山口富士雄

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山口 富士雄
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 香川県高松市
生年月日 (1942-07-16) 1942年7月16日(76歳)
身長
体重
170 cm
74 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1963年
初出場 1963年6月20日
最終出場 1973年10月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 阪急ブレーブス (1974 - 1977)

山口 富士雄(やまぐち ふじお、1942年7月16日 - )は、香川県高松市出身の元プロ野球選手内野手)・コーチ

経歴[編集]

高松商業高校時代の1960年、主将として第32回選抜大会に出場。2年生左腕の松下利夫(明大四国電力)を擁して勝ち進み、決勝米子東と対戦。宮本洋二郎投手(巨人広島南海)から、史上初となる決勝戦サヨナラ本塁打を放ち2x-1で優勝する[1](この大会唯一の本塁打でもあった)。同年夏は香川県予選準決勝で多度津工に敗れ、2季連続で甲子園出場はならなかった。

卒業後は立教大学へ進学するも2年で中退し、1963年阪急ブレーブスへ入団。初期には内野全般をこなせるユーティリティプレーヤーとして活躍。1966年には遊撃手の定位置を確保し、初めて規定打席に到達(28位、打率.206)。その後、阪本敏三が遊撃手に定着すると二塁手に回り、1967年からの3年連続リーグ優勝に貢献。1969年には打率.282(14位)の好記録を残し、同年の日本シリーズでは、岡村浩二退場事件の端緒となる本塁送球を行った。1973年シーズン途中に、竹村一義との交換トレードで大洋ホエールズに移籍したが、同年オフに引退。その後は1974年から1977年まで古巣・阪急の二軍コーチを務めた[2]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1963 阪急 81 248 235 22 53 8 1 1 66 8 4 5 2 0 8 0 3 25 2 .226 .260 .281 .541
1964 123 354 321 27 76 10 1 4 100 23 10 2 17 3 12 1 1 38 3 .237 .264 .312 .576
1965 125 406 384 36 84 13 3 0 103 21 20 8 6 1 14 0 1 39 10 .219 .248 .268 .516
1966 127 472 433 40 89 13 4 3 119 24 16 9 15 2 18 0 4 41 8 .206 .243 .275 .518
1967 127 422 387 41 101 18 7 7 154 34 9 7 8 2 19 0 6 46 6 .261 .304 .398 .702
1968 114 311 280 24 57 7 1 0 66 22 11 5 4 6 16 0 5 34 5 .204 .254 .236 .490
1969 124 462 440 59 124 28 4 9 187 39 11 3 6 2 12 2 2 33 6 .282 .303 .425 .728
1970 116 308 279 31 59 11 2 1 77 24 9 5 5 2 17 2 5 18 6 .211 .267 .276 .543
1971 116 177 163 22 31 5 0 4 48 13 4 1 4 2 6 0 2 15 4 .190 .225 .294 .520
1972 90 97 84 7 19 2 0 0 21 7 7 4 4 2 7 0 0 5 1 .226 .280 .250 .530
1973 25 49 43 5 8 1 0 0 9 6 0 0 1 0 5 0 0 7 2 .186 .271 .209 .480
大洋 62 171 152 11 23 3 2 1 33 3 3 1 11 0 8 0 0 16 1 .151 .194 .217 .411
'73計 87 220 195 16 31 4 2 1 42 9 3 1 12 0 13 0 0 23 3 .159 .212 .215 .427
通算:11年 1230 3477 3201 325 724 119 25 30 983 224 104 50 83 22 142 5 29 317 54 .226 .264 .307 .571
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録[編集]

節目の記録
  • 1000試合出場:1971年7月7日 ※史上152人目
その他の記録

背番号[編集]

  • 1 (1963年 - 1973年途中)
  • 29 (1973年途中 - 同年終了)
  • 71 (1974年 - 1977年)

脚注[編集]

  1. ^ 『週刊ベースボール』 ベースボール・マガジン社2003年2月17日、153頁。
  2. ^ 阪急ブレーブス黄金の歴史 [永久保存版] よみがえる勇者の記憶 1936-1988、ベースボール・マガジン社、2011年、p128

関連項目[編集]