山本隆弘

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山本 隆弘
Takahiro Yamamoto
Volleyball (indoor) pictogram.svg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1978-07-12) 1978年7月12日(42歳)
出身地 鳥取県鳥取市
ラテン文字 Takahiro Yamamoto
身長 201cm(北京オリンピック代表時点)[1]
体重 90kg(北京オリンピック代表時点)[1]
血液型 B型
選手情報
愛称 タカヒロ
ポジション OPMB
指高 251cm
利き手
スパイク 345cm
ブロック 331cm
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山本 隆弘(やまもと たかひろ、男性、1978年7月12日 - )は、日本の元バレーボール選手、バレーボール全日本選手鳥取県鳥取市出身。鳥取県立鳥取商業高等学校日本体育大学体育学部体育学科卒業。ポジションはオポジットVプレミアリーグパナソニック・パンサーズに所属していた。現在は解説者タレント[2]

身長201cm[1]、体重90kg[1]、靴サイズ32.0cm、最高到達点355cm

来歴[編集]

鳥取市立東中学校1年の秋に、それまでバレーボール部唯一の部員だった友人に誘われてバレーボール部に入ったが、その理由は、2人ならば練習しなくてもいいため「一番楽そうだったから」。しかし中学入学時には158cmだった身長が3年間で192cmにまで伸び、本人曰く「ヘタクソすぎて」「ただデカいだけ」だったが、その体格が注目され、バレーボールの名門、鳥取県立鳥取商業高等学校から声がかかり同校へ進学、それから本格的にプレーするようになり、1年生の時からすぐにレギュラーとなる。その後日本体育大学に進学するも、厳しい上下関係に耐えかね2年生の時に一度バレーボール部をやめ、半年ほどトラックドライバーをしていたが、勇気を振り絞り、頭を丸めて大学に頭を下げ復帰、2ヶ月ほどは練習はおろかボールも触らせてもらえず口すら聞いてもらえない状態だったが、次第に見かねた同級生が先輩に隠れて相手をしてくれるようになり次第に復帰、大学卒業後、パナソニック・パンサーズ入団[3][4]

長身の左利きプレイヤーとして日本の将来を携える選手と、2000年に当時の監督だった田中幹保によって全日本に選出された。高さを活かしたバックアタックを得意とし、サウスポーゆえの逆回転ジャンプサーブを武器としている。

2003年ワールドカップではベストスコアラーとMVPを獲得し、アテネオリンピック最終予選でも日本の期待を背負っていたが、出場権を獲得することはできなかった。

2004年プロ契約を結ぶ。そして、アシックスとアドバイザリースタッフ契約を締結。

監督が植田辰哉に代わると、戦術上の問題(スーパーエースを置かず、サーブレシーブをさせる戦術)により、2年ほど全日本には招集されなかったが、2006年世界選手権代表候補の中に選ばれ、スーパーエースとして試合終盤の驚異的なスパイク決定率などでベスト8入りの大きな原動力になった。

2007年ワールドカップでは、腰のケガが完治しておらず清水邦広にスタメンを明け渡す場面があり、途中からのワンポイントブロッカーでの起用が多くなった。しかしスタメンで出た試合で結果を残し、2008年北京オリンピック代表に選出された。

2010年からは、Vリーグにおいてミドルブロッカーとしても出場している[5]

2011年、3年ぶりに全日本登録メンバーに選出された[6]。2012年のロンドンオリンピック世界最終予選に出場したが、予選敗退のため、オリンピック出場は成らなかった。

2012年10月1日、2012/2013年シーズン限りで現役を引退することを発表した[7]。2014年1月よりVリーグの排球大使(アンバサダー)に就任[2]

人物・エピソード[編集]

球歴・受賞歴[編集]

  • 全日本代表 - 2001-2004、2006-2008、2012年
  • 受賞歴
    • 2003年 - ワールドカップ MVP、ベストスコアラー
    • 2004年 - 第10回Vリーグ ベスト6
    • 2008年 - 2007-08 プレミアリーグ MVP、ベスト6
    • 2013年 - 2012/13 Vリーグ特別賞[10]

所属チーム[編集]

著書等[編集]

  • 『試合で勝てる! バレーボールアタッカー最強のポイント50』(山本監修)メイツ出版刊 2014年6月発売 978-4780414448

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 日本オリンピック委員会選手プロフィール山本隆弘2019年11月閲覧
  2. ^ a b Vリーグ機構. “山本隆弘氏 Vリーグ2013/14排球大使(アンバサダー)就任のお知らせ”. 2014年1月29日閲覧。
  3. ^ 山本 隆弘 ピックアップフェイス バレーボール パナソニック スポーツ Panasonic
  4. ^ “山本隆弘さんがオリンピックへ導いてくれた恩師を語る (2020/03/07 放送)”. 東京海上日動 Challenge Stories〜人生は、挑戦であふれている〜 (Tokyo FM). (2020年3月7日). https://www.tfm.co.jp/challenge/onair/detail.php?id=267 2020年5月23日閲覧。 
  5. ^ 函館 2010年12月11日|山本隆弘オフィシャルブログ「志」Powered by Ameba
  6. ^ 山本隆弘、3年ぶりの全日本代表に懸ける想い|スポーツナビ バレーボール
  7. ^ 山本隆弘選手の引退に関するお知らせ パナソニックパンサーズ プレスリリース 2012年10月1日付
  8. ^ 月刊バレーボール 2010年6月号 94ページ
  9. ^ アテネオリンピック最終予選のテレビ放送用に使用されたキャッチコピー
  10. ^ Vリーグ機構. “2012/13V・プレミアリーグ男子 個人賞受賞者のお知らせ”. 2013年4月14日閲覧。

外部リンク[編集]