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山下千代雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
山下千代雄
やました ちよお
『新選代議士列伝』より
生年月日 1857年10月27日
出生地 日本の旗 日本 出羽国米沢
(現・山形県米沢市)
没年月日 (1929-02-04) 1929年2月4日(71歳没)
出身校 司法省法学校卒業
(現・東京大学法学部
所属政党大同倶楽部→)
自由党→)
立憲政友会
選挙区 (山形県第2区→)
山形県郡部選挙区
当選回数 5回
在任期間 1894年 - 1897年12月25日
1900年 - 1903年12月11日
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山下 千代雄(やました ちよお、1857年10月27日安政4年9月10日[1]〉 - 1929年昭和4年〉2月4日[2])は、衆議院議員自由党立憲政友会)、弁護士

経歴

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出羽国米沢出身。藩校興譲館で学んだ後、司法省法学校(現・東京大学法学部)を卒業[3]。明道館を創立し、自由民権を主張した[2]1890年(明治23年)の第1回衆議院議員総選挙は大同倶楽部から、1892年(明治25年)の第2回総選挙は立憲自由党から山形県第2区で立候補したが、いずれも落選している[4][5]

1894年明治27年)、第3回総選挙に出馬し、当選[6]。同年9月の第4回総選挙でも再選された[7]1898年(明治31年)、第1次大隈内閣が成立すると内務省地方局長に任命されたが、内閣の崩壊とともに野に下り弁護士業務に従事した[8]1898年(明治31年)の第5回総選挙に立候補したが、落選している[9]。同年8月の第6回総選挙には立候補しなかった[10]

1900年(明治33年)、衆議院議員補欠選挙に当選して返り咲いた[11]。その後、第7回第8回総選挙では立憲政友会から山形県郡部選挙区で当選した[12][13]1904年(明治37年)の第9回1912年(明治45年)の第11回総選挙に立候補したが、いずれも落選している[14][15]

脚注

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  1. 衆議院『第十八回帝国議会衆議院議員名簿』(第十八回帝国議会衆議院公報第一号附録)〔1903年〕、18頁。
  2. 1 2 『政治家人名事典』
  3. 衆議院議員略歴 第1回乃至第19回 199コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  4. 衆議院名鑑 : 第1回(1890年)-第34回(1976年)総選挙 378コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  5. 衆議院名鑑 : 第1回(1890年)-第34回(1976年)総選挙 384コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  6. 衆議院名鑑 : 第1回(1890年)-第34回(1976年)総選挙 390コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  7. 衆議院名鑑 : 第1回(1890年)-第34回(1976年)総選挙 396コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  8. 新選代議士列伝 121コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  9. 衆議院名鑑 : 第1回(1890年)-第34回(1976年)総選挙 402コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  10. 衆議院名鑑 : 第1回(1890年)-第34回(1976年)総選挙 356コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  11. 官報 1900年12月10日 7コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  12. 衆議院名鑑 : 第1回(1890年)-第34回(1976年)総選挙 412コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  13. 衆議院名鑑 : 第1回(1890年)-第34回(1976年)総選挙 417コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  14. 衆議院名鑑 : 第1回(1890年)-第34回(1976年)総選挙 421コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  15. 衆議院名鑑 : 第1回(1890年)-第34回(1976年)総選挙 429コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション

参考文献

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  • 『新選代議士列伝』金港堂、1902年。 
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。 
  • 『第一回乃至第十九回総選挙 衆議院議員略歴』衆議院事務局、1936年。