山本憲二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
山本 憲二
やまもと けんじ
Portal:陸上競技
Kenji Yamamoto 190915a.jpg
マラソングランドチャンピオンシップ
(2019年9月15日撮影)
選手情報
フルネーム 山本 憲二
ラテン文字 Kenji Yamamoto
愛称 やまけん
国籍 日本の旗 日本
種目 長距離走マラソン
所属 マツダ
大学 東洋大学
生年月日 (1989-11-17) 1989年11月17日(32歳)
生誕地 日本の旗広島県呉市
身長 165cm
体重 53kg
自己ベスト
5000m 13分52秒52
10000m 28分26秒35
ハーフマラソン 1時間01分47秒
マラソン 2時間08分42秒
編集 テンプレートのヘルプを表示する

山本 憲二(やまもと けんじ、1989年11月17日 - )は、日本陸上競技選手。専門は長距離走マラソン広島県出身。遊学館高校東洋大学出身。マツダ所属。

同じく東洋大学陸上競技部OBの山本信二、及び山本修二は実の弟である。2人は尊敬する選手として長兄である憲二の名をあげている[1]

来歴・人物[編集]

高校時代[編集]

大学時代[編集]

  • 2年時の第21回出雲駅伝の2区で大学駅伝デビューを果たす。1区柏原竜二から2位で受け取ったタスキをトップに押し上げた。第86回箱根駅伝では7区にエントリーされていたが、当日変更で同期の田中貴章に変更された。
  • 3年時の第87回箱根駅伝で箱根駅伝デビュー。アンカー10区を担当する。東洋大学は前日の往路で優勝したものの、6区で早稲田大学に逆転され、その後は追う展開が続いていた。山本は早大と40秒差の2位でタスキを受け取ると、前を行く早大・中島賢士を猛追。区間賞の走りであと一歩まで追い詰めたが逃げ切りを許し、21秒という史上最僅差で総合優勝を逃した。
  • 4年時の第43回全日本大学駅伝では6区で区間賞を獲得。チームの逆転優勝に望みを繋いだが、アンカー・柏原の猛追も届かず2位に終わった。第88回箱根駅伝では当日エントリー変更で3区を担当。先頭でタスキを受けると一度は早大・矢澤曜に追いつかれるも、12.5kmで矢澤を振り切り独走。区間2位(日本人1位・当時歴代5位)の好タイムをマークした。山本の走りで独走態勢を築いた東洋大はその後一度も先頭を譲らず、2年ぶりの総合優勝・大会記録更新を成し遂げ最後の箱根駅伝で有終の美を飾った。

実業団時代[編集]

  • マツダでは初年度からニューイヤー駅伝のエース区間4区を任されるなど、主力選手として活躍する。2016年は1区区間4位。2019年には4区区間3位の好走でチームの38年ぶりの入賞に貢献している。
  • 2015年の中国実業団駅伝では3区を担当。2位でタスキを受けると区間賞の快走で先頭との差を詰め、大学の後輩でもある4区延藤潤にタスキを繋いだ。延藤が山本に続く区間賞の走りで先頭に立つと、その後も先頭を譲ることなく43年ぶりの優勝を果たした。社名が東洋工業からマツダに変わってから初の優勝であった[2]
  • 東京マラソン2018では2時間08分48秒の大幅自己ベストで日本人5位に入り、2020年東京オリンピックマラソン日本代表選考会『マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)』への出場権を獲得した[3][4]
  • 2019年のびわ湖毎日マラソンではさらに自己ベストを更新する2時間08分42秒で日本人トップの7位に入った。
  • 同年のMGCでは15kmで2位集団を引っ張るなど見せ場は作ったものの、25km手前で第3集団から脱落し16位に終わった。

記録[編集]

出典[編集]

  1. ^ [1] 【箱根への道】東洋大“兄弟リレー”山本信二&修二狙う:箱根駅伝:スポーツ報知
  2. ^ [2] 中国実業団駅伝:マツダが43年ぶり8回目の優勝 - 毎日新聞
  3. ^ スポーツナビ陸上:東京マラソン2018 2018年2月25日 9時10分スタート
  4. ^ [3] 設楽悠、日本新で2位 = 6選手がMGC出場権 - 東京マラソン(時事通信) - Yahoo!ニュース

外部リンク[編集]