山根信成

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山根 信成(やまね のぶなり、1851年嘉永3年12月) - 1895年明治28年)10月2日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍少将

経歴[編集]

山口県出身。明治維新後、陸軍に入る。1881年(明治14年)2月、歩兵第12連隊長となり、1884年(明治17年)10月、歩兵大佐に昇進した。

1886年(明治19年)5月、大阪鎮台参謀に就任。1888年(明治21年)5月、第4師団参謀長に異動。1890年(明治23年)9月、陸軍少将に進級し歩兵第7旅団長に就任。1894年(明治27年)11月、近衛歩兵第2旅団長となり日清戦争後の台湾に派遣され乙未戦争に参加。翌年10月、台湾で戦病死した。

1895年(明治28年)10月1日、その功績により子息の山根一貫(陸軍少将、侍従武官)が男爵の爵位を授爵し華族となった。

栄典[編集]

親族[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第3679号、「叙任及辞令」1895年10月2日。
  2. ^ 『官報』第3680号「叙任及辞令」1895年10月3日。
  3. ^ 『官報』第4577号「告示」1898年9月30日。

参考文献[編集]

  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。