山本惠朗

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山本 惠朗(やまもと よしろう、1936年(昭和11年)3月8日 - )は、みずほフィナンシャルグループ名誉顧問。元富士銀行頭取。長野県塩尻市出身。

来歴・人物[編集]

第一勧業銀行会長兼頭取の杉田力之日本興業銀行頭取の西村正雄とともに、みずほフィナンシャルグループ発足を率いた。

退任直後である2002年4月に発生した大規模なシステム障害の責任を問われ、退職慰労金の支払いは見送られていたが、みずほFGが公的資金の返済を終えたことから、退任から5年後の2007年、山本、杉田、そして西村の遺族に慰労金は支払われた[1]

略歴[編集]

  • 1959年(昭和34年) - 東京大学経済学部卒、富士銀行入行
  • 1987年(昭和62年) - 同取締役本店審議役 ヘラー出向[注 1]
  • 1988年(昭和63年) - 同取締役本店営業第一部長
  • 1989年(平成元年) - 同常務取締役
  • 1991年(平成3年) - 同副頭取
  • 1996年6月27日(平成8年) - 橋本 徹 の会長就任に伴い、富士銀行 頭取に就任する。
  • 2000年(平成12年) - みずほホールディングス会長
  • 2001年(平成13年) - 全国銀行協会会長
  • 2002年(平成14年) - クレディセゾン取締役
  • 2011年(平成23年) - 同監査役

脚注[編集]

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  1. ^ 富士銀行が1984年に買収した米国の金融会社、後にGEキャピタルに売却。

出典[編集]

頭取就任時の 富士銀行 ホームページ・https://web.archive.org/web/19961105031619/http://www.fujibank.co.jp/jis/fb/service2.html

先代:
西川善文
全国銀行協会会長
2001年度
次代:
寺西正司