山岸秀匡

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山岸 秀匡(やまぎし ひでただ、 1973年6月30日 - )は、北海道帯広市出身のボディビルダー

2018年現在、現役男子日本人選手では唯一のIFBBプロ・ボディビルダーである。

名実ともに世界のトップビルダーであり、「ヒデ」の愛称で知られる。その大きさから「ビッグ・ヒデ」の愛称でも呼ばれる。

身長:168㎝、体重:95kg(210lbs)コンテスト時、104kg(230lbs)オフ時

コーチはジャイアントセット法を提唱、多くのコンテストビルダーを指導し成果を出した実績のあるミロス・シャシブ

トレーニングパートナーはミス・オリンピアを10度制覇し、ミス・インターナショナルを7度制覇しているアイリス・カイル

自宅があるロサンゼルスとラスベガスを拠点に活動しており、愛犬サクラと暮らしている。

座右の銘は「無限 - No limit」

経歴[編集]

  • 小学校時には野球、小学校から中学校までは少林寺拳法を習い2段の実力、また、中学校では柔道に打ち込んでいた。
  • 北海道立札幌旭丘高等学校で、ラグビーの補強運動としてウェイトトレーニングを始めたのがきっかけでボディビルを始める。入学時の体重50kg後半から卒業時には80kgを越えていた。
  • 早稲田大学スポーツ科学部入学後、2年次に早稲田大学バーベルクラブに入部。その学生離れしたバルク(筋量)が当時からボディビル関係者からの注目を集め、第30回・第31回の全日本学生ボディビル選手権で2連覇を果たす(第23回・第24回の須江正尋以来の快挙)。
  • 卒業後、1997年株式会社健康体力研究所に入社。営業及びフィットネスアドバイザーを担当する。(後に契約アスリートとなるが2006年9月に解消)、社会人コンテストでも上位入賞を続ける。2000年退社。
  • 7ケ月間のアメリカへのボディビル留学を経て、帰国後は国内外のコンテストに出場しながら、パーソナルトレーナーとして一般からコンテストビルダー、アスリートまで幅広く指導する。
  • 2002年、プロ転向を表明する。
  • 2003年にIFBBのプロ資格を取得し、2005年のIFBBアイアンマン・プロ・インヴィテイショナルにてプロデビューした。
  • 2006年六国建設グループと新たに単独プロ契約。その強力な支援により、一気に実力が開花。IFBB2006スペイングランプリ12位、ルーマニアグランプリ6位、オランダグランプリ4位と躍進を見せる。ミロス・シャシブをコーチに迎えたことにより足踏みしていたプロの厚い壁を超えることに成功。
  • 2007年にはアーノルド・シュワルツェネッガーが主催する大会、『アーノルド・クラシック』に招待選手として出場。さらにIFBBサクラメント大会において3位入賞の快挙を達成し、ボディビル界の最高峰である『ミスター・オリンピア』の出場権をも手に入れた。ミスター・オリンピア出場権獲得は日本人初となる偉業である。
  • 2007年12月にロサンゼルス空港で薬物所持で逮捕[1]保釈金18万ドル。
  • 2007年12月20日、六国建設グループ・アールケイエス企画からプロ契約を解除される。
  • 2008年1月に釈放され日本に帰国。
  • 2009年、モーストインプルーブドアスリート賞受賞。アメリカのトップサプリメントブランド・ギャスパリニュートリションとスポンサー契約。ミッドブレス初台のオフィシャルアドバイザーに就任。
  • 2010年、世界ランキング9位。4月、オーランドプロにて日本人史上初となるIFBBプロコンテスト優勝。北米の人気ボディビル雑誌・マッスルマグインターナショナルとスポンサー契約。
  • 2011年、これまでコーチを担ってきたミロス・シャシブがアメリカを離れるにあたりコーチを退任。
  • 2013年、ラスベガスにあるフィットネスクラブ内にボディ・カフェ(Bodi cafe)を11月にオープン。アイリスとクリスとの3人で経営しており、サプリメントやスムージー、真空パックのチキンやサーモンなどのオーガニック食品、トレーニングアクセサリー、アパレルなどを販売している。
  • 2014年、ミスターオリンピア、アーノルドクラシックでの勝利を目指して、これまでのオープンクラスから212ポンドクラスへ戦略的に転向する。
  • 2015年ミスターオリンピア前からスイス在住のパトリック ・トォウワをコーチに迎える。
  • 2016年、IFBBアーノルド・クラシック212で日本人初の優勝を飾る。他の出場選手を凌駕する圧倒的な差をつけての優勝で、その仕上がりぶりとキレのあるポージングを絶賛したアーノルド・シュワルツェネッガーは、ステージ上で自分のスマホを取り出し、山岸とのツーショットセルフィーしたほど。
  • 2017年、アメリカに戻ったミロス・シャシブが11月から再びコーチを担当することに。
  • 2018年、2014年からの4年間は212ポンドクラスで戦ってきたが、時を経るにつれ徐々に大きくなる身体にコンテスト直近の減量調整が難しくなってきたこと、2016年にはアーノルドクラシック212での優勝という目標が達成され、一定の成果が出たとこに加え、2017年11月からミロス・シャシブがコーチに戻ったことにより、元来のクラスであるオープンに戦場を戻した。

主な戦歴

  • 1994年 関東学生ボディビル選手権 3位、全日本学生ボディビル選手権 4位
  • 1995年 関東学生ボディビル選手権 優勝、全日本学生ボディビル選手権 優勝
  • 1996年 関東学生ボディビル選手権 優勝、全日本学生ボディビル選手権 優勝
  • 1998年 ジャパン・オープン選手権(ミドル級)優勝
  • 1999年 IFBBミスター・アジア(ライト・ミドル級)4
  • 2000年 男子日本ボディビル選手権(ミスター日本)3
  • 2000年 IFBBミスター・ユニバース(ウェルター級)6
  • 2001年 IFBBミスター・アジア80kg以下級(ライト・ミドル級)優勝
  • 2001年 男子日本ボディビル選手権 2
  • 2002年 男子日本ボディビル選手権 3
  • 2002年 IFBBミスター・ユニバース(ウェルター級)10
  • 2006年 IFBBサンフランシスコ・プロ・インヴィテイショナル 11位(プロ転向後初の入賞)
  • 2006年 IFBBスペイン・サンタスザンナ・プロ 出場
  • 2006年 IFBBオーストリアメンズプロ・グランプリ 12
  • 2006年 IFBBルーマニア・グランプリ 6位 (10位内入賞)
  • 2006年 IFBBオランダ・グランプリ 4位 (4位入賞)
  • 2007年 IFBBアイアンマン・プロ 7
  • 2007年 Atlantic City Pro 9
  • 2007年 IFBBサンフランシスコ・サクラメント・プロ 3位入賞(世界大会で上位3位入りを果たす)
(この結果によりミスター・オリンピアの出場権を日本人として初の獲得者となる。※アジア人としては、インドのプレム・チャンドが既に出場したことがある)
  • 2007年 アーノルドクラシック大会に招待選手として出場(これも日本人としては初)
  • 2007年 IFBBオーストラリア・プロ 5位入賞
  • 2007年 IFBBミスター・オリンピア 13
  • 2008年 Atlantic City Pro 8
  • 2009年 Atlantic City Pro 2
  • 2009年 IFBBミスター・オリンピア 9
  • 2010年 EUROPA SHOW OF CHAMPIONS - ORLAND 優勝(プロ転向後初の優勝)
  • 2010年 IFBBミスター・オリンピア 10
  • 2011年 IFBBミスター・オリンピア 10
  • 2012年 IFBBミスター・オリンピア 15
  • 2013年 IFBBアーノルドクラシック 5
  • 2014年 IFBBタンパプロ212 優勝
  • 2014年 IFBBミスター・オリンピア212 4
  • 2015年 IFBBミスター・オリンピア212 3
  • 2016年 IFBBアーノルドクラシック212 優勝
  • 2017年 IFBBアーノルドクラシック212 6
  • 2018年 IFBBアーノルドクラシック 10位、IFBBアーノルドクラシックオーストラリア 5

出演作品[編集]

番組[編集]

番組コーナーの血液のサラサラ・チェック(疑似科学)において世間で噂されているトップ・ビルダーの「血液ドロドロぶり」を裏付けている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]