山岸秀匡
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山岸 秀匡(やまぎし ひでただ、 1973年6月30日 - )は、北海道帯広市出身のボディビルダー。
2006年現在、現役男子日本人選手では唯一のIFBBプロ・ボディービルダーである。
経歴[編集]
- 北海道札幌旭丘高等学校で、ラグビーの補強運動としてウェイトトレーニングを始めたのがきっかけでボディビルを始める。
- 早稲田大学入学後、2年次に早稲田大学バーベルクラブに入部。その学生離れしたバルク(筋量)が当時からボディビル関係者からの注目を集め、第30回・第31回の全日本学生ボディビル選手権で2連覇を果たす(第23回・第24回の須江正尋以来の快挙)。
- 卒業後、健康体力研究所に入社。(後に契約アスリートとなるが2006年9月に解消)、社会人コンテストでも上位入賞を続ける。
- 2003年にIFBBのプロ資格を取得し、2005年のIFBBアイアンマン・プロ・インヴィテイショナルにてプロ・デビュー。
- 2006年六国建設グループと新たに単独プロ契約。その強力サポートにより、一気に実力が開花。IFBB2006スペイングランプリ12位、ルーマニアグランプリ6位、オランダグランプリ4位と躍進を見せる。
- 2007年にはアーノルド・シュワルツェネッガーが主催する大会、『アーノルド・クラシック』に招待選手として出場。さらにIFBBサクラメント大会において3位入賞の快挙を達成し、ボディビル界の最高峰である『ミスター・オリンピア』の出場権をも手に入れた。ミスター・オリンピア出場権獲得は日本人初となる偉業であり、YAMAGISHIの名を世界に知らしめる結果になった。
- 2007年12月にロサンゼルス空港で薬物所持で逮捕[1]保釈金18万ドル。
- 2007年12月20日、六国建設グループ・アールケイエス企画からプロ契約を解除される。
- 2008年1月に釈放され日本に帰国。
主な戦歴[編集]
- 1998年 ジャパン・オープン選手権(ミドル級)優勝
- 1999年 IFBBミスター・アジア(ライト・ミドル級)4位
- 2000年 男子日本ボディビル選手権(ミスター日本)3位
- 2000年 IFBBミスター・ユニバース(ウェルター級)6位
- 2001年 IFBBミスター・アジア80kg以下級(ライト・ミドル級)優勝
- 2001年 男子日本ボディビル選手権 2位
- 2002年 男子日本ボディビル選手権 3位
- 2002年 IFBBミスター・ユニバース(ウェルター級)10位
- 2006年 IFBBサンフランシスコ・プロ・インヴィテイショナル 11位(プロ転向後初の入賞)
- 2006年 IFBBスペイン・サンタスザンナ・プロ 出場
- 2006年 IFBBオーストリアメンズプロ・グランプリ 12位
- 2006年 IFBBルーマニア・グランプリ 6位 (10位内入賞)
- 2006年 IFBBオランダ・グランプリ 4位 (4位入賞)
- 2007年 IFBBアイアンマン・プロ 7位
- 2007年 Atlantic City Pro 9位
- 2007年 IFBBサンフランシスコ・サクラメント・プロ 3位入賞(世界大会でTOP3入りを果たす)
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- (この結果によりミスター・オリンピアの出場権を日本人として初の獲得者となる。※アジア人としては、インドのプレム・チャンドが既に出場したことがある)
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- 2007年 アーノルドクラシック大会に招待選手として出場(これも日本人としては初)
- 2007年 IFBBオーストラリア・プロ 5位入賞
- 2007年 IFBBミスター・オリンピア 13位
- 2008年 Atlantic City Pro 8位
- 2009年 Atlantic City Pro 2位
- 2009年 IFBBミスター・オリンピア 9位
- 2010年 EUROPA SHOW OF CHAMPIONS - ORLAND 優勝(プロ転向後初の優勝)
- 2010年 IFBBミスター・オリンピア 10位
- 2011年 IFBBミスター・オリンピア 10位
- 2012年 IFBBミスター・オリンピア 15位
- 2013年 IFBBアーノルドクラシック 5位
- 2014年 IFBBタンパプロ212 1位
- 2014年 IFBBミスター・オリンピア212 4位
- 2015年 IFBBミスター・オリンピア212 3位
- 2016年 IFBBアーノルドクラシック 優勝
出演作品[編集]
番組[編集]
番組コーナーの血液のサラサラ・チェック(疑似科学)において世間で噂されているトップ・ビルダーの「血液ドロドロぶり」を裏付けている。