書店、1990年3月1日。ISBN 4040012909 
  • 旧高旧領取調帳データベース

関連項目[編集]