山田修 (教育者)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

山田 修(やまだ おさむ、1921年 - 没年不明)は、日本の教育者教育評論家帝国陸軍軍人

群馬県多野郡藤岡町(現:藤岡市)出身。養蚕農家の二男として生まれる。 尋常高等小学校卒業後、高津仲次郎の設立した多野実業公民学校に入学し、農業や養蚕を学ぶも1年で中退、熊谷陸軍飛行学校に入り、1938年より上海に戦う。1947年復員1948年から72年まで、群馬県多野郡上野村立上野東小学校野栗沢分校代用教員[1]。生徒の詩を集めるほか文筆活動を行った。

編著書[編集]

  • 『すりばち学校』六興出版部 1959 教育報道社 1983
  • 『すりばち学校の子供たち』平山利男撮影 編 「すりばち学校の子供たち」の会 1968 あすなろ書房、1970
  • 『きご先生とすりばち学校 谷間の分校の二十一年』編 あすなろ書房 1970
  • 『すりばち学校の22年 きご先生・谷間からのレポート』あすなろ書房 1970
  • 『すりばち学校の24年 山の分校よさようなら』あすなろ書房 1972
  • 『教育に定型はない きご先生と山の子どもたち』文化出版局 よつば新書 1976
  • 『山あいの声 きご先生の直言集』教育報道新聞社 教報ブックス 1978
  • 『どんじり先生 谷間の分校物語』教育報道社 教報ブックス 1980
  • 『さまざまな出会い』教育報道社 教報ブックス 1982
  • 『クロちゃんとどんじり先生』前沢栄子画 教育報道社 教報ブックス 1986
  • 『きご先生の石垣教育』教育報道社 教報ブックス 1987

脚注[編集]

  1. ^ 『すりばち学校の子供たち』著者紹介

外部リンク[編集]