山口連続殺人放火事件

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山口連続殺人放火事件
基礎自治体位置図 35215.svg
事件のあった山口県周南市
場所 日本の旗 日本山口県周南市金峰
日付 2013年7月21日 (2013-07-21)日曜日
21時00分頃 (UTC+9)
標的 民間人
攻撃手段 放火鈍器で殴る
武器 鈍器・火
死亡者 5人
犯人 当時63歳の男
動機 近隣住民との対立

山口連続殺人放火事件(やまぐち れんぞくさつじんほうかじけん)とは、2013年7月21日に山口県周南市金峰(旧鹿野町)で発生した、近隣に住む高齢者5人が殺害された連続殺人放火事件

概要[編集]

2013年7月21日午後9時ごろ、山口県周南市金峰郷地区[1]の住民から「近所の家が燃えている」と周南市消防本部に通報があった。約50メートル離れた農業の女性A宅と無職男性A宅の2軒が燃えており、消火活動にあたったが、2軒とも全焼した。女性宅から1人、無職男性宅から2人の遺体が見つかり、それぞれ住民の女性Aと男性A、その妻である女性Bと確認された。

捜査[編集]

周南警察署が放火の可能性もあるとみて捜査を開始したところ[2]、翌7月22日日中、近隣住民の男性が1人の遺体を発見した。さらに捜査員が別の住宅で1人の遺体を発見した。遺体はそれぞれいずれも外傷があり、遺体が発見された住宅に住む女性Cと男性Bだった。被害者は5人とも鈍器のようなもので殴打されたことによる頭蓋骨骨折や脳挫傷が死因だった[3]山口県警察は連続殺人放火事件と断定し、周南警察署内に捜査本部を設置した[4]

2人のうち女性Cは、火災発生直後から翌日午前1時過ぎまで近くの住民の家に避難し、県警も火災の約2時間後に本人の無事を確認していたことから、犯人は3人を殺害し放火した後も約5時間にわたり付近に潜伏したあと、2人の住宅に侵入して殺害した可能性があることが分かった[5]

焼失した女性A宅の隣家には、「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」と白い紙に毛筆のようなもので川柳が記された張り紙[6]があり、県警は7月22日午後、殺人と非現住建造物等放火の疑いでこの家を家宅捜索するとともに、姿を消した当時63歳の住民の男Hを重要参考人として行方を捜索した。また事態の悪化を防ぐために、近隣住民5世帯9人に対して翌日朝まで現場近くの郷公民館に避難するよう呼びかけた[7]

その後、7月25日には事件現場付近の山中で、容疑者の携帯電話や衣類などが見つかり、翌7月26日朝から170人体勢で捜索を行った[4]

逮捕[編集]

火災発生から6日目の7月26日午前9時ごろ、Hが郷公民館から約1キロメートル離れた山道に、下着姿・裸足で座っているのを捜索中の県警機動隊員が見つけ、氏名を確認したところ本人と認めたため、任意同行を求め周南警察署で事情聴取を行ったあと、殺人・非現住建造物等放火の容疑で逮捕した[8][9]。Hは5人の殺害を認め、県警は翌7月27日午前、身柄を山口地方検察庁に送った[10]。担当弁護人は、山口県弁護士会所属の国選弁護人、山田貴之と沖本浩が当たっている[11]

裁判[編集]

第一審(山口地裁)[編集]

2015年(平成27年)、山口地方裁判所で行われた裁判員裁判において、Hは供述を一転させて「4人の足と腰は殴ったが頭は殴っておらず、火もつけていない」と殺人・放火を否認して無罪を主張し、一方の山口地方検察庁は「社会を震撼させた重大かつ凶悪な事件」として死刑を求刑した。山口地方検察庁はHが妄想性パーソナリティ障害であることを認めたものの責任能力はあったとし、弁護側は心神喪失もしくは心神耗弱の状態であると主張していた。

2015年(平成27年)7月28日、山口地裁(大寄淳裁判長)は「Hの罪責は重大。極刑は免れることは出来ない」として、求刑通りの死刑判決を言い渡した[12][13]。弁護側は判決を不服として広島高裁へ即日控訴した。

控訴審(広島高裁)[編集]

広島高等裁判所での控訴審初公判(多和田隆史裁判長)は、2016年(平成28年)7月25日に開かれた[14]。初公判を前に弁護団は、広島市内の広島弁護士会館で会見し、改めて無罪主張する方針を示した。さらに「誰も目撃者がいない事件。本人と現場を結び付ける客観的証拠がどれだけあるかが大事だ」として、広島高裁に52に上る証拠(一審で凶器と認定された木の棒や現場に残された足跡と一致する、被害者の血液DNAが付着した可能性があるHの衣服の鑑定、Hの親族の証人尋問など)を請求する考えを明かした。

責任能力を判断する上で争点となる妄想性パーソナリティ障害については、「H本来の人格に基づくもの」と結論付けた一審判決に対し、かつて東京にいたHが金峰に戻った際に障害の影響で人格が変わったことを親族の証言で明らかにしたいという考えを明かした。また、弁護団が一審後に依頼し「妄想性パーソナリティ障害の影響が著しい」とした精神科医の私的鑑定の意見書を証拠として請求したが、検察側が不同意としたこと、また「その精神科医を証人申請することになるが、裁判所が却下すれば再鑑定の申請をせざるを得ない」ということも明らかにした[15]

広島高等検察庁は控訴棄却を求め、一方の弁護側は「仮にHが犯人であった場合でも、心神喪失か心神耗弱が認められるべきだ」と一審同様無罪を主張し、即日結審した[16](弁護側は「事件当時の被告の完全責任能力は認められない」と主張し、新たな精神鑑定を請求したが認められなかった[17]。また、前述の52の証拠を請求したが、これも「いずれも必要性がない」と却下された[18])。

2016年(平成28年)9月13日の判決公判で広島高裁は、一審判決で「被害者がHの噂をしたり、挑発したりなどの嫌がらせをししていると思い込む妄想性障害が報復という動機の形成に影響したが、報復を選択したのは元来の人格に基づく」と、Hの責任能力を認定した判断について「不合理な点はない」とした。Hの人格については「やられた場合は暴力的な方法でやり返す傾向がある」とした一審での精神鑑定医の評価を妥当と判断。「暴力的な面があったことを裏付ける証拠はなく、責任能力を認めたのは誤り」とした弁護側の主張を退けた。その上で殺人、放火はHの犯行と断定、「妄想性パーソナリティ障害の影響を考慮しても被害者の数が5人に上り、結果は極めて重大。報復感情を満たすため5人の命を奪ったのは身勝手というほかなく、死刑が不当とはいえない」として一審判決を支持し、控訴を棄却した[19][20]

裁判長が「控訴棄却」の主文を読み上げたとき、Hは身動きせず、前を向いて聞き入っており[21]、「控訴棄却」の主文を聴いても動揺は見せず、言い渡し後には弁護士を見て軽くうなずいてから退廷した。傍聴した被害者遺族たちは、控訴審でも無罪を主張して謝罪もなく法廷を立ち去るHを無表情に見つめ、閉廷後に弁護士を通じて「上告せず刑に服してほしい」とするコメントを発表した[22]

Hの弁護人は翌9月14日、判決を不服として最高裁判所上告した[23]。2016年7月現在、Hは広島拘置所に収監されている[15]


本人による証言[編集]

介護による帰郷
郷地区出身であるHは、農林業を営む両親の次男として産まれ[24]、中学卒業後上京し土建業に従事、30代のころからタイル職人として神奈川県川崎市で暮らしていたが[25]、「自分の生まれたところで死にたい」と1994年に44歳で帰郷し、実家で両親の介護にあたった[26]。川崎在住時は左官として働いており、帰郷した際には左官の技術を生かして自宅を建築し、地元のテレビ番組や新聞にも取り上げられるなどし[27][26]、近隣の家の修繕などもしていたが、本人の難しい性格も災いして、両親と死別した後、地区住民とのトラブルが相次ぐようになった[27][11]
地区住民との対立
40代の頃、Hは地区の「村おこし」を提案したが、地区住民はそれに反対し、あつれきを深めた[27]回覧板を受け取ることもなく、自治会活動にもほとんど参加していなかった[4]。また自宅にマネキン人形や実際は作動しない監視カメラを設置したこともあった[24]。またHは2011年1月ごろ、「集落の中で孤立している」「近所の人に悪口を言われ、困っている」として、周南署に相談していたことがわかった[4]。近隣住民はHがそこまで追い詰められているとは思っていなかったという[11]。精神安定剤の服用を始め、薬を飲んでいるから人を殺しても罪にならないなどの発言もしていたという。
農薬散布のトラブル
Hは農薬の散布を巡っても、近所の住民とトラブルを引き起こしていた[28]。家の裏で、勝手に農薬や除草剤をまいたという。被害に遭った女性Cの夫は周囲に不安を漏らしていた[29]
草刈り作業のトラブル
Hは地区のあぜの草刈り作業にあたって、地域で一番若いという理由から、機械や燃料の費用などをすべて1人で負担させられた上に、地区住民がHの機械を草と一緒に燃やし、さらに機械を焼失させたことについての謝罪もないなどの仕打ちを受けていると、知人に漏らしていた[30][出典無効]。その話によると、Hの抗議に対して、燃やした住民は「あれ? あんたのもんだったの?」と笑っていたという。
飼い犬をめぐるトラブル
Hが飼い始めた犬(ラブラドール・レトリバー2匹[31])に対し、地区住民が「臭い」と苦情を言ってトラブルになり[27]、住民に「血を見るぞ」「殺してやる」と大声を上げたこともあったという。
その他証言[32]
「寝たきりの母がいる部屋に、隣のYさんが勝手に入ってきて、『ウンコくさい』と言われました」
「Yさんは、自分が運転する車の前に飛び出してきたこともあった」
「犬の飲み水に農薬を入れられ、自分が家でつくっていたカレーにも農薬を入れられました」
「Kさんは車をちょっと前進させたり、ちょっと後退したりということを繰り返し、自分を挑発してきました」
「車のタイヤのホイールのネジをゆるめられたこともあった」

その他[編集]

  • 山口県出身の作家、城繁幸は「濃密な人間関係の中にいやでも引きずり出されたものと思われる。ひょっとすると、そういう関係で何らかのトラブルがあったのかもしれない」「無縁社会のリスクが孤独死だとすれば、“有縁社会”のリスクは、こうした人間関係のトラブルと言える」と語っている[33]
  • また7月24日には、周辺住民の心のケアと健康管理のため、現地に保健師が派遣された[4]
  • 事件当時、金峰の郷地区は8世帯12人が住む限界集落だった[11]
  • 「つけびして」の川柳の貼り紙について、「〝つけびして〟は、集落内で自分の悪い噂を流すこと。〝田舎者〟は集落の人を指す。(紙を貼りだしたのは)周囲の人たちの反応を知りたかった。自分の中に抱え込んだ気持ちを知ってほしかった」と弁護士に語ったという[11]

出典[編集]

以下の出典において、記事名に被疑者の実名が使われている場合、この箇所を伏字とする

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  1. ^ 周南市内から北東約15キロの集落。事件前の人口は8世帯14人(2013年6月末現在)だった。
  2. ^ “民家2軒全焼、3人の遺体見つかる 山口県周南市”. 朝日新聞. (2013年7月22日). オリジナル2013年7月21日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130721181930/http://www.asahi.com/national/update/0722/SEB201307210051.html 
  3. ^ “【山口連続殺人】「悪口言われ孤立」 不明男、警察に2年前相談”. 産経新聞. (2013年7月24日). オリジナル2013年7月25日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130725084140/http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130724/crm13072408440003-n2.htm 
  4. ^ a b c d e 中国新聞 1面
  5. ^ “放火して潜伏、その後2人殺害か…山口連続殺人”. 読売新聞. (2013年7月23日). オリジナル2013年7月28日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/Kbna8 
  6. ^ 事件の数年前から張られていたとされる(“【山口連続殺人】「悪口言われ孤立」 不明男、警察に2年前相談”. 産経新聞. (2013年7月24日). オリジナル2013年7月25日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130725084140/http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130724/crm13072408440003-n2.htm )。張り紙には名前のような文字列が詠み人として記されていたが、Hの氏名とは異なる。取調べに対して「相田みつををひねったもので、特に意味はない」と自供しているという
  7. ^ “山中に範囲広げ捜索 住民は施設で一夜 山口5人殺害”. 朝日新聞. (2013年7月23日). オリジナル2013年7月24日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130724024458/http://www.asahi.com/national/update/0723/SEB201307230003.html 
  8. ^ “発生6日目で急転、容疑者逮捕 山口5人殺害事件”. 朝日新聞. (2013年7月26日). オリジナル2013年7月26日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130726233644/http://www.asahi.com/national/update/0726/SEB201307260013.html 
  9. ^ “周南・金峰 近所の63歳男逮捕 5人殺害認める”. 山口新聞. (2013年7月27日). http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2013/0727/1.html 
  10. ^ “容疑者を送検”. MSN産経ニュース. (2013年7月27日). オリジナル2013年7月29日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130729172826/http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130727/crm13072710020009-n1.htm 
  11. ^ a b c d e 特別ルポ 「連続放火殺人」の集落で見たものは…山口・八つ墓村あれから起きたこと 週刊現代 2013年9月2日
  12. ^ “周南5人殺害:H被告に死刑判決 山口地裁”. 毎日新聞. (2015年7月28日). オリジナル2015年7月29日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150729024344/http://mainichi.jp/select/news/20150728k0000e040221000c.html 
  13. ^ “H被告に死刑判決 山口・周南の5人殺害”. 朝日新聞. (2015年7月28日). オリジナル2015年7月28日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150728083135/http://www.asahi.com/articles/ASH7W5WR2H7WTZNB015.html 
  14. ^ “7月25日に初公判 周南連続殺人・放火事件”. 山口新聞. (2016年5月11日). オリジナル2016年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/GMppj 
  15. ^ a b “周南連続殺人発生3年、25日から控訴審”. 山口新聞. (2016年7月21日). オリジナル2016年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/1ZOLg 
  16. ^ “5人殺害、改めて無罪主張…山口・周南の事件、控訴審”. 産経新聞. (2016年7月25日). オリジナル2016年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/ZtDpK 
  17. ^ “周南殺人 改めて無罪主張…控訴審初公判”. 毎日新聞. (2016年7月25日). オリジナル2016年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/MDcJY 
  18. ^ “周南連続殺人事件 証拠却下し即日結審”. 山口新聞. (2016年7月26日). オリジナル2016年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/Z9GR2 
  19. ^ “周南5人殺害、二審も死刑 広島高裁が控訴棄却”. 中国新聞. (2016年9月13日). オリジナル2016年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/fkZfd 
  20. ^ “山口 周南市の5人殺害事件 2審も死刑判決”. NHKニュース. (2016年9月13日). オリジナル2016年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/hRv8A 
  21. ^ “周南市5人殺害・放火 1審の「死刑」支持”. 日テレNEWS24. (2016年9月13日). オリジナル2016年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/fjdL7 
  22. ^ “山口・周南の殺人放火 2審も死刑 遺族、癒えぬ心の傷 「上告せず刑に服して」”. 毎日新聞. (2016年9月13日). オリジナル2016年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/bpxkB 
  23. ^ “山口5人殺害で被告側上告=一、二審死刑”. 時事通信. (2016年9月14日). オリジナル2016年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/QGMUm 
  24. ^ a b 日本経済新聞 2013年7月27日 39面
  25. ^ “山口5人殺人男 山男のような印象と神奈川時代の近隣住民談”. Newsポストセブン. (2013年7月30日). http://www.news-postseven.com/archives/20130730_202715.html 
  26. ^ a b 「続・さくら色の夢(5) 離れても思い深く 去る人、戻る人…里心」 読売新聞 西部本社版朝刊、2003年4月19日付
  27. ^ a b c d “両親死後に孤立と摩擦深める…山口周南市連続殺人放火事件”. スポーツ報知. (2013年7月27日). オリジナル2013年7月27日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130727101937/http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20130726-OHT1T00211.htm 
  28. ^ 「集落の調整役 姿消す」中国新聞 2013年7月28日 29面
  29. ^ 日本経済新聞 2013年7月28日 35面
  30. ^ 「周南市金峰連続殺人事件」 KRY山口放送『スクープアップやまぐち』 2013年7月25日放送。[出典無効]
  31. ^ “山口殺人容疑者 町興し企画したが「生意気だ」陰口叩かれた”. Newsポストセブン. (2013年7月31日). http://www.news-postseven.com/archives/20130731_202728.html 
  32. ^ “村八分の妄想に陥った凶悪犯 ― 山口5人連続殺人・Hの"本当の孤独"”. exciteニュース. (2015年10月3日). http://www.excite.co.jp/News/odd/Tocana_201510_post_7674.html?_p=2 
  33. ^ 城繁幸 (2013年7月24日). “周南市連続殺人事件の背景について出身者はこう見る”. J-CASTニュース. http://www.j-cast.com/kaisha/2013/07/24180040.html?p=all 2016年10月8日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯34度11分15.0秒 東経131度52分4.0秒 / 北緯34.187500度 東経131.867778度 / 34.187500; 131.867778