山口一臣

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山口一臣(やまぐち かずおみ、1961年1月1日 - )は日本ジャーナリスト。元週刊朝日編集長。東京都出身。

略歴[編集]

早稲田大学第一文学部卒業後、ゴルフダイジェスト社勤務を経て、1989年朝日新聞社入社。 朝日ジャーナル編集部で田中康夫を担当。その後、同誌の休刊により週刊朝日へ異動し、副編集長(デスク)に。2003年北朝鮮拉致被害者のインタビューの記事が、同誌の記者による不適切な取材に基づくものであったことが発覚。停職10日の処分とともに同職を解任される。その後、広報部勤務、百科編集部において子供向け週刊科学誌かがくるの創刊業務などに従事の後、2005年5月より週刊朝日副編集長に復帰。同年11月より、同誌の第41代編集長に就任。中途入社者が同誌の編集長の職に就くのは史上初。2008年4月、週刊朝日などを発行していた朝日新聞社の出版本部が朝日新聞出版として分離されたため、朝日新聞出版所属となり、2011年4月1日付で販売部長に異動。出演していた『スーパーモーニング』の最終回で、番組終了時の挨拶でこのことが明かされた。2013年4月より有楽町朝日ホールと浜離宮朝日ホールの総支配人[1]


長崎市長射殺事件を巡る報道[編集]

『WiLL』によれば射殺事件について『週刊朝日』が2007年5月4日・10日合併号の広告で「長崎市長射殺事件と安倍晋三首相秘書との『接点』」という大見出しを掲載した。記事の内容は「首相の元秘書が射殺犯の暴力団から被害を受けた証言」が載っているに過ぎなかった。安倍は直ちに「言論テロ」と抗議し、朝日新聞は夕刊社会面に編集長である山口の名で訂正記事を掲載したが、安倍は誠意の不足を理由として追及を止めず、週刊朝日は全国紙4紙に謝罪広告を出すことになった。この件について森喜朗は「抗議するときは、中身だけではなく広告の見出しに対してもすべきだと学びました。」「朝日新聞は安倍総理を就任直後から叩いてきた。これは例の「朝日・NHK問題」でやられたから余計過激に反応しているのでしょう。」と述べている[2]

尖閣問題に対する見解[編集]

「大竹まこと ゴールデンラジオ」2012年9月25日放送分において「尖閣国有化は米国欧州からも反感」と題したコラムで、中国を主語にした中国側の見解を一通り述べてから「日本の国益は、強く出るだけではなく中国国内にいる親日派を大切にするべきである。そのパイプを大事にし、その人たちが相手国で影響力を持てるようにするべきである(「その人たち」が親中日本人を指すのか親日中国人を指すのかは不明)」という見解を述べた。

脚注[編集]

  1. ^ http://www.asahi.com/and_M/yamaguchikazuomi_list.html
  2. ^ 森喜朗(聞き手大下英治)「「失言問題」、朝日新聞を叱る」『WiLL』2007年9月P54

テレビ・ラジオ[編集]

外部リンク[編集]